35.再会の先で
重厚な鉄格子の閉じる音が地下いっぱいに響く。俺たちはあの通路を通って王国内のどこかにある牢に連れられ、閉じ込められている。少なくとも王宮でないことは確かだ。
「くそっ、魔法が出ねぇ!」
カイが苛立たし気に手にはめられた枷をガシャガシャと鳴らす。俺も試しに炎を出そうとするが、魔法が発動する気配は一切なかった。
「この手枷のせいだろうな。王国に、魔法を抑える技術があるのは驚きだが……」
王国に魔晶石を輸出した話も、技術提供をした話も聞いていない。魔法を発現した人物がいるとも聞かない。
「端末は取られた。体内チップもこの地下じゃ上手く届くか分からん。カイ、外への連絡手段は何かあるか?」
「隊長が思いつかねぇのに、俺が分かるわけねーよ。誰かが俺らがいなくなってることに気づくのを待つしかないんじゃね?」
2人そろってため息を吐く。あの騎士団長なら話が通じると思っていたが、王宮の外に連れ出された今ではどうなるか分からない。
「なあ隊長。俺ら、もしかしなくてもピンチ……だよな?」
「よく分かったな。その通りだ」
だが、本当の問題はそこじゃない。後から来たあの男は、フォルテのことを探していた。
最近になって、ようやく元のフォルテが戻ってきた。なのに、また事件に巻き込まれるかもしれない。
焦る気持ちが膨らむ。それでも、俺たちはただただ無力でしかなかった。
* * *
石段を一歩一歩降りていく。ここまで会った敵は、何とか奇襲をかけて気絶させることはできた。側にいるナイトも噛みついたり敵の足止めをしたりして応戦してくれる。
ふんふんと匂いを嗅ぎながら廊下を先行していたナイトが古く錆びついたドアの前で止まる。途中で拝借してきた剣を構えながら恐る恐る開くと、その先は下へと続く階段。私が開けたドアの隙間から、ナイトがするりと入り込んでどんどんと先に進んでしまう。
慌てて追っていると、誰かの驚く声が聞こえた。この先に、人がいることは確か。
「……お前、ナイトか? 何故ここにいる」
その聞き覚えのある声に、安堵の息が漏れる。やがて見えてきたのは、鉄格子に鼻先を突っ込んで尻尾を振っているナイトと、その先で目を丸くしている隊長。そして、カイ。
私の足音に気づいてこちらをみた2人の目は、さらに大きく見開かれた。
「遅くなりました」
おもりのように感じられる剣を引きずりながら、2人が閉じ込められている鉄格子の前へ向かう。前時代的な金属の錠は脆くなっていたのか何度か剣を打ち付けるだけで壊れた。
それでも、重いものを久しぶりに持った身体は既に悲鳴を上げている。
―――今の私では、隊長も切ってしまいそう。
手に持った剣を隊長に渡すと、一瞬戸惑った顔をしたが、次の瞬間にはたった一太刀でカイの手枷を叩き切った。自身の枷もすぐに外される。
「フォルテ……まさか、連れてこられたのか?」
隊長の言葉に首を傾げる。私をここに連れてくるような誰かがいるだろうか。
「いえ。2人が捕まったのではと思って、来ました」
「それは……いや、詳細は後で聞こう。助かった。ありがとう」
その間に地下の奥まで行っていたナイトが戻ってくる。こちらをちらちら振り返りながらまた奥へ行こうとしている様子から、奥に道があるのだと感じた。
「出口は、あちらのようです。先に行ってください」
カイから剣を再度受け取り、地下の奥を指さす。先程から、上階でのざわめきが大きくなっている。侵入に気づかれたかもしれない。
しかし、2人は動かない。
「いけるな、カイ」
隊長の言葉に頷いたカイはあろうことか、私が示した方とは逆―――つまり、敵が集まってきているであろう入口方向へと向かっていった。
何故、と思う間もなく後ろに手を引かれて、たたらを踏む。腕が回って来たかと思うと、私は隊長に抱きしめられていた。
「……フォルテ」
耳元にかすれた声が聞こえる。回された腕が、熱い。背中に感じる隊長は、かすかに震えていた。けれど、その頭は私の肩に埋もれて、どんな表情をしているのか見ることはできない。
「隊長……ご無事で、何よりです」
久しぶりに思考を巡らせた頭が、今更になってガンガンと痛む。それでも、隊長もカイも無事だった。それが本当に嬉しい。
「本当に……本っ当に、お前は無茶をする」
その言葉に、私はうっと息を詰まらせた。少し自覚があるだけに、気まずい。
「もう二度と失いたくない。そう思ってたのに、な……。こんな危ないところまで来るなんて」
その言葉に首を横に振る。今回のことは、私が決めたことだ。
無言の時間が流れる。遠くで、金属音が響く。ここを早く出なくてはいけない。それを分かっているのに、私は全く動けなかった。
「好きだ」
空耳だと思った。淡く、空気に溶けていく。でも確かに、隊長の口が、その言葉を発したのを私は知っている。
「隊長、何を言って―――」
「好きだと言った。お前の……フォルテのことがずっと好きだった。今回のことではっきり自覚したんだ」
頭の中が混乱して隊長の言葉がどこか遠くに感じられる。隊長が、私のことが好き? ずっと前から?
