認識
お久しぶりです。
史葉と影くん
「……へえ、夏祭りか──」
十川夕介は、ポストに入れられていた郵便物の中にあった地域新聞に目を通して呟いた。
そこには今週の土曜日に夏祭りが行われると記載されていた。
場所は夕介の家の近所にある公園で、夕方の十六時から二十一時までだ。
日時が記載されているすぐ隣には写真が載っていて、色々な屋台と提灯が並んでいた。
「いいな、行こうかな」
「予定もないし」と夕介は目を通しながら部屋に戻る。
「あ、影くんも行く? 夏祭り」
と夕介は人の影のようなモノ──影くんと名付けたソレに声を掛けた。
影くんはススス……と夕介の近くに行くと、手元の新聞を覗くようにしてから、コクリと頷く。
「じゃあ決まりだ。そうだ、史葉にも連絡しよう」
と夕介は中学からの友人である黒岩史葉に連絡をいれた。
「今週の土曜、祭り行こう……っと。送信」
ぽちっと送信ボタンを押して、夕介は返事を待つことにする。
待っている間は暇なので、とりあえず買い出しに行くかと夕介はお財布をポケットにしまって玄関に向かった。
「……あ、影くんも一緒に行く?」
靴を履いてから後ろに付いてきていた影くんに夕介が訊くと、またコクリと頷いて夕介の後に続いた。
「影くんとどこか行くの初めてだね。影くんはどこか行ったりするの?」
夕介が訊くと、隣をスススと歩く影くんが手らしき物を動かしながらジェスチャーする。
「……へえ、公園とか行くんだ。友だちとかいるの?」
コクリと影くんは頷いて、楽しそうに手を動かした。
「なるほど。意外と社交的なんだね──」
と夕介が相槌を打っていると、影くんは周りを見るようにしてから、おずおずと手を動かす。
「え……? 周りから変な風に見られてる……って?」
影くんに言われて夕介が周りを見ると、数人がちらちらと夕介を見てひそひそと話していた。
「……あ。影くん皆に見えてないんだっけ、忘れてた」
「ははは」とのんきに笑う夕介に、影くんはわたわたと手を動かす。
「大丈夫大丈夫、もう慣れたよ。それにさ、視えてるのに無視なんて出来ないよ。迷惑だった?」
と夕介が訊くと、影くんはそんなこと無いとブンブン手を振る。
夕介は笑って「ならよかった」と笑うのだった。
*
「いやー、影くんが来てくれてよかった。思わずいっぱい買っちゃったから、持ちきれなくなるとこだった」
と夕介は隣で袋を三つ持つ影くんを見て微笑む。
「周りに人いないし、いたらびっくりするかもね、袋が浮いてる……?! って」
夕介が冗談ぽく言うと、影くんは「確かに」というようにハッと顔を動かした。
「ま、そうそう人に会わないだろうけど──」
夕介がそう言って二人で歩いていくと、夕介は見慣れたスーツ姿の男性を前の方で見つけて、声を掛けた。
「史葉──」
「あ?」
振り向いた男性は、眉間に皺を寄せて夕介を見る。
「やっぱり史葉だ。仕事終わり?」
「あぁ……ってか、袋浮いてるんだけど、そこに影くん……だっけか? がいるのか?」
と史葉は夕介の隣に視線を向けた。
影くんはペコリと頭を下げる。
「いるよ。今お辞儀してる」
「そうなのか。……あ。あとあれ、この間はありがとな、助かった」
と史葉が頭を軽く下げると、影くんはいやいやいやと手を振る。
そのせいで紙袋がガサガサと音を立てた。
「とんでもない、間に合ってよかったって言ってる」
「そうか」
「うん──あ、史葉連絡したの見た?」
「え? いや、まだ見てない」
と史葉はスマホを胸ポケットから取り出して確認する。
「祭りか……」
「そう。久々に行こうよ、子どもにかえろう」
「ん、まぁ、休みだし。付き合ってやるよ」
「じゃあ決定」
「はいはい──で、夕飯は何だ?」
ちゃっかり夕介の隣に移動して、史葉は紙袋の中身を覗く。
「今日は冷やし中華」
「いいな、夏って感じだわ。ご馳走になります」
「食べてくのか」
「おう──」
当たり前だと言わんばかりに頷いた史葉に、遠慮ないなぁと思いながら、夕介は「まあいいか」と呟く。
「食べてもいいけど、片付けしてってよ?」
「タダ飯食えるなら、その位安いもんだ」
「お前ね……」
と夕介が苦笑いすると、影くんがちょいちょいと夕介の腕を引っ張った。
「どうしたの?」
夕介が訊くと、一つの紙袋を掲げながら、それを史葉に向ける。
「……なるほど、影くんもなかなかいいこと言うね」
「なんだ?」
と史葉が訊くと、夕介は紙袋を史葉に渡して言った。
「働かざる者食うべからず、みたいな。一つ持ってもらえばいいんじゃないかって。影くんが」
「ほう──って重っ、重くね?」
と史葉は紙袋を受け取って顔を歪める。
「うん。たぶん一番重いやつだと思う」
「お前な──」
「でも手伝わないと、冷やし中華はないよ」
「くっ……、分かったよ、持ってけばいいんだろ、持ってけば」
と史葉は渋々紙袋を持ち直した。
「やったね、成功」
と夕介が影くんにコソッと言うと、影くんもグッと親指を立てて見せた。
それから影くんは、史葉には見えていなくても認識してくれていたことが嬉しくて、少しだけスキップするように歩みを進めるのだった──
冷やし中華を食べながら。
史葉「うま」
夕介「うん、美味しい」




