14・あなたは誰
「あなたは誰! 兄さんはどこ? なぜルオ兄さんの鎧を身に着けているの?!」
あぅあうぅ。顔が近い!ふわっといい匂いが漂ってくるのやめてくれ!
矢継ぎ早にまくし立て食って掛かる栗色な髪の女性。突然の出来事に俺には何も答えられなかった。どう伝えればいいんだよルオハレートの事を!
「テュラミレッタ!」
若い男の声に栗色髪の女性は振り向いた。
「マッシローニ様⋯⋯」
そこには白色の鎧を着込んだこれまたハリウッド級な美貌の好青年が佇んでいた。髪色も目の色もエミュに似ている。
「そちらの御仁はどうやら妹の恩人らしいのだ、ここはひとまず私に任せて貰えないだろうか?テュラ」
真っ直ぐにテュラミレッタと呼ばれた栗色髪の女性を見つめ微笑んだ。
「クレオーーッ!」
エミュの呼ぶ声に視線を向ければ何人ものメイド服を着た女性達に囲まれながら馬車に乗せられるところだった。
「エミューーッ!」
良かった、忘れられて無かった。片手を振り応える。
「先に行っているぞーーっ!兄上ぇぇ!私の恩人を頼みまーーす」
マッシローニも片手を振ってエミュを見送って居る。
「さて、済まなかったな。私はマッシローニ、エミュファレータの兄だ」
うん、やっぱりか。ダンジョンの安全地帯でどちらからともなく始めた身の上話で兄が居ると言っていたっけ。
「あっ、えーと。地井戸暮男と言います。呼び難い様ですからクレオでお願いします」
ダンジョン内でエミュが戯れに教えてくれた、胸に手を当てた騎士の礼をしながら応えた。
「そうか、分かったクレオ。私のこともマッシュと呼んでくれ」
気さくだなー。侯爵家の嫡男てもっと高慢ちきな人間かと思ったけど。でも無礼講で本当に無礼をしていい訳では無いというのは社会人としての常識なのだ。
「ありがとうございます⋯⋯マッシュ⋯⋯殿」
一応敬称を付けてみた。にっこり笑ったところを見れば正解だった様だ。俺だってこれぐらいの太鼓は持つのである。
「クレオ、此方の御婦人はテュラミレッタ」
はっとした顔のテュラミレッタは淑女の礼を示し、俺は反射的に騎士の礼を持って返答した。
マッシュは困った顔をしながら。
「テュラ、ルオハレートの事が心配なのはよく分かるが今は色々な事が立て込んでしまっている、さっきも言ったがここは私に任せて貰えないだろうか?けして悪いようにはしないつもりだ」
甘い声で切々と訴える。こんな二枚目顔で真正面から言われたら俺でも頷かざるおえない。
「⋯⋯承知致しました、ご裁定の程お待ち申し上げます」
返すテュラミレッタの語尾は震えていた。
「⋯⋯すまない」
確かルオハレートは侯爵家に仕える騎士だったはず、上司に逆らえる訳が無いのよね。
そうは思いつつも俺にはどうする事も出来い。
「クレオ、僕と一緒に来てくれ」
マッシュに促され、後ろ髪を引かれつつも白色の鎧の後に従う。マッシュのお付きの兵士と思わしき人達がルオハレートの剣と盾を持ってくれた。
「剣と盾はどちらもルオハレートの物です、できればご家族にお返ししたい」
マッシュの背中に訴えた。
軽く振り向いて微笑んだマッシュは。
「そこも含めて任せて欲しい、申し訳ないが一度侯爵家で預かると言う形を取らせて貰えるとありがたいが」
一方的に取り上げてもいいはずなんだけど、相当気を使ってもらって居るんだな。
「お任せします」
マッシュは頷き、傍らの兵に小声で指示を飛ばしていた。
ここは大人しくマッシュに従っておこう。
既にまな板の上に乗っている様なものだし。
別の馬車に導かれる間に人垣の横を通り過ぎた。
「⋯⋯ステラ様ッ!お気を確かにっ! 誰かっ!担架はまだかっ!?」
⋯⋯エミュの婚約者か?どうした?
