ツートップ
飯田の口から八重歯がちらりと見えた。
「真生やっさしー」
今度はしっかりと口元から八重歯が顔を出す。
「だけどさぁ、本性はどうだろうね」
飯田はそう言って真生を見たあと、後ろを振り返った。飯田の後ろの席は、クラスの中心人物である上野 雫だ。
「誰にでも優しい男なんて信用できないからね、みんな騙されちゃダメだよ?」
上野はわざとらしく腕をさすり、身震いした。上野と飯田はクラスの中でも権力を持っており、スクールカースト上位に位置する二人だ。俺は上野の言葉に少しドキッとした。まるで俺に向けられた言葉かのように思えたからだ。
「俺は誰にでも優しい訳じゃないから。誰かを騙す気もないし。」
真生は上野へ向かって言った。拳を握った手が少し震えていた。
「真生くんこわぁい」
上野は周りの女子と顔を見合わせながら言った。女子特有の目で会話する、というやつか。
「真生、優男なんだろ?そんなことで怒るなって」
飯田もニヤニヤしながら真生を煽る。
「だから俺は…!」
真生が声をあげたそのとき、2限目開始を告げるチャイムが鳴った。
飯田は満足そうに足を組み、頬杖をついた。真生は納得いかない顔で自席に着いた。真生の席は俺の左斜め前の窓際の席だ。そして右斜め前には飯田が座っている。つまり、真生の席から一つ席を飛ばした先に飯田の席があるのだ。そして俺の前、飯田と真生の間に座るのが上野だ。
「優斗、真生に話しかけられても無視した方がいいよ。」
わざわざ振り返って言う上野に俺は微笑んだ。
「はーいはい。前向いて。」
上野は前に向き直った。前を向くときに、ギロリと真生を睨みつけたのがわかった。
上野がよく俺に話しかけてくるようになったのは、この席になってからだった。
くじ引きで決まった席。俺は憎い真生の斜め後ろの席であることにショックを受けていた。
「上野が前か、よろしく」
「よろしく、優斗。」
俺は上野には初め、好印象を抱いていた。真っ黒で長い髪は綺麗で、俺を見る瞳は光を反射してキラキラしていた。まばたきする度上下する長い睫毛に吸い込まれるようだった。
だが、その後の俺の上野への印象は日に日に良くない方向へと落ちていった。
「ね、先生彼女いんのー?」
他の女子と笑いながら聞く上野。相手は教育実習生だった。確か、教育実習に来て三日目くらいだったはずだ。
「いないですけど…」
教育実習生の弱々しい返答に、上野は大笑いした。
「あっははっ、きっとその眼鏡がダサいからだよ。メガネザルみたいだからやめな?」
そう言って上野は他の女子に目配せをして、また大声で笑い出した。綺麗な容姿が台無しになるような笑い方だ。例えるとすれば、シンバルを叩く猿のおもちゃだな。俺はそう思った。
「どっちがサルだよ。」
俺は上野には聞こえない声量でぼそりと呟いた。それから上野を見る目が大きく変わった。綺麗な髪にも、瞳にも、睫毛にも魅力を感じることはなくなった。
しかし、上野は俺によく絡むようになった。課題を見せてほしいとか、今日の私はどこが違うかとか、俺にとってどうでも良いことばかりで、退屈だった。
一方で、飯田には初めから好印象なんて抱くことはなかった。
「うわっ、お前そのパン」
「なんだよ」
飯田はある日の昼休み、昼食をとっていた俺に話しかけた。
「それ、美味いか?」
「美味いけど…なに?」
飯田が目を丸くして聞くので、俺は少し眉をひそめた。俺の答えに飯田は鼻で笑った。
「いや、美味いわけないだろ。大体そんな変なパンどこで見つけたんだよ」
確かにそのパンは、エビチリを食パンでサンドしたエビチリサンドイッチという、変わり種なパンだった。
「俺も初めてコンビニで見つけてさ、これが意外と美味いんだ。」
俺は少し頭にきたものの、笑ってそう言った。しかし飯田の嫌味は止まらない。
「優斗、お前味覚どうにかなってんだよ。エビチリサンドなんて、誰が食いたいんだ。」
飯田は人の意見を聞き入れず、自分の信じたことを曲げない奴だった。それがクラスや周りの人間を良い方向に導くこともあったが、それ以上に俺は飯田の性格が気に入らない。
そして、左斜め前に座る真生はというと…




