1・シェイクヒップ
明日は俺の誕生日だ。メリークリスマス&ハッピーバースデー俺。
今宵はクリスマスイブ。世の中の勝組共が祝福とエロとラブに乳繰り合っている頃合い。
俺、地井戸呉夫。32歳独身限界サラリーマンの♂は現在会社で深夜残業真っ最中なんだな、これが。
深夜割増?残業自体付けたらクビになっちまうんだぜ?無給の自己研鑽中で残業じゃないってことになってるんだよね。誰か労基署にチクってくれよ、俺以外の誰か。
そうだよ、所謂ブラック職場ってやつだ。転職?就活する時間をくれよ、優しい人。
確かにね俺には、一緒にイブを過ごしてくれる恋人の一人もいませんよ?
だからと言って『明日までにやっといて』なんて定時五分前に寄越す仕事量じゃないだろうよ、これ。
何が『チキンの予約が〜』『家族が待ってて〜』だよ。
仕事を計画的に処理出来ないのは無能だっていつも言ってるのは自分だろーが、ふざけやがって。
上役には面と向かっては言えないから今言っておくことにする。
なんてイライラしてたらめっさ腹が減ってきた。昼飯はスーパーで限定3個まで99円(税抜)で買ったカップ麺だけだったもんなぁ。
カップ麺とは贅沢な?コスパ的にはそうかもしれないけど、時間がもったいないんだよ。そりゃあ昼休みはあるよ?皆さん外へ飯食いに行ったり愛妻弁当や母ちゃん弁当食ってる人もいるけどね。
こんなブラッキーな職場で要領悪い人間はそんなゆっくりした時間とれないんですわ。お湯入れて3分。タイパ最高だろ。エナジーバー?エナジェル?そんなんデストピア飯じゃ元気がでないのよ。栄養?なにそれ美味しいの?おなか膨れるの?働けるの?
……マジでドチャクソ腹減ってきた。
事務室の時計を見上げればあともう少しで明日になっちまう。
いいや、もう。アパートには帰れないしここへ来て無駄に断食したって大勢に影響はないし。
はは。
乾いた笑いしか出ねぇ。
さて、明日になる前にコンビニでチキンとショートケーキぐらい買ってこようかね。半額シール張ってあればラッキーだな。
今日はクリスマスイブ。晩飯にこれくらい食べたって罰は当たらないだろう?
そうと決まれば、善は急げだ。さっさとコートを羽織って職場を背に。エレベーターホールへ向かった。
その瞬間だった。
!
我ら島国の住人特有の『あ、来た』センサーが囁く。
――――ドドン!
地の底から衝撃が突き上がった。
「――――地震だ!」
しかも縦揺れと殆ど同時に大きく前後左右無作為に揺さぶられる!
これは直下型だ、デカイぞ。ロクに耐震補強もして居なさそうなボロビルが耐えられるのか?
グワングワンと職場ビルがしぇけなべいべー。
とても立ってなんていられない。
その場で膝を落として廊下に這いつくばった。
ギシギシバキバキと破壊の音があちこちから聞こえてきた。
「持つんかよ?!このボロビル!」
呉夫の職場は雑居ビルの6階のフロアにある、壁や梁のあちこちに補修を施した後はあるけれど細かいヒビや錆があちこちに浮き、とても設計通りの強度を保っているとは思えない。
省エネのためになのか飛び飛びにしか蛍光管が付いていない労基法違反な蛍光灯が、建物が揺れる度にチカチカと点滅しあれよあれよとその光を減らしていく。
永遠に続くとも思えた揺れは、次第に反復が小さくなり収まっていった。
ふはは、体感では震度5。リア充共阿鼻叫喚のクリスマスイブ。チョットだけざまぁと思ってしまった。
さて、リア充陽キャ共のことよりも自分の安否が大切よ。
廊下の明かりは全滅。
いくつかオレンジ色の非常灯だけが点灯している、仄かに廊下を照らす明かりも内臓バッテリーはいつまでもつものやら。
本震は去ったとしても第2第3の余震を考えればこのボロビルがいつまで耐えられるかまったく想像がつかない、たった今崩れてもおかしくないと思える。
地震の時は室内にいた方がいいと言われるけどそんなのは強度が保証されている建物に居るときだけ通じる話だと思う。
今のうちにダッシュでエレベーターに走る。
確か停電でも非常用電源でしばらくは動く仕様だったはずだ、非常階段?日頃から周辺に荷物や粗大ごみが山積みなんだよ。地震の後に崩れて通れる訳が無いのはサクッとお見通しだからね。
エレベーターへたどり着いたら、ふほっ。非常電源動作中の文字が点滅しているヨシ!
