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41.音楽の中で

煌びやかなシャンデリアの光が、大広間を満たしている。色とりどりのドレスが揺れ、優雅な音楽と人々の笑い声が重なっていた。


カツン――


さして大きくもない靴音に、空気が揺らぐ。

会場の入口、巨大な扉の前。いつの間にか、そこに立つ一組の男女へと視線が集まっていた。

深紅のドレスを纏った令嬢と、それをエスコートする白の隊服の男。

ただそこにいるだけで、場の空気が塗り替えられる。誰もが言葉を失い、ただ目を奪われた。


凛麗とした赤。

精悍たる白。


息を呑む気配の中、二人は視線など意に介さぬように、静かに、そして堂々と歩みを進めていく。

まるで、その場のすべてが二人のために用意されていたかのようにゆるやかに人の波が割れ、自然と道が開いていく。

囁き声すら遠のく中、その足音だけが、やけに耳に残った。






「アーク公爵令嬢。お久しぶりですな」

「ええ、本当に。その節では大変お世話になりました。お元気でいらっしゃいましたか?」


会場に入ると早速、家族ぐるみで仲の良い伯爵夫妻に呼び止められる。私の行方が分からなかった間も、捜索を手伝ってくれていたと聞いている。直接会うのは2年ぶりで、二人は柔和な笑みを浮かべていた。


「今日はいつものようにお兄様方とご一緒ではないのね。隣の方、ご紹介してくださる?」


夫人の穏やかな声に促され、イヴァンを見上げる。その背筋は、変わらずにまっすぐだった。


「こちらは――」

「初めまして。イヴァン・レナードと申します」


白い隊服を着こなしすっと一礼する。その所作に、伯爵夫妻の視線がわずかに変わった。次いで、伯爵の視線が胸元の階級章に移る。


「隊長殿、でしたか」


低く呟かれた声の後、僅かな沈黙が落ちる。夫人の目は、どこか確かめるように私を見ていた。


――この人を選んだのか、と。


言葉にされることは無くても、その問いははっきりと伝わってくる。私はわずかに口元を緩め、静かに頷いた。

それだけで十分だったらしい。夫人の笑みがほころぶように深まる。


「素敵なご縁ですこと」


その言葉に、イヴァンを掴んでいた腕に力が入る。伝わってくる温もりに、胸の奥がそっとほどけた。




それをきっかけに、次々と声がかかるようになった。名乗りと挨拶を繰り返す。同じやり取りのはずなのに、不思議と苦にはならない。

イヴァンの肩書に気づいて態度を変える者もいる。けれど、彼は誰に対しても淡々と、それでいて決して無礼にはならない距離で応じていく。その姿がいつもの隊長のそれと重なった。


どれほどの時間が過ぎたのか、ふと音楽が止む。ざわめきが波のように静まっていく中、自然と視線が大広間の奥へと集まる。

ゆっくりと現れた人物に、誰もが口を閉ざす。ただ、その存在を迎えるように、静かに頭を垂れた。


「――面を上げよ」


低く、よく通る声が広間に響く。王は緩やかに視線を巡らせ、告げた。


「本日は、建国祭を迎えられたこと、誠に喜ばしく思う。これを祝し、今宵の宴をここに開く」


合図と共にグラスが掲げられる。直後、音楽が戻り、広間は再び色を取り戻した。






音楽に誘われて、人々が広間の中央へと集まる。ドレスの裾が揺れ、次々と男女が歩みだし手を合わせていく。

その流れの中で、ふいに腕が引かれる。見上げると、イヴァンが一歩前に出て私の正面に立った。静かに一礼し、手が差し出される。


「俺と、踊ってくれますか」


その瞳がじっと私を見つめる。その奥に隠しきれない想いを感じて、私はふっと、頬が緩んだ。


「はい、喜んで」


迷いなく応じ、その手に自分の手を重ねた。指先が触れあい、静かに絡めとられる。

次の瞬間には、自然な動きで距離が寄せられていた。思ったよりも近い距離に、僅かに息が詰まった。


「……近い、です」


小さく零すと、イヴァンはわずかに目を細める。


「そうか」


短く返された声とともに、腰に回された手に力がこもる。逃がす気などないと言うように。

触れている場所から、じわりと熱が伝わってくる。その温もりに包まれて、鼓動が少しだけ速くなった。


次の瞬間、導かれるままに足が動く。迷いのないリードに、身体が自然と応えていた。


一歩、二歩と重ねるごとに、距離も呼吸も噛み合っていく。

くるり、と視界が回る。軽やかに広がった赤が、光を受けて揺れた。


足を戻すのと同時に再び引き寄せられ、音に溶け込むように身体が自然と運ばれていく。導かれるままに動いているはずなのに、不安はなかった。


――この人が、いるから


気づけば、周囲の視線が静かに集まっていた。だが、そんなことはどうでもよかった。

視線が重なる。ほんの一瞬の交錯であるはずなのに、それだけで呼吸がぴたりと合うのを感じる。



音が満ちている空間で、私達の周りだけ不思議なほど静かだった。周囲のざわめきも、視線も、全て遠くへ押しやられていく。


触れている温もりと、重なるリズムがこれまでになく心地よかった。

この時間が続けばいいのに――そう願ってしまうほどに。

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