エピローグ(その2)~秋音の本心~
宇都宮は、カウンターの前に立つ理香の姿を見て、驚きのあまり、思わずほろ酔い気分が醒めたようであった。
「う、宇都宮刑事!もう彼女は無罪が証明されましたし、今更ここで当時のことを掘り起こしても仕方がないと思いますっ」
祥次郎は、あわてて後ろからフォローを入れた。
しかし宇都宮は、怪訝そうな表情でひたすら理香の顔を見つめ続けた。
そして、突然、カウンターテーブルに両手をつくと、まるで土下座でもするかのように頭を深々と下げた。
「あの時は…悪かったな」
「え?」
「まあ、何というか、我々の悪い癖でね。正義を貫かなくちゃいけないっていう使命感で頭がいっぱいになって、時々本質が見えなくなってしまうことがある。自分の部下にはよく言っていることなんだけど、自分がそれを忘れちゃまずいよな」
そういうと、もう一度頭を下げた。
「刑事さん、もういいんです。誰でも間違うことはあるし、あの時の私は誤解されても仕方ない状況だったし」
理香がそういうと、宇都宮はあっけにとられた顔になったが、理香は気にする様子もなく、笑顔でグラスをテーブルの上に置いた。
「さ、どんどん飲んで下さい。今日は仕事を忘れて、このボトルを開ける位の勢いで飲みまくって下さい!」
「あ、ああ。それじゃあ、遠慮なく、頂くかな」
そういうと、宇都宮はグラスを口に付けると、思い切り喉の中へと流し込んだ。
「すごい!さすがは警視庁の敏腕刑事さん!さ、もう1杯いきましょ♪秋音ちゃん、もう1杯、ロックでね!」
理香は、空になった宇都宮のグラスを持つと、秋音に手渡した。
1杯、もう1杯、さらに1杯…宇都宮はウイスキーをグラスに注がれては、次々と空にしていった。
「おっしゃあ!今日はとことんまで飲んでやる!おい、ショウちゃん!お前も飲め!ほら、ボケっとしてんじゃねえぞ!」
「は、はい、刑事!」
巻き添えをくらった祥次郎も、自分の手でウイスキーをグラスに注ぐと、一気に飲み干した。
祥次郎はあっという間に酔いが回ったようで、顔はあっという間に真っ赤に染まった。
「よっしゃあショウちゃん!今日は唄うぞ!世界平和のために、俺たちの美声をこの世に轟かせようぜ!」
「おお!刑事!今日はとことんまで唄いましょう!」
祥次郎は着ていたシャツを脱ぎ捨て、裸になると、宇都宮も負けじと上半身裸になり、二人で肩を組んで、店のBGMで流していたロックナンバーを大声で唄い始めた。
やがて祥次郎は、店の奥から箒を持ち出すと、ギターを弾くかのような前がかりな姿勢で、箒の先をギター弦のように指で爪弾きながら唄い出した。
「おお!神よ!我々はこの荒んだ世界のチャンピオンだ!この世の全ての人達に幸せを与えておくれ!」
「おうよ!ショウちゃん!お前こそがこの世の中のチャンピオンだ!誰も認めなくても、俺が認めてやる!」
上半身裸で叫びまくる二人の壮絶な暴れぶりを、秋音は冷や汗をかきながらしばらく見入っていた。
しかし、理香は二人のやり取りを見て、間に入って止めるどころか、こぶしを上げて叫んでいた。
「いいぞマスター!カッコいい!もっと叫べ!もっと唄え~!」
秋音は額に手をあてて、それは違うよ…と小声で言いながら椅子に座り、頬杖をついて店の中を見まわしたその時、秋音に不思議な感情が駆け巡った。
理香も祥次郎も宇都宮も、楽しそうに見えた。
心から「今」と「この場所」を楽しんでいた。
あれ?自分はなぜ、1人しらけているんだろう?
暴れている2人の男たちを冷たくあしらえば、早く自分の仕事を終えることができるが、理香は逆に、男たちと一緒にはしゃぎ、男たちを盛り立てていた。
理香は、ひょっとしたら秋音よりも、祥次郎という人間を知っているかもしれない。
いや、まさか?自分の方が、ずっと付き合いが長いし、扱い方もこの世で一番わかっている自信がある。
祥次郎の全てを知っているのは、自分だと思っている。
でも、祥次郎は理香と一緒にふざけ合って、一緒に唄って、何やらすごく楽しそうに見えた。
何で自分じゃなく、理香なんだろう…?