操作ボタンの▽をバンバンと叩く、早よ来い!早よ来い!!早よ来い!!!
階数のインジゲータの『6』が薄ぼんやりと輝いた。
開いた扉をすり抜けるように飛び込んだら足の下に床が無かった。
◇
◇
◇
状況を理解したのはコンマ何秒後か。
暗闇の中をただひたすら落下していく感。
上に引っ張られる感覚はコートを着ているから?バタバタとはためく音だけが周囲を支配してい居る。わずかでもパラシュートの代わりになるかも知れないと本能が感じたのか袖から抜けて飛んでいかない様に自分を抱きしめて着地の衝撃に備えた。本能的対ショック防御体勢。
ここまで0.3秒ぐらいで判断したつもりだ。
すぐ下にエレベータの籠が来ていれば怪我だけで済む可能性が微レ存――――。
1秒経った。もう無理だな。
体感で2秒、加速度9.8メートル毎秒2で約20メートル。
死を覚悟した時――――。
弾力のある強い抵抗感、巨大なバルーンの上に着地した感覚。極薄0.01ミリのゴム被膜を突き破り全身が生暖かいローションに包まれていく感触。一拍遅れて皮膚表面が炎に炙られるように痛熱くビリビリと痺れる。
なんだ?これは。 エレベーターホールの地下に温泉でも湧いてたんか?!
焼ける粘液が鼻から口から流れ込んできた。呼吸を止めるがすでに入り込まれた鼻奥底がツンときな臭く燃える。喉が、肺が焼かれる。息が、出来ない。
ほぼ同時に臀に衝撃が走った。例えるならばローションの詰まった素焼きの壺にジャンピングヒップドロップをかまして割り砕いた様な。むしろ分かりづらい。
壺が砕け散ってくれた分ショックの分散にはなったのかもしないが。
多分俺の尻の骨も折れてーる。
クリスマスイブ、地震で逃げようとしてエレベーターの穴に落ち。尻の骨折って地下温泉で溺死。
なんてカッコ悪い死に方。
苦……しい……息が……。
「…」
「……」
「………◇…」
「◯✕▲!……◯✕▲!」
だれ、かがよんでいるような、気がする。
頬に衝撃?!あっ、またぶったね!
叫ぼうとして肺に空気が入り込んで来るのが分かる。
あれ?
俺、生きてる?
「◯✕▲!、■▽◎Ψ?」
誰だ?外国人の女が叫んでいる。英語とかじゃない。何語だ?
ゲホゲホ。むせた、喉に青臭い何かが詰まっている感覚がのこっている。青汁?
生き残れたのはあのゼリー風船がクッションとなってくれたおかげだろうか?。
「※▲Φ!、■‰仝Δ?」
「……すまん、何言ってるか全くわからない。あー、どぅーゆすぴぃくいんぐりしゅ?おあ、じゃーぽねーず」
ああそうさ、TOEICなんか受けてねぇよ。こんなんでも外人さんと意思の疎通は可能なんだ。身振り手振りも含めてね。
「……❖☐φθ~ ou speak English? japanese」
あれ?なんか急に英語になった。
「なんだ、英語しゃべれるじゃん」
「Do you spンダ、エイゴシャベレルジャン?」
は?
「日本語も行けるの?先に言ってよ~」
「ニホンゴモイける……ようになるまで多少は言語を聞き取り込まねばならん、”言語理解”は発動まで時間がかかるんでな。非常時なので些少の無礼は不問にしてやる、私の名は……エミュだ。汝の名を名乗れ」