やっと理解が追いついてきたが、今度は顔が真っ赤になっていくのが分かった。血が頭まで上ってきてどくどく心臓の音がうるさい。
「フォルテ。この先も、俺と一緒にいてくれないか」
隊長の方を振り向く。こちらを見つめる目はとても真剣で、私をまっすぐに射抜いていた。
「私は―――」
脳裏に隊長の笑顔が、仕草が、声が、蘇る。
朧げな記憶の中でも、いつも隊長の姿があった。
「私も……好き、です」
尊敬の意はいつから恋に変わっていたのだろう。分からない。それほど、私達は常に隣に立っていた。
私を抱きしめる腕の力が強くなる。包み込んでくる体温が心地よい。私は、両腕を恐る恐る隊長の背中に回した。
「……ルナ」
え、と声が漏れる。
「そう、呼んでもいいか」
声が、頭の中でこだまする。気恥ずかしくて、隊長の胸に顔をうずめる。
「嫌、か?」
嫌ではない。むしろ―――
「嬉しい、です」
隊長の手が、頬に添えられる。見上げると、熱を帯びた紅い目がこちらを見ていた。
すり、と親指が頬を撫で、上を向かされる。自然と、私は目を閉じていた。
「おーい、隊長!」
突如聞こえたカイの声に、びくりと肩を揺らす。足音と、荒い息遣いが近づいてくる。
「……え、まだ逃げてなかったのか?」
近くに来たカイが目を丸くする。その視線が、抱き合ったままの私達に向けられていることに気づいて、私は慌てて隊長から離れた。
「ああ、今そういうタイミングだった? ごめんごめん」
「ち、違うわ! カイ! 敵は!?」
「もういない。片付けてきた」
カイは肩を竦めてから、呆れたように笑った。
「せっかく副隊長が助けに来てくれたのに、隊長は何やってんだよ。ほら、こいつも呆れてるぜ? さっさと行った行った」
ナイトは私達から少し離れた壁際に座っていた。ふんっと鼻を鳴らす。私と目があうと、緩慢な動きで立ち上がり、カイと共に歩き出した。私達の前を歩いているカイが、振り向きもせずに言う。
「隊長、副隊長。続きは外でやれよ」
後ろ手に親指をぐっと突き立てる仕草に、隊長は強めに頭をはたいた。
地下通路を3人で駆け抜ける。しかし、ずっと動かしていなかった脚が震える。頭を締め付ける痛みも治まる気配もなく、視界がぐらりと揺れた。
「ルナ」
名前を呼ばれた次の瞬間、身体がふわりと浮く。
「た、隊長!?」
気づけば私は隊長の腕の中にいた。
「隊長、私、走れます!」
「駄目だ。さっきまでふらついていた奴が何を言う」
ぐうの音も出ない。言い返せなくなって、私はぐっと唇を噛んだ。足元は瓦礫の山なのに、安定感のある足取りで進んでいく。
それと、と低い声で付け足され、私は隊長を見上げた。
「その呼び方、やめろ」
「え?」
一瞬意味が分からず、首を傾げる。隊長はちらりとこちらを見て、少しだけ眉を寄せた。
「俺のことは、イヴァンと呼べ」
心臓がどくんと跳ねた。
「……イヴァン、隊長」
一瞬、隊長の足が止まる。しかし、何事もなかったかのように再び走りだした。
「隊長はいらない」
即座に返される。前を向いているその顔は、僅かに赤みがかっていた。私達の前を走っていたカイが振り返る。
「一気に距離縮めてきたなー隊長。知ってるか? 今、敵地ど真ん中」
「黙れ」
カイの軽口に噛みつくように言い捨ててから、隊長が私を抱え直す。
「……帰るぞ、ルナ」
私たちはそのまま、暗い地下通路を駆け抜けた。