あれ?何だろう、この感情は。嫉妬?それとも…。
秋音は、自分の中から湧き出る感情をどう捉えていいか整理が付かず、混乱していた。
夜も更け日付が変わった頃、宇都宮は、店の御用達である「つばさタクシー」の永田の肩を借りながら、1人タクシーに乗りこみ、帰って行った。
「うおお!理香ちゃん、また一緒に遊ぼうな!フヒヒヒ、またこの店にくる楽しみが1つ増えたわい」
「バイバイ!刑事さん。また来てね~」
理香が笑顔で宇都宮を送り出したその時、祥次郎は上半身裸のまま、カウンターに突っ伏し、熟睡していた。
理香は、鼾をかいて心地よさそうに眠る祥次郎の姿を横目に、黙々と空いたグラスの片づけを始めた。
「マスター、寝ちゃったね。いつもこうなの?」
「うん。まあ、いつもこんな感じだよ」
秋音は、祥次郎の寝顔を見てちょっと呆れ顔を見せながらも、理香とともに洗い場で空いたグラスの1つ1つをスポンジで丁寧に洗い、布巾で拭き取った。
その時、布巾でグラスを拭き取りながら、隣にいた理香が口を開いた。
「ねえ、聞いていい?」
理香は、拭き終えて透明に光るグラスを見つめながら、秋音に話しかけた。
「秋音ちゃん、マスターの事、好き?」
「え?な、何よいきなり!」
秋音は、理香からのあまりにも唐突な質問に、思わず答えに窮した。
その姿を見て、理香は口で手を押さえながら笑った。
「アハハハ、ちょっと気になっただけ。私の気のせいならごめんね」
「で、でも、理香ちゃんの方が、マスターと息が合ってる気がするけど」
「まあ、おふざけが好きな所は、そうかもね」
「私、マスターのおふざけ好きな所だけは、未だに付いていけないの。この人は、これさえなければなって、いつも思うんだよね」
「ふーん、本当に?」
「え?ど、どうしたの、急に」
「秋音ちゃんは、そういうおふざけも含めて、マスターのことをまるごと受け入れてると思うけどな。だから、バーでも探偵でも、息が合ってるのよ。私はどうやったらマスターを受け入れられるか、まだ分からないの。だから、とりあえずマスターの悪乗りを見ては、ウケたような振りをしているだけだよ」
理香の言葉を聞き、秋音はなぜ理香が祥次郎の悪乗りに便乗していたのか、ようやくその意味を理解した。
その時、理香はエプロンを外し、秋音の手にそっと乗せた。
「秋音ちゃん。私はこれで帰るね。マスターのこと、ちゃんと寝かせてあげてね」
「え、ちょ、ちょっと…!」
理香は、にこやかに手を振ると、ハンドバッグを掴み、重いドアに手をかけ、あっという間に店を出て行ってしまった。
秋音は理香の行動にあっけにとられつつも、相も変わらずテーブルの上で寝続ける祥次郎の姿を見て、倉庫に入り毛布を持ち出した。
祥次郎の背中にそっとかけると、秋音は頬杖を付きながら、祥次郎の寝顔をじっと見守った。
「マスター、おやすみ。私も帰るね」
そういうと、秋音は祥次郎の頬にキスした。
すると祥次郎は、突然寝言を言いだした。
「うおおお…女神がこの俺に祝福のキスをしてくれるなんて!俺は何て幸せ者なんだ…」
寝言を言い終えると、祥次郎は再びテーブルの上に突っ伏した。
秋音はクスっと笑い、祥次郎の口髭を指でそっと除けると、寝言を言いながら時々動く唇に、そっと自分の唇を押し当てた。
祥次郎の心地よい眠りを覚まさないように、ゆっくりと、時間をかけて……。
(第2部 追憶の彼方に 終わり)
※「バーテンダーは名探偵?」は、ここでひと区切りいたします。
長らくご愛読していただき、ありがとうございました。
ただ、これで完全に終わりではなく、またいつの日か同じ設定で新しいシリーズを始めたいと思いますので、今後も祥次郎と秋音の凸凹コンビの新たな活躍にご期待ください!




