第2話『王都魔導部隊総責任者アレン』
夜会会場の重厚な扉を蹴り飛ばさんばかりの勢いで飛び出した私は、一人、月明かりの差すバルコニーで荒い息を吐いていた。
「……ふんっ!小さい?貧乳?笑わせないで。あんな醜い姿で何を言っているのかしら、あの脂ぎった肉の塊は!」
怒りで魔力が指先からパチパチと漏れ出す。
──私が開発した魔族封印の杖。
それがなければ、あの男の国なんか今頃滅んでたのよ。
恩知らずにもほどがある。
考えるだけでもイラついてきた。
これほどの侮辱を受けたのは初めてだ。
「……失礼。あまりに激しい魔力の揺らぎを感じたものでね。つい足が向いてしまったよ」
背後から響いたのは、少年のような無邪気な声。
風が抜けたように心地よい、爽やかな音だった。
驚いて振り向いてしまう。
そこには漆黒の甲冑を纏った大男が立っていた。
王都魔導部隊の総責任者にして、隣国からの帰化貴族。
「鋼鉄の牙」の異名を持つゼノス・グレンジャー卿だ。
(……デカい。相変わらず、この人は)
見上げるような長身。鎧越しでもわかる、鍛え抜かれた無駄のない体躯。
彼は冷徹で知られ、女性には一切興味がないと噂されていたが、その鋭い瞳が今、まっすぐに私を射抜いている。
「ゼノス卿……。見苦しいところをお見せしましたわ。たった今、婚約を破棄されたばかりでして」
自嘲気味に笑う私に、ゼノス卿は一歩、また一歩と距離を詰めてきた。
逃げ場のないバルコニーの隅。
彼は私の目の前で片膝をつき、あろうことか私の手を取ったのだ。
「……聞き捨てならないな。アルフォンソ殿下は、貴女の『価値』を理解していなかったということか」
「価値も何も……。殿下は私の胸が『絶壁』だからと、それはもう酷い言いようでしたわ」
私が吐き捨てると、ゼノス卿の眉がピクリと跳ねた。
次の瞬間──。
彼の口から飛び出したのは、予想だにしない熱弁だった。
「……愚かなり、王太子! 彼は何も分かっていない! アリス嬢、貴女のそのお体こそが、魔導師として、そして一人の女性として至高の機能美を備えているということに!」
「……えっ?」
「見てください、その鎖骨から肩にかけての、一切の淀みがない流線形! 巨大な脂肪に邪魔されることなく、魔力回路が最短距離で心臓へと繋がっている! それはまさに、風を切る矢、あるいは研ぎ澄まされた名剣の如き美しさだ!」
ゼノス卿の瞳に、見たこともない情熱の火が灯る。
彼は私の手を握り締め、さらに顔を近づけた。
「私はずっと、貴女が考案した騎士用アンダーウェアの愛用者だった。だが、それを作った貴女自身が、これほどまでに無駄のない、洗練された『究極の軽量化体型』を体現されていたとは……。正直、一目惚れだ」
「ひ、一目惚れ……!?」
「アリス・ローゼン嬢。あのような肉の塊を尊ぶ凡夫のことなど忘れ、私と共に来てくれないか? 貴女のその美しいラインを、私が命に代えても守り抜くと誓おう。……もちろん、私の鎧のメンテナンスも。生涯貴女にお願いしたい」
その言葉は、もはやプロポーズというよりは、聖遺物を拝む信者のようだった。
「……ふふっ。あはははは!」
私は思わず吹き出した。
世界中の人間が「大きいことは良いことだ」と信じ込んでいるこの国で、まさかこれほどまでに「削ぎ落とされた美」を解する変態……もとい、紳士がいるなんて。
「いいでしょう、ゼノス卿。あんな王太子のコルセットを直すより、あなたのその立派な大胸筋に合わせた特注鎧を作る方が、よっぽど職人魂が燃えますわ」
私は彼の手を取り返し、不敵に微笑んだ。
「ただし、私の特注品は高いですよ? 世界一の魔導技師を怒らせた代償は高くつくんですから」
「望むところだ。私の全財産と、この筋肉……失礼、この命。すべて貴女に捧げよう」
月夜のバルコニーで、婚約を破棄されたばかりの令嬢と、変わり者の天才騎士。
──規格外な二人の逆襲劇が、ここから始まった。
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