第二話 ②
春斗と夏原さんの勝負から一夜が明け、しかし昨日の勝負とは関係なしに、学内は少し騒然としていた。
昨晩、あの赤いNSLが学校付近の空を飛行していたという目撃情報が報道されたのだ。夜が明けて飛行現場の付近の川を捜索してみたところ、何やらNSLが争った形跡が見つかったとか。土手にNSLが倒れて出来たと思われる窪みがあり、ノーブルスチール製の破片も発見されたらしい。
NSLがご近所の川で人知れず戦っていたということか。なんて物騒な世の中だ。ちょっと前までたった一発の銃声ごときでえらい騒ぎになるくらい平和だったのに、いつの間にか戦車にも勝る兵器が所構わずドンパチやるようになっちまったのか。怖いなー、勘弁してほしいわ。やったの俺だけど。
昼休み。俺は学校の食堂で春斗ともはやその取り巻きとなった女子生徒たち、夏原さん、佐倉さん、のあちゃんとの五人で昼飯を食いながら、他人事みたいにそんなことを思った。
食堂にある光化学テレビモニターでも昨晩のことが報道されていた。
それを見ながら、
「あの赤いNSL、なんでまた現れたのかしら」と夏原さん。
「俺たちと戦った後、すぐに帰ったわけじゃなかったのか」と春斗。
「うん……しかも争った形跡があるって」と佐倉さん。
「いったい誰と戦ってたのかなぁ」とのあちゃんが言って、皆一様に首をかしげる。
争っている最中の目撃情報がないことと、付近の住民や建物に被害がなかったことで、大きく取り上げられることもなくさらりと画面は次のニュースへと切り替わる。俺は赤く熟れたプチトマトを口に放り込んでモシャモシャと咀嚼しながら考えた。
あの赤いNSLに乗ってた操縦士、どんな人だったのかなー。まぁまず当然女性だろう。そんで、美人だったりして。何歳くらいかなー。すごく気になる。というのも、バトルラブストーリーにおける王道パターン『戦うと好きになる』の法則で、もしかして俺に惚れたりとかあったりして、と期待したのだが、ないか、そんな都合のいいことは。でもなー。と、俺は夏原さんと春斗をちらりと見やる。
「あ、春斗、あんたほっぺたにおべんとついてるわよ。ほらっ」
夏原さんは春斗の頬についていたご飯粒を指で摘まみ取った。
「えっ、ああ、サンキューな」
「いえいえ、どういたしまして」
そう言って、摘まみ取ったご飯粒を指ごと自らの口に入れる夏原さん。実に幸福と愛情に満ちた顔をしている。俺はその光景に、うん、有り得る。やはり存分に期待しておこう、と未だ見ぬ赤いNSLの操縦士に想いを募らせた。
佐倉さんとのあちゃんが夏原さんにむっとした顔を向ける。一歩リードね、と言わんばかりに夏原さんが勝ち誇ったような笑み見せた。おそらくこれから誰が春斗に『あ~ん』をしてあげるかバトルが勃発するのだろう。
各々が自分の朝食の何かしらおかずにフォークをぶっ刺して。
春斗くん、これおいしいよ。
やーん、この卵焼きもおいしいですぅ。
春斗は私の差し出したものを食べるべきなのよ。
とか言ってな。
モテモテで羨ましくてムカツクので、俺もこのバトルに参戦してやろうと思ったのだが、しかし春斗はそんなことをしようとしていた三人と俺の様子に気づかず、テレビに注視し続けていた。
何か気になるニュースでもやってるのか? 俺もテレビに目を向ける。
四角いモニター画面の中で、政治家のおっさんが沢山の報道陣に囲まれ、マイクを向けられていた。必死に何かを訴えている。
『今の与党は問題を解決する気がない。NSLのテロに対して現状維持とは、一体誰が納得できますか? 諸問題よりも今は喫緊の――』
名前はわからないが、よく見る顔だ。政治に明るくない俺でも知ってるということはよっぽど偉い人なのかな?
