第一話 終
春斗たちは再び機体に乗り、フィールドを後にした。観客の生徒たちはそれを見送るとぞろぞろとアリーナを出ていった。そういえばこの学校でまともに口の利ける相手が春斗しかいない、しかも男である俺は、女子の集団に混じって歩くことが苦に思えて、仕方なく観客が全員出て行くのを待ってからアリー
ナを後にした。
勝負は放課後のこと。今日はもう帰るだけだ。俺は寮に入り、廊下を歩く。春斗と夏原さんの部屋の前で、また声が聞こえた。
「……」
「……」
と、わずかな沈黙の間の後に。
「はぁ~、しょうがないわね。いいわよ、春斗。今日からはあんたが窓側のベッドを使いなさい。勝負は一応引き分けだけど、あの赤いNSLが来なかったら私が負けてただろうし」
「いいよ。ちゃんと俺が勝ったわけじゃないんだし、おまえが使えよ」
「あらそう。じゃあ遠慮なく」
「あ、おまえ――」
ボフッと、数日前と同じ物音がした。
「ふふん、男に二言はないわよね」
「まったく、こんな時ばっかり男を持ち出しやがって、調子のいい奴だな」
そう言いつつ春斗の声は機嫌がいい。
そして夏原さんがいつもとは様子の違う、どこか甘えた声を出す。
「あのね、春斗、一週間遅れになっちゃったけど」
「なんだよ?」
「これからルームメイトとして、よろしくね」
少し間を置いて、春斗は「ああ」と返事をした。きっと可愛らしい笑顔をされ、見惚れでもしたのだろう。
「……」
俺はこの場では何も思う気になれなかった。
足を歩ませ、俺は自室のドアを開けると鞄を放り投げてすぐに踵を返した。
寮を出て、学校を抜け出す。少し歩きたい気分だった。わずかな時間でも、学校から離れたかった。
夕暮れの街を、ぼーっと、何を考えるでもなく歩き続ける。何かに目を留めるでもなく、そうして一時間が過ぎた頃だろうか、川を見つけた。
随分と幅の広い川だ。辺りはすっかり暗くなっていて、人気はまったくなかった。東京にもこんな所があるんだな。
「……」
俺は川辺の草むらに腰を下ろし、遠く街の灯りを見つめた。ふと、物思いにふける。
春斗――
本当にすごいやつだ。かっこ良くて、モテモテで、いいやつで、英雄みたいに活躍できて。俺はスケベだし、バカだし、口も悪いし、性格も捻くれてるし、あんなに高潔には生きられない。
だけど、それが何だってんだよ。そんなものは、俺が主人公になれない理由にはならないだろ。こんなヤツが、俺が、主人公であってもいいはずだ。それでもこの物語は、間違いなく春斗が主人公で、俺はサポート役だ。それは本当の本気そう思う。心から受け入れている。だけど――
俺は自分の両膝を握り締めた。
ごめんな、春斗。俺はこれから、おまえの悪口を一言だけ言う。
羨ましいんだ、嫉妬してるんだ、狂おしいほどに。
俺は主人公になりたかったんだ。だから、いいだろ? 春斗。一言くらい。
この場で、この一回限り、これを吐き出したら、俺はもう、おまえのことを一切悪く思わない。覚悟を決める。俺はサポート役でいい。おまえが主人公だ。そして俺は主人公になりたかった。だから――
俺は鼻で深呼吸をして、もう一度息を吸い込むと、静かに、つぶやくように、その一言を吐き出した。
「チクショォ……」
俺だって、あんなふうに戦えたら――
――ん?
