47.コード001
それは突然やってきた。
何の前触れもなく地面が横に大きく揺れる。立っていられないほどの衝撃。地上なら地震かと思うが、ここは浮島。地震とは無縁の島だ。
途端、周囲でサイレンが鳴り響く。
『コード001、コード001。島民は直ちに避難してください。ヴァリアント・デルタ各員は対応にあたってください。コード001――』
島内に響き渡る放送に、一斉にVANTの元へ走り出す。その顔にはかつてないほどの緊張感が満ちている。
“コード001”
エスティアにいる誰もが最初に教えられるコードのうちの、1番目。過去に一度も発令されたことのないこれが表しているのは、島の高度が下がっているという意味だ。
「二手に分かれる! 急げ!」
アイリーンとリヒトと共に、島の端までHAWKで飛んでいく。その上空を、予備も含めたいくつものVANTが唸るようなエンジン音を響かせて突っ切っていく。
「VD-01フォルテ、ポイント到着! 係留作業に移行!」
島の端に設置された巨大な留め具を展開し、間もなく到着した兵団の輸送艇に固定していく。すぐに上空にあがり、まるで島をつり下げるような構造になった。
エスティアの外縁ではVANTや輸送機の下部から射出されたアンカーが空を切り裂き、重い音とともに島の基盤へと打ち込まれていく。
『アンカー固定!』
『ケーブル展開、急げ!』
次の瞬間、太いワイヤーが空中に解き放たれる。複数の機体がそれぞれ逆方向へ散開し、張力をかけるように一斉に引いた。
ぎし、と空が軋む。まるで島そのものが悲鳴を上げているようだった。端末に提示した高度数値は先ほどよりも数値の変化が緩やかになるが、それでも島は止まらない。
帝都近隣の海に軟着陸させるにしても、この速度のままでは津波が起こってしまう。
『出力維持! 張力落とすな!』
怒号が飛び交う中、端末に新たな警告が点滅した。
――通信エラー。
一瞬のノイズかと思った。だが次の瞬間、耳元の通信がぶつりと途切れる。端末を叩き、内部ネットワークへ直接アクセスを試みても、返ってくるのは無機質なエラー表示だけ。
だが、完全な沈黙ではなかった。
『……ッ、こちらVD-03、聞こえるか!』
ノイズ混じりの声が、断続的に入り込む。有事の際でも指揮系統を維持するための、隊副長専用独立回線。
「聞こえます。この回線以外で使えるものは?」
『ない! 中央演算機器もアクセス不能だ!』
通信だけではない。演算機器も行う全ての制御が落ちている、ということ。
――その中枢は、通信局しかない。
思考が定まると同時に、再び島が大きく揺れた。空中に張られた無数のケーブルが軋み、負荷が一気に跳ね上がる。
「副隊長! このままじゃ支えきれません!」
迷っている時間は無い。私は急いで他の班に声をかけると、HAWKに飛び乗った。
「私は他班の機械担当と通信局を見てくるわ! アイリーン、リヒト、後をお願い!」
通信や原因は島の中央部、通信局で起こっているとしか思えなかった。
二人の隊員と共に通信局に駆け込む。局内はこんな事態だというのに、異様な静けさがあった。誰一人ともすれ違わない。
避難したにしても、静かすぎる。そう考えたときだった。目に入ってきたのは、床に広がる――赤。
「嘘……シャーロット?」
身体を固くした私の後ろで他の隊員が声をあげ、飛び出ていく。慌てて周囲の確認を取り近づくと、隊員の前には血だまりに倒れる女性。まだ温もりが残っている気がして、首筋に指を当てる。
だが、返ってくるものは何もなかった。
「彼女、私の友人で……通信局の子なんです」
まさか、とうわ言のように繰り返す彼女の背を軽く叩き、立ち上がる。もう一人の隊員と顔を見合わせて、確認するように頷いた。
――この先も、覚悟がいるかもしれない。
廊下に、自分たちの足音だけが響く。そして、想定は最悪な形で起こってしまった。
「これは……」
目の前の光景が信じられない。数々の機械は血に濡れ、中にいた作業員は一人として息をしていなかった。
「皆、銃で撃ち殺されたようです。至近距離からの射撃かと」
検分していた隊員が必死に冷静さを保ちながら報告してくる。確かに傷口は穴が開いている。それも全員、ほぼ同じ位置に。
「狙いが正確過ぎる。……素人じゃないわ」
噛みしめた奥歯がぎりりと音を立てる。それでも、嘆いてばかりではいられなくて、私たちはすぐに通信の復旧作業に手を出した。
悪質なウイルスが仕込まれていて、思うように進められない。まるでこちらの操作を読んでいるかのように、処理が阻まれる。それでもやっと、ノイズ交じりだが通常回線の音声だけは取り戻すことができた。手を動かしながらも思考を回らせていく。
「敵はどこから……いえ、その前にどこへ行ったのかしら」
―――わざわざエスティアに来るとしたら、ここにしかないものが目的。考えられるのは、VDの基地、研究所、そして……
「……ソルティア?」
嫌な可能性が頭をよぎる。すぐさま監視カメラにアクセスし、基地内の映像を映し出していく。
次の瞬間、私の目はある映像から離せなくなった。何が起こっているのか……理解が、追いつかない。




