第二話 ③
訓練が終わって、更衣室で着替えていると、俺は春斗に一つの提案を持ちかけられた。
「なぁ、部活入らないか?」
「部活?」
「ああ、武術部だ。合気道とか素手のものも含めて、剣とか槍とか、色々な武器の武術を修得できる部活さ」
知ってる。というか、やってた。俺の爺ちゃんが武術道場を開いているのだ。しかし、そこに通っていたのはわずかな期間のこと。正直あまりいい思い出がない。
「NSLは色んな武器を使うだろ。相手の武器を知っていれば戦闘はそのぶん有利になる。やってみようぜ」
着替えが済んだ。俺はパタンとロッカーを閉め、素っ気なく応える。
「いや、俺はいいよ」
武術とはもう遠の昔に縁を切っている。まったくもって乗り気になれない。
春斗はしかし強引に俺の腕を引く。
「まぁそう言わずにさ、ほらっ、武術はさ、NSLの操縦と違って自分の身体を動かすわけだし、おまえがNSLを上手く操縦するにはどうしたらいいのか、何かヒントが見つかるかもしれないだろ」
うーん確かに。それなら一理なくもない。一度初心に戻って欠点の克服を試みたいとは思っていたところだ。何度となく諦めて諦め尽くしてきたことだが、本当に何をしてもダメなのか? 己自身に問い詰めたい思いはある。だけどなー。
「――えっ、ちょっ!」
「いいからいいから」
春斗はしぶる俺の腕を引っ張り、ズンズンと武術部の道場へ向かう。
えらく気遣ってくれるのは嬉しいのだが、いいのだろうか? 俺が行っても……
武術に限らず、運動全般にマジでいい思い出がない。嫌な思い出ばかりといってもいい。きっとろくでもないことになる。俺のこれまでの経験がそう警告を発していた。
行かない方がいい。今すぐこの腕を振りほどいて帰ろう。
しかし物語の主人公が示す流れには逆らえず。
俺は半ば強制的に胴着に着替えさせられ、武術部の稽古に参加させられることになった。
胴着なんて久しぶりだなー。もう二度と着ることはないと思っていた。着てはいけないものとすら。
俺はかなりの固い決意の下、武術をやめた。しかしやめたくてやめたわけじゃない。嫌な思い出ばかりではあるが、それでも続けられるものなら続けたかった。
ゴワゴワとした着心地が妙に懐かしい。こうして久々に胴着を身に付けてみると、無性に身体を動かしたくなる。少し跳ねてみたりなんかして。春斗とお互いの胴着姿を見合わせ、なぜかこそばゆく笑い会う。ちょっとだけテンションが上がった。
道場に入ると、既に俺たち以外にも結構な数の入部希望者が集まっていた。もちろん、俺と春斗の二人以外は全員女子である。俺の記憶が正しければ、道場とは男の汗の臭いが充満する息苦しくもむさ苦しい空間であったはずなのだが、この道場は女の子のフローラルなとてもいい匂いがする。
俺はここにきてまたあらぬ幻想を抱く。この部活に入部すればたくさんの女の子と組んずほぐれつ素敵な思いができる。あったかくて柔らかくていい匂いのする青春を過ごせるということか。極楽浄土ってもしかしたらここのことじゃないのかな。
整列して畳の上で正座し、皆の前に立つ先輩の話しを聞く。
「こんにちわー。みんな初めまして。私がこの武術部の部長、三年の華矢晶です。さてさて、今年の入部希望者はー、うん、二十人はいるかな。結構結構」
髪を大きな赤いリボンでポニーテールに纏めたやたら快活な女性だ。
「あの人だよね? 去年の全国大会の素手部門で優勝したっていう」
「そうそう。大人の男性でも敵わないとか」
「全然そんなふうに見えないけど、すごく強いのよね」
ヒソヒソと周りの女子たちからそんな声が聞こえた。
へーあんなに可愛らしく見えて実はゴリラみたいな女なのか。人は見かけによらないね。
部長は満面の笑みで喜ばしく入部希望者の顔ぶれを見回して。