春斗がぼつりと言う。
「あの人が、俺の父さんだよ」
はい? なんですと?
「えっ? あの政治家の人って、確か光党の党首でしょ。光党は今は野党だけど、次の選挙では勝つって言われてるから、つまり、次期総理大臣」
「それが、春斗のお父さん……」
えー、うそん、そんなのあり? 冗談みたいな衝撃的な新事実。
唐突すぎて思考が追い付かない。そんな偉い人の御子息様が俺と昼飯食ってるの? 世の中狭いなぁ。
「すごいですね」
「ああ、そうだな。すごい出世だ。でも、そのために、あいつは母さんと俺たち兄妹を捨てたんだ」
「「……」」
過去、一つの家族の間に何があったのか。春斗はそれ以上は何も語らなかった。
俺は、こいつどんだけ主人公だよ! と心中でつっこみつつ、その境遇と春斗自身に羨望の想いを抱いてしまった。
詳しくは語られてないのでわからないが、春斗はきっとあの強大な父を見返すために必死に今この時を生きているのだ。
これまで自分を支えてくれた母と妹の名誉を守るために。
背負ってるものの重みが違いすぎる。
対して俺は自分のことだけで精一杯で、それですら満足な成果を出せていない。どころか――
その日のNSLの訓練の時間。
「――結構です」
「え?」
「あなたは乗らなくて結構ですと言ったのです」
俺は八重樫先生に、いきなり三行半を突き付けられた。いや、なんでかは何となくわかっちゃいるけど、一応訊いておこう。
「なんでですか?」
「今のままではあなたに訓練は無駄だと判断したからです。NSLに乗って剣を抜いて構えるまではできるようですが、それ以上のことは何もしない。棒立ちで一方的にやられるだけ。防御すらまともにしようとしない。このままでは皆の士気に関わります。あなたは何をしにここに来たのですか? やる気がないのですか?」
真っ直ぐな視線で厳しく責められ、俺は言葉を詰まらせる。
「やる気が……ないわけではないんです。ただ、わからないんです。どう動いたらいいのか……」
だから、やる気はあるけど、やる気が出せない。
「動かし方なら最初に教えたでしょう。機構の説明も授業で受けているはずです」
ダブルベース火薬による推進剤、並列稼働リアクター、一体型コックピットブロック――
NSLの機構はあらかた頭に叩き込んだ。だけど、そういうことじゃないんだ。
「それでも、わからないんです」
本当のことだ。どうしたら春斗や皆のようにNSLを操縦できるのか、さっぱりわからない。
八重樫先生は一瞬目を伏せ、
「これ以上何がわからないのか、私にはあなたの言っていることがわかりません。どうしてそんなに出来ないのか、ここまで情けない生徒は初めてです」
「……」
酷いことを言う。だが事実なだけに、俺も自分を情けなく思う。
「もういいですから、今日のところは他の生徒の皆さんの訓練を見学して、次回までにどうしたらいいのかよく考えておいてください」
背を向け、皆の指導に直る八重樫先生。
呆れられてしまった。無理もない。今日まで俺は一度としてNSLをまともに操縦できていないのだ。下手くそを通り越して木偶の坊である。きっとこの学校の誰よりも劣ることだろう。英雄を夢想していた自分が愚かに思えてならない。
八重樫先生には見学を命じられた。俺は言われたとおりアリーナの隅っこに行って地面に腰を下ろし、皆の動きを観察する。
春斗たち特機乗りはもちろん、他の生徒たちも皆、フィールドを縦横無尽に跳んで走って剣を振るい、戦闘を繰り広げている。
「みんなすごいな……」
一人一人の操縦に感心する。
だけどどんなに見続けても、どう動けばいいのか、答えは出そうにない。どんなふうに動いたらいいのかは、頭ではわかっているのだ。しかしいざとなるとやっぱりわからなくなって、身体が動かなくなる。
次回はもっと呆れさせてしまうだろう。その先のことを考えると、心が怯え、身体が震えた。
先生の言うとおりだ。俺は一体、何をしにここに来たのだろう。