45.使う理由
ざわめきがさらに広がりかけた、その瞬間だった。
「下がってください、医療部です!」
鋭く通る声とともに、数名の医療部員が人の輪を押し分けるようにして入り込んでくる。統率の取れた動きに、周囲の空気が強制的に切り替わった。
倒れていた兵団員が担架に素早く乗せられていく。その間にも、淡々と現状確認と報告を行い、彼らはあっという間に人の波の向こうへと消えていった。
「……各員、持ち場に戻れ」
いつの間にか隣にいたライアスが低く指示する。デルタの隊員たちが即座に動き出し、兵団側も同様に、乱れかけた隊列を立て直し始めた。
――視線は隠しきれていないけれど。
好奇心、困惑、警戒……それらが混ざりあっているのを肌で感じる。それでも、足を止める理由にはならない。
「フォルテ、行ける?」
隣に並んだ隊員が、小さく声をかけてくる。その声音はいつもと変わらないが、ほんのわずかに慎重さが混じっているのが分かった。
「ええ、大丈夫」
短く答え、視線を前へと戻す。今は任務中だ。
走りながら、輸送機の映像に目をやる。さすがと言うべきか、誰もが先ほどの一件など無かったかのように演習に戻っていた。
建物の影を利用して移動しつつ、輸送機の軌道を微調整する。あえて視界に入る位置を飛ばし、時折ペイント弾を上空から落とすことで、兵団側の意識を上へと引きつける。
やがて、次の建物で爆弾の解除を試みていた兵団員たちの動きが乱れた。わずかな隙。その一瞬を逃さず、遊撃隊が制圧に入る。
『クリア』
短い報告が耳に届く。
それを皮切りに、流れは一気にこちらへと傾いた。
最後の爆弾の前で、兵団側は完全に包囲される形となる。抵抗はあったものの、長くは続かなかった。
『全ポイント、制圧。仲間も奪還完了』
仲間の声が響いた瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩む。同時に、けたたましい終了合図がフィールド全体に鳴り渡った。撤収の時間だ。私は機材を回収し、演習本部へと足を向けた。
「――以上だ。各自、これからも精進するように」
二人の隊長と、兵団側の上官の講評を受けて本日の演習は終了。緊張感も取れて、会議室内は賑やかになる。
「カイ! 久しぶりだな」
「お、お前らも参加してたんだな。久しぶり」
中にはデルタメンバーに声をかける姿も見られる。このような合同演習でもなければなかなか話せないから、毎度のこと。つらつらとそんなことを考えていると、誰かに呼びかけられているように感じて意識を戻した。
「あの、聞きたいことがありまして! 始まりの魔女、ってフォルテ隊員のことですよね? さっきの魔法の事とかも、ぜひ教えてくれませんか?」
何と返したらいいか言葉に詰まる。周りが聞き耳を立てているのも、何となく分かる。
「え、っと――」
「フォルテ、ちょっと来い」
とりあえず返答しようとした途端、聞きなれた声に遮られる。反射的に断りを入れて振り向くと、イヴァンがこちらを手招きしていた。素直に従って、先に歩き出した彼の後をついていく。
会議室を出てからも、何も言わずに進んでいく。無言の時間が、何となく怖い。
やがて屋上に着くと、イヴァンはやっとこちらに顔を向けた。柵に寄り掛かり、私をじっと見つめる。
「あの、隊ちょ――」
「身体に異変は」
短く落とされた声に、思わず息を呑む。首を振って否定すると、隊長は大きなため息を一つ吐いて、私に鋭い視線を向けた。
「魔力を渡していたな。成功したから良かったものの……もし失敗していたらどうなっていたか分からないぞ」
イヴァンの言いたいことは尤もだ。彼女に渡した魔力量が多すぎたら。逆に私が止まらなくなったら。可能性はゼロではない。それでも――
「目の前で倒れている人がいて、私に出来ることがあるならば、放っておく理由はありません」
言い切ると同時に、屋上に吹き抜ける風が一瞬だけ強くなった気がした。
イヴァンは何も言わず、じっとこちらを見ている。その視線から逃げることはせず、私は真っ直ぐに受け止めた。
「……分かってはいた。お前がそういう人間だというのは。それでも」
腕を掴まれ、ぐっと引き寄せられる。眼前にイヴァンの顔が来て、背筋がのけぞる。
「魔法も魔力も、まだ、怖いんだろう。無理して隠そうとするな」
ひゅ、と息が漏れる。
吸収の魔法を使うとき、いつもかつての光景が思い浮かぶ。体内に収められたままの魔力を早く抜いてしまいたいと思う時もある。
今回の魔力の譲渡も、もし何かあったら。その先を、考えないようにしていたのに。
「……怖く、ないわけではありません。でも、それで止まっていたら、何も守れないから」
絞り出すように言葉が零れる。至近距離で見つめられるその視線に、心臓の音がやけに大きくなる。
イヴァンはしばらく何も言わなかった。しかし、ふっと息を吐くと、私の頭をぐしゃぐしゃとかき回すように荒く撫でた。
「仕方のないやつだ。俺の前で、強がろうとしなくていい」
両の腕に抱きこまれ、頭に置かれたままの手がぽん、ぽん、とリズムをもって軽く叩かれる。イヴァンの体温にほぐされるように、視界が滲んでいく。
屋上に、再び風が吹き抜ける。
さっきまで感じていた重さが、ほんの少しだけ軽くなっていた。