倒れている脚しか見えないけどこれ、イーザステラだろう。
え?感動の再会してたじゃん?何が起こった?
気にはなったがすいすいと進んでいくマッシュに追い付くために足を早めた。妹の婚約者倒れてるのに無視するんかい。
馬車に乗り込んですぐにマッシュから声がかかった。
「妹が大変世話になったようだね、クレオを客人として侯爵家へ招きたいと思っているが色々と難しい話が多くてね、しばらく客棟での生活になると思うが悪しからずに頼みたい」
「はい、もちろんです。僕の事についても色々説明しなければならないかと思いますので」
マッシュの緊張が少し緩んだ気がする。
「判断が的確で助かるよ、さっき私に敬称を付けてくれたようにね。二人だけの時は要らないが周りの兵士に反感を買わない方が今は良いだろう」
ただでさえ不審人物だもんな、どさくさに紛れてグサリとしておいたほうがお家の為と考える部下の人が居ないとも限らない。
「侯爵家管理のダンジョンに何故君が居たのかの疑問もあるが⋯⋯ルオの遺した装備でエミュを護ってくれたのだろう?ルオが他の誰かにエミュを任せる筈がないからな」
嗚呼、色々判っているんだなこの方は。
「テュラは賢い娘だ、君が身に着けていたと言うだけで兄の身に何が起こったのかはほぼ推測出来ているよ、エミュからも詳細を聞いて私から伝える様にしよう」
「はい、助かります」
部外者の俺が貴女の兄は亡くなりましたなんて伝える勇気はない。
「まずはしっかり身体を休めて欲しい」
正直言って、風呂入って飯食って酒飲んで寝たい。
馬車の中で取り留めのない会話をしながら着いた先は。
「え?バッキンガム宮殿?」
十数分馬車で走った先にあったのは豪奢な造りのどこかの国の御殿か東京駅かと思う建物だった。これが客専用の建物⋯⋯だ、と?
侯爵家恐るべし。
そんな俺の感慨など気にもとめずマッシュはつかつかと歩み御殿の中へと入って行った。
先触れがあったのか玄関をくぐれば十人程の使用人の人達が一列に整列しており一斉に頭を下げた。
「ご苦労、急だが侯爵家にとって大切なお客様をお連れした、身を整えて頂き十二分な饗しを頼みたい」
そう年嵩の使用人に伝え。
「充分に英気を養ってくれ、ではまた明日会おう」
そう告げてマッシュは去って行った。
「お客様、ようこそいらっしゃいました。まずは湯殿をご案内致します」
年嵩の使用人はサバルスと名乗った。
湯殿へと案内され。
「ごゆるりとおくつろぎくださいませ、お召し物は新たな物をご用意させてもらいました。後に食事の用意もございます、食せぬ食材などございませぬでしょうか?」
好き嫌いも宗教上の禁忌も無いことを告げるとサバルスは礼とともに去り、
後に残されたメイドさんが鎧を外すのを手伝ってくれる。
ぐおっ?!
鎧の胸当てを外した途端自分の身体が物凄い臭いを発しているのに気付いた。
いやー。多分一カ月以上はダンジョンに籠もってたはずだよね。その間魔法の水を浸した布で身体を拭う位しか汗を流す方法が無かったんだよ。
鼻がバカになっていて気付かなかったけど、どうやら相当な悪臭を撒き散らしていたみたいだ。⋯⋯最初に風呂を勧められたってのはヤッパリ?
うわぁ⋯⋯恥ずかし。馬車の中でよく平気で居られたなマッシュ。
「すいません⋯⋯ずっとダンジョンに居たので汚れてます、一人で脱げますので」
メイドさんはにっこりと笑い。
「大丈夫です、ダンジョンに潜り貴重な物資を持ち帰らるのは貴き方たちの大切な責務です、尊敬こそすれ厭う事なとありえません」
そう答えるメイドさん。
でも貴女今鼻で息をしていないですよね?




