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相合い傘

お久しぶりです、

 買い物終わり。

 十川(とおかわ)夕介(ゆうすけ)は、スーパーの屋根の下で、曇天とそこから落ちてくる雫を見て、参ったなぁと苦い顔をしていた。

 梅雨入りだというのに、夕介はお財布と携帯をジーンズのポケットにしまって、傘を持たずに出てきてしまった。

 スーパーの中で買い物をしている時はまだ曇天だったのだが、買い物を終わらせた頃にはもう雫が落ちてきていた。

 夕介は右手に持ったビニール袋を見て、小さく溜め息を吐く。


「あら……、十川くん?」


 スーパーから出てきた初老のおばさんが、夕介を見つけて声を掛けた。

 夕介は「あ、どうも」と頭を下げて挨拶をする。


小山(こやま)さんも、買い物ですか?」

「そうなのよ、雨なのに嫌ねぇ──」


 と小山は眉間に少し皺を寄せた。

 小山は夕介の家の近所に住んでいる。

 周りから変人や要注意人物と呼ばれている夕介に、小山は「百聞は一見にしかず」という理由で、自ら夕介に話し掛けた人物だ。

 気さくで優しく、おおらかな性格をしており、夕介と会うと世間話をする程度の仲である──。


「そういえば、十川くん傘は? もう梅雨入りしたんだから、持ってないと濡れて帰ることになるわよ?」

「あー……来るとき降ってなかったんで、持ってきてないんですよ」


 苦笑いして答えると、小山は「あらまあ」と目を見張ってから、一つ提案をした。


「じゃあ、入れていってあげるわよ。迷惑じゃなければ」

「 いいんですか? ありがとうございます」


 と夕介は「俺がさしますね」と小山から傘を受け取り、紫色の紫陽花柄の傘を広げて、歩き出した──。


「若い頃を思い出すわ、よく主人とこうやって帰ったものよ」

「へえ、そうなんですか」


 小山の歩く速さに合わせて、夕介は歩いていく。

 小山は「ふふ」と思い出すように笑って、夕介を見た。


「きっと、今日若い子と相合い傘したのよ、なんて言ったら、主人驚くわね」

「かもしれませんね。でも、俺だって知ったら、笑うかもしれませんよ?」

「うふふ、そうかも──」


 小山は楽しげに笑って、前を見た。

 夕介も微笑んで、前に視線を戻す。

 すると、前から黒い傘をさした男性が歩いてきて、夕介たちとすれ違った。

 すれ違い様に、男性が何か話していたのが聞こえた。


「……今、あの人隣に声を掛けてたわ。誰もいないのに……「濡れてない? 大丈夫?」って」

「……──」


 すれ違い様に、夕介は視ていた。

 小山には男性しか見えていないようだったが、ちゃんと隣に女性がいた。

 男性の問いかけに、女性は笑って答えていた。


『濡れてない? 大丈夫?』

『大丈夫だって。私もう死んでるんだから──それより、そっちこそ濡れてない? 風邪引いたら許さないからね?』

『……それでも、濡れてほしくないんだよ。俺は大丈夫だから──』


 男性は少し苦笑いで、女性を庇うように傘を傾けていた。

 女性は照れたように笑って、小さく頷く。

 夕介は歩いていく二人を尻目に見て、悲しくなった。

 女性の身体は既に薄れていて、そろそろ本当の別れが近づいてきているのがわかったからだ。


「十川くん……? どうかした?」

「いや……。なんでもありません──」


 心配そうに顔を覗いてきた小山に、夕介は苦笑いで首を振った。


「……小山さん」

「うん?」

「さっきの、男性いたじゃないですか。その人の隣に、女性がいたんですよ。きっと付き合ってたんじゃないかな。小山さんには、見えてなかったと思うんですけど……」


 ゆっくり歩きながら、夕介は続ける。


「相合い傘してましたよ。男性は女性のことを気遣ってました──女性はもう死んでるんだからって言って、男性のことを気に掛けるんですけど、男性にとって自分よりも女性のことの方が大事だったんでしょうね、それでも濡れてほしくないって、傘傾けてました」


 小山は静かに頷いて、小さく微笑んでいた。


「そうだったのね……見たかったわ」

「変わりませんよ──、生きてる人と……。お互いに気遣って、肩が濡れないように寄り添う──小山さんの若い頃と同じです」


 夕介が笑って言うので、小山は「そうなのね」と呟く。


「そうですよ、もともと同じ人だったんですから──」


 少し遠くを見て言った夕介を見て、小山も遠くに視線を向けた。

 空はまだ曇天で、雫が落ちてきている。

 まだ()みそうもない……。


「ぁ。小山さん、もうここで大丈夫です。ありがとうございました」


 ふいに夕介が傘を返してきて、小山はよくわからないまま傘を受け取った。


「え、まだ家まであるんじゃないの?」

「そうなんですけど、迎えが来てるみたいなんで……もう大丈夫です」


 「それじゃ」と笑顔で頭を下げると、軽く駆け足で夕介は雨の中を進んでいった。

 そして、先の方で迎えらしい青い傘が待っているのを見て、小山は首を(かし)げる。

 迎えは、本当に傘だけだった。

 目を擦ってよく見てみても、青い傘だけが宙に浮いている──。


「え……?」


 小山がその場から動けずに見ていると、夕介はその青い傘に入って、何やら隣に話しかけながら歩き出した。

 見えた夕介の横顔は笑っていて、小山は夕介の言ったことを思い出し、思わず笑っていた。


「……ふふ、本当ね──」


 隣の人物は見えないが、夕介が気遣って傘を軽く傾けていたので、そこには誰かが居るのだと、小山は思う。

 見えなくても、夕介が誰かと相合い傘をしているのだと、小山には思えた──




相合い傘の相手

夕介「わざわざごめんね、影くん」

影くん「(いやいやという風に両手を振る)」

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