その時だ。俺は直感した。何かが来る。それも危険な何かだ。そう思った次には、俺は靴を脱いでいた。そして着ていた制服のズボンのベルトを緩め、ズリ落ちないよう、左のポケットに手を突っ込んで立ち上がった。耳を澄ますと、わずかに風きり音がした。それで何が迫っているのか、情報は十分だった。
――ああ、なんだ。アイツ、また来たのか。
次の瞬間「ドズゥウウウン!」と、間近のすぐ後方で聞き覚えのある轟音が響いた。
俺は警戒するでも緊張するでもなく、のんびりと振り向いた。すると、目前に本日学校のアリーナで大暴れしてくれた赤いNSLが立っていた。
赤いNSLの操縦士は、俺を眼下に見据え、声をかけてきた。
『その制服、間違えない。おまえ、今年入学したNSL学校の男子生徒の一人、坂下歩だな?』
聞こえたのはわずかな電子音混じりの声。よほど正体を知られたくないのか、ボイスチェンジャーにより声音が変えられていた。しかし聞こえにくいということはない。
俺は質問に答える。
「ああ、そうだけど……?」
この人、なんで俺の名前知ってるんだろ? NSL適性者の名簿、特に男のそれは特秘事項だ。学校にスパイでもいるのかな? ここに来たのも偶然上空から見かけて、なんてことがあるとは思えない。
『大人しく一緒に来てもらおうか』
「なんで?」
『男のNSL適性者のサンプルが欲しいのさ。おまえでも、あの白い特機乗りでもどちでもらでもいい、一人さらって来いとのお達しでな』
「そうか」
アリーナで春斗を狙う素振りがあったのも、ここに来たのも含め、なんか色々納得した。こいつの所属する組織の狙いは、男のNSL適性者を拉致してどっかの研究所で調べ上げ、男でもNSLに乗れるようにして兵力を増強したいとか、まぁそんなところかな。
俺はそんなことを思いつつ、質問を別のものに切り替える。
「ところでおまえさ、NSLについてどこまで知ってる?」
『あん?』
「NSLはNSLにしか倒せない。そうだな?」
『? それがどうした?』
問う赤いNSLに乗る操縦士に、俺は答える。
「最近NSLの研究で新たな発見があったのを知ってるか? NSL適性者が生身で近接武器を手にしてNSLを攻撃した場合もダメージを与えられることが確認されたそうだ。もっとも、適性者が生身で剣で切りつけても常人の腕力では装甲に刃は通らない、せいぜい傷を付けられる程度だけど、しかしそれでも通常の人間が攻撃するよりはダメージがあるらしい」
『結局NSLはNSLにしか倒せないということだな。で、それがなんだというのだ?』
俺は息を吐きながら首を振った。
「なぜ俺を狙った。なぜ春斗を狙い続けなかった。拉致された主人公のサポート役がどこぞの研究所の実験室に閉じ込められてそれを助けに行く、なんて物語は、ありえないんだよ」
物語の禁忌を犯す、本当に不逞の輩だ。
『……さっきからわけのわからないことを。イカレてるな、やけに落ち着いてるのはその為か。まぁいい。暴れるなよ。多少の傷は構わないだろうが、空から落下されて死なれては困るからな』
赤いNSLが俺を捕らえるべく、両手を伸ばして来た。
俺は自らの右手を引き、構えた。そして近づいてくる巨大な両手の左掌をまっすぐに力強く、殴った。グゴンッ! とぶ厚い金属をハンマーで叩いたような音が響き、巨腕が大きく退ける。
『――なにっ!』
刃物や鈍器に限らず、拳や足だって近接武器には違いない。
赤いNSLは弾かれた自らの腕に驚愕し、一瞬、俺から視線を離した。――今だ。俺はズボンのポケットから左手を抜き放った。そしてすぐさま駆け出す。
『どこだ!?』
と、赤いNSLは視線を戻し、正面にあるはずの俺の姿を探す。だがそこに残されていたのは俺の降ろされた制服のズボンだった。赤いNSLはそれに目を奪われる。その隙に俺は動揺する機体の背後に回り込み、
『っ!? どこにいっ――』
赤いNSLの後頭部を、サッカーボールよろしく蹴り飛ばした。
『ぐぁああ!』
豪速で振るわれた俺の蹴りを後頭部に喰らい、赤いNSLは川面をバウンドして弾け飛び、向こう岸の川辺の土手に背中から突っ込んだ。
ずるり、と少しだけズリ下がり、動かなくなる。
俺はその場で地面を蹴り、川を跳んだ。両足にドンッ! と衝撃を感じながら川辺の土の上に着地して、赤いNSLに近づく。うめき声が聞こえた。
『ぐっ……。こんなっ、バカな……』
かなりの衝撃だったからな。しばらく動けないだろう。俺はさらに赤いNSLに近づき、その右手の上腕を両手で掴んだ。そして足の裏を胴体に着け、
「よっと」
軽く引っ張り、腕を引き千切った。赤いNSLの肩の接続部がバチバチと電気の糸を走らせていた。俺は千切った腕の前腕を掴み、振りかぶる。そして叩き落とす。
ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! と何度も赤い胴体に腕を打ち付ける。その度に『ぐっ! がっ!』と声がした。そして少し胸部の装甲にへこみが出来たところで、飽きたので、やめた。
――やっぱりな。もろい。クソ弱い。
ちょっとやる気を出したらちょろいもんだ。さて、次はどうしてやろうか。顔を踏み潰すか、足をもぎ取るか、コックピットの中身を引きづり出すか。この赤いNSLは悪いやつだ。別に何したって構わないだろう。――なーんてな。
『ハァ……ハァ……。なんなんだ、おまえはっ……バケモノめ』
「……。ほら、返すよ」
俺は手にしていた機械の腕を倒れている赤いNSLに放ってやった。
ガシャン、と腕は赤いNSLの胴体に落ちた。無機質な顔がこちらに向けられる。
全身の力を抜いて、俺は静かに口を開いた。
「帰れ。おまえを倒すのは、俺の役目じゃない」
きっとこいつは、ここでどうにかしていい相手じゃない。絶対にこんな倒し方をしちゃいけないんだ。もっと相応しい場所で、高潔に倒されるべきなんだ。
『クソッ!』
赤いNSLは身を起こすと、返された腕を掴み取り、ジェットを噴き出して空に消えた。
俺も帰ろう。学校の食堂の晩飯が恋しい頃合だ。
「腹減ったなー」
俺の履く白と青のストライプのトランクスが、夜風にパタパタと揺れていた。




