44.露呈した力
人の気配のない岩陰の一角。そこには、VD-01とVD-03の隊員たちの姿があった。各隊の隊長はおらず、副隊長以下のメンバーが肩を寄せ合って地面に映された地図を見る。
自分たちがいる岩陰から1㎞先。建物が密集したエリアの一点には、赤いドットが存在を強調している。
「確認します。今日の演習の我々はテロ組織役。この3か所の建物に模擬爆弾を設置後、人質の解放を要求。その後、人質の奪還が目標です」
今回のリーダーであるVD-03副隊長の言葉に、全員が頷く。既に各自の得意分野に合わせて役割分担が行われ、皆準備万端。かく言う私も、防衛側である兵団とのやり取りと、情報錯乱の任務がある。
最終確認が終わると同時に、遠くの方でサイレンが鳴る。いよいよ演習開始。私達は一斉に建物エリアへと駆け出した。岩陰がだんだん減っていき、見晴らしの良い砂地が広がる。目的の建物はその先。
――相手は私達がここにいることを知らない。けれど、必ず監視はいる。
仲間が周囲を偵察する間に、機材を広げて周囲一帯にノイズを発生させる。まずはこれで、電子機器をストップ。おかげでこちらの端末も使えないが、問題はない。
視界クリアの合図を受けて私達は砂地を一気に駆け抜け、建物の1つに滑り込んだ。
先発隊が行った階上から、ドス、と争うような鈍い音が聞こえる。静かになったタイミングで上がると、既に数人の兵団員が拘束された状態だった。
「……電子機器のチェック完了。話しても問題ないですよ」
私の言葉と共に皆が深い息を吐く。まずは第一段階が終了。すぐさま爆弾を設置しに遊撃隊が出ていき、ものの十数分で戻って来た。
皆と頷きあい、ノイズを停止させる。兵団の無線に繋ぐと、向こう側は情報を整理するのに躍起になっているところだったよう。『機器が復活しました!』と声が漏れ聞こえる。
「こんにちは」
通信に割って入ると、一瞬で向こう側が静かになった。声はボイスチェンジャーを使っているから、おそらく男の声に聞こえているはず。
「突然ですが、街中の建物3つに爆弾を仕掛けさせてもらいました。ああ、あと、そちらの人質を預かっています」
拘束されたままの兵団員を横目で見やる。彼らは自分たちの事を話していると分かったのか、僅かに身動ぎしながらも睨みつけてきた。
『……要求は』
「話が早くて助かります。我々の仲間が2人、そちらに捕らえられていますね。その仲間を返してください。それと引き換えに、爆弾の解除方法と人質を解放しますよ」
軽く言いながら、兵団員の様子を一瞬だけカメラに映してやる。相手が何かを言う前に通信を切り、用意していた待ち合わせ場所と時間のメモを送信する。
「すっかり悪役ねぇ、ルナ」
「こんなの序の口でしょう? ほら、そろそろ来るわ」
相手も馬鹿ではない。案の定、建物の外からは統率の取れた足音が響き始めている。建物内の壁を土魔法で偽装しているとはいえ、何もせずにいるのは危険だ。
耳元のTACSをタップする。視界一面、複数の映像が映った制御画面へと切り替わった。
「展開するわ」
呟きと同時に、建物の裏手に待機させていた改造小型輸送機を起動する。低い駆動音とともに浮かび上がった機体は、わざと目立つ軌道を描きながら上空へと躍り出た。
建物の外でざわめきが起き始める。
「空か……!」
「上を警戒しろ!」
兵団側の意識が、一斉にそちらへと向いたのが分かった。同時に輸送機から擬似的な通信信号をばら撒き、あたかも別地点にも仲間が潜んでいるかのように錯覚させる。
『東側に反応! いや、違う、西だ!』
混乱した声が無線越しに漏れ聞こえ、建物の外の足音が散っていく。統率の取れていた動きが、ほんのわずかに乱れる。その隙を、逃す理由はない。
「今よ。遊撃隊、動いて」
短く告げると同時に、待機していた隊員たちが一斉に飛び出す。別の建物へと向かい、まだ士気のある兵団員達へ奇襲をかける。
すぐに派手な水しぶきが舞って、戦闘が始まったのが分かった。
輸送機の映像越しに外の様子を確認すると、色々な場所で魔法が展開されている。そのうちの一つに、目が吸い寄せられた。
女性兵団員が大規模な魔法を発動している。その威力は強大で、デルタ隊員も少し押され気味だ。しかし――
「あんなに魔力を使って、大丈夫かしら」
連続して使っている彼女の足元がおぼつかない。仲間の動きをカバーするためとは言え、明らかに過負荷だ。
本部の医療部へ連絡を入れようとした、そのとき、彼女はぐらりと姿勢を崩して倒れた。最悪なことに、魔法を展開したまま。
「少し出るわ!」
緊急避難用に用意していたロープを掴み、窓から滑り降りる。今も輸送機の映像の中では、敵味方関係なく彼女の魔法を止めようとしていた。
兵団側の目を気にせず建物間を駆け抜ける。やがて例の場所が見えてきたところで、私は手のひらに吸収の魔法を発生させた。
「そこをどきなさい!」
開いた隙間を縫うように入り、魔法を吸収する。すぐさま彼女のようすを観察すれば、やはり状態は良くない。魔力が枯渇寸前なのか、意識が無く呼吸も浅い。
――できるかしら……いいえ、迷っている暇はないわ。
私はゆっくりと息を吸い込み、自分の内側へと意識を沈める。満ちている魔力の流れを捉え、それを外へと向ける。
手を、相手の胸元へとかざした。押し込むのではなく、馴染ませるように。呼吸に合わせて、ゆっくりと。
空気が、かすかに震える。
指先から溢れた魔力の淡い光が、静かに相手の中へと溶けていく。
荒れていた呼吸が、次第に落ち着いていくのが分かった。強張っていた身体の力が抜け、穏やかな表情になっていく。
そこでようやく手を離し、私は小さく息を吐き出した。
「今の、何をしたんだ……?」
誰かの声を皮切りに、空気がざわりと揺れる。
「魔力を、渡した?」
「そんなことができるのか?」
困惑と驚きが入り混じった声が、次々と重なっていく。敵味方の区別なく、すべての視線がこちらへと向けられていた。
――分かってはいたけど、覚悟を、しておかないとね。
ざわめきの中央で、私は震えそうになる手を、ぎゅっと握りしめた。