「では、武術部は色んな武器を使うんだけど、今日は素手の日ということで。一人づつこの私が直々に相手をしてあげます。誰からがいいかな――はい、あなた」
部長は列の中程にいる女子生徒に指をさした。
「えっ、私ですか?」
「そそっ。さぁ立って立って。大丈夫、あんま痛くしないから」
女子生徒は言われたとおり立ち上がって華矢部長と対峙し、ぎこちなく構えをとった。
対して余裕の笑みを浮かべる華矢部長。
「始めっ!」
試合開始の号令。しかし華矢部長は手を出さない。相手の動きを待っている様子。
先手を待たれている雰囲気に気づき、女子生徒は踏み込んだ。
「やぁ! ――っ!?」
しかし、次の瞬間には、彼女は畳に両膝を着いていた。
ゲホゲホと首を手で抑えて激しく咳き込む。
周囲がざわついた。
「……何があったの?」
「早すぎて見えなかった」
俺は見えていた。喉だ。華矢部長は前進してきた女子生徒の首にカウンターで拳を当てていた。痛くしないって言ってたのに、めっちゃ苦しそう。
「げほっげほっ、うぅ……」
涙目になって苦しむ女子生徒。ひでぇ……鬼だ。昨晩の俺が可愛く思える。そうでもないか。
「ごめんごめん。でも、その程度の痛みに耐えられないようじゃこの部活でやっていけないよ」
なるほど、洗礼……というやつかな? 厳しい部活だということを初っぱなで身をもって教えることにより、後々の鍛錬の脱落者を予め間引いているのだ。
「はい次。あなたね」
その後、華矢部長は次々と入部希望の女子生徒たちを自らの前に立たせ、容赦なくバッタバッタと倒していった。
太もも、脛、みぞおち、顎といった急所を的確に打ち、みんなほぼ一撃でノックアウト。武術部の道場は華矢部長にやられた者たちのうめき声と泣き声で死屍累々の有り様。ちょっとした地獄の様相を呈していた。
そうして十数人が倒されたところで、春斗の出番が来た。が、これもまたものの数秒で倒される。
「うあー!」
春斗は腹を蹴られてこちらに吹っ飛ばされて来た。それを両手で受けとめる俺。
「くぅー……」
「春斗、大丈夫か……?」
なんか格ゲーのキャラがやられた時みたいに吹っ飛ばされて来たけど。
「ああ……いつつ」
俺に両手で身体を支えられ、痛みにうめく。華矢部長はそんな春斗を見下ろし、腰に手を当てて、
「んー私の初手をかわしたところまではよかったけど、まだまだだね。でも悪くなかったよ。これから楽しみ」
ニコッと息ひとつ乱すことなく上機嫌に言ってのける。春斗、よかったなおまえ、これから楽しみだってよ。素敵な女子の先輩にいっぱい厳しく御指導を賜って血ヘドでも吐くがいいさ。俺はごめんだ。
華矢部長は俺に視線を移した。
「さてと、男の子はもう一人いたわね。次はあなたよ」
いらっしゃい――とばかりにクイックイッと手招きする。様になっててちょっとカッコいい。
春斗はここに来れば俺がNSLを上手く操縦するにはどうしたらいいのか、何かヒントが見つかるかもしれないと言っていた。しかしどうだろうか。来てみたところで、如何にしたらそんなものが見つかるというのか。
ここまで来て言うのもなんだが、俺はまったくやる気がなかった。女の子と組ずほぐれつ極楽な部活だなーとは思うが、それはそれである。だが仕方なし。ため息を一つ畳に落として立ち上がり、華矢部長と対峙する。
「……よろしくお願いします」
ペコリと一礼し、俺は左手を前へ、右手を少し引いて構えた。
「ふーん。あなた、武術の心得があるようね」
「……はい。子供の頃、ちょっとだけやってました」
――爺ちゃん。
あの日以来だ。こうして畳の上で構えるのは。もう二度とないことだと思っていた。そしてたぶんこれが最後かな。俺は春斗に強引に連れて来られただけで、武術部に入部する気はさらさらにない。うめき苦しむ皆に習ってテキトーにやられておこう。
「初めっ!」




