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バーテンダーは名探偵?  作者: freedomlife
追憶の彼方に
23/50

久しぶりの遭遇

翌週から、田崎若菜はバー「メロス」で働き始めた。

 本人は毎日夜遅くまで働くつもりでいたが、さすがにまだ受験生ということもあり、当面は週2日勤務で、午後9時には上がってもらう形になった。

 予備校で若菜に英語を教えている秋音は、本人にはきちんと大学には行ってほしいと思い、親の許可を得たうえでメロスで働くことは認めたものの、本人からの「受験を諦める」という申し出は却下した。

 マスターである祥次郎の数々の奇行も、若菜はあっさりと受け入れ、むしろ面白がって「マスター、次はどんなことをしてくれるのかなあ?」とまで言い出す有様であった。


 そんな折、重いドアがいつものようにギギギ……と音を立てて少しずつ開いた。

 エプロン姿の若菜が、入り口前で客を出迎えようとカウンターから出ようとしたその時、秋音は客の姿を見て驚き、若菜の体を制止し、


「若菜ちゃん、ごめんね。ちょっと厨房の中に隠れてくれる?」

「ええ?ど、どうして?」

「あの人、警察だから!私たちが未成年働かせたのバレたらまずいから!さ、早く!」


 若菜が厨房に姿を隠したのと同じタイミングで、にこやかな表情を浮かべながら、宇都宮刑事が体をゆすりながら店内に入り、カウンター前の椅子に腰を掛けた。


「いやあ、今日は疲れた。電気屋でゲームソフトを万引きした元アスリートの兄ちゃんを1時間も追走したから、喉が渇いちゃったよ。秋音ちゃん、ビールあるかな?」

「は、はい、ただいま」


 秋音は、何も無かったかのような表情で淡々とビールサーバーからシングルモルトのビールを注ぎ込んだ。


「あれ?ショウちゃんは、どこにいるの」

「あ、マスターは、まだ風邪が治らなくて」

「久しぶりに気分がいいからさ。ショウちゃんと一緒に歌いたいんだよな。ショウちゃ~ん!宇都宮だけど、ひと仕事終わって久しぶりに遊びに来たぞ!出て来いよ!」


 宇都宮は立ち上がり、カウンターの中に入り、厨房の中を覗こうとした。


「ちょ、ちょっと、勝手に中に入らないでくださいよ!マスター風邪気味だから、風邪移されちゃいますよ!」


 秋音は宇都宮を制止しようとしたが、ガタイの良い宇都宮は秋音の手をあっさりと振りほどき、厨房の入り口に架かった暖簾をひょいと上げ、中を覗き込んだ。


 そこには、マスクで口の周りを完全に覆った祥次郎が、1人でお通しを作っていた。


「ゴホッゴホッ……う、宇都宮さん、こんばんは。ごめんね、まだ完全に風邪が治ってなくってさ……このまま人前に出ても、移しちゃうでしょ?だから、ここにずっといるんです。歌は僕の風邪が良くなってから、ね」


 そういうと、祥次郎は苦しそうにまたゲホゲホ言いながら、宇都宮に移さないよう、後ろ向きの姿勢で激しく咳き込んだ。


「何だよ、急にどうしちゃったんだ?まあ、無理はするなよ。俺はチビチビ飲んで、帰るからさ」


 そう言うと、宇都宮は厨房から出て、カウンター席へと戻っていった。

 その後姿を見て、祥次郎と若菜はホッと一息ついた。

 宇都宮はしばらくカウンターでビールをあおった後、BGMのロックナンバーを口ずさみながら立ち上がった。


「じゃあな、無理しないで早く帰って寝ろよ、ショウちゃん。俺、移されるの嫌だから、これで帰るわ」


 そう言うと、宇都宮は後ろ向きで手を振って、店内を後にした。

 宇都宮が戻ってこないことを確認したうえで、祥次郎は厨房のワインセラーの扉を開け、中に潜んでいた若菜の手を引いて、表へと連れ出した。

 ワインセラーの一番下の広くなっている段がたまたま空いていたので、祥次郎はとっさの判断で若菜をその中に隠した。


「はあ~……見つからなかったのはよかったけど、狭くて息が詰まりそうだった。もっと他に隠れ場所はなかったんですかあ?」


 若菜は疲れ果てた顔で、祥次郎を睨んだ。


「ごめんよ若菜ちゃん。あの人はここの常連だけど、現役の刑事なんだよね。君は高校は卒業しているから、ここでの仕事は出来なくはないんだけど、一応、未成年だから、我々があなたにお酒を飲ませてるんじゃないか?とか、色々詮索され、疑いをかけられる可能性があるからね……」

「そうなんですか……ごめんなさい、勝手なこと言って。それに、私がここにいるばかりに、皆さんに迷惑かけちゃって」


 若菜は申し訳なさそうに頭を下げた。

 すると、祥次郎は若菜に近づき、軽くポンと背中を叩いた。


「いいんだよ、我々もあなたを未成年だと知りながら受け入れたんだから、気にしないで。ほら、また違うお客さんが来たからさ、お通しづくりを手伝ってくれるかい?」

「は、はい、今すぐ行きまあす!」


 若菜は軽く一礼すると、いそいそと厨房に戻り、祥次郎と共にお通しを作り始めた。



 一夜明け、秋音はいつものように自宅の最寄駅から電車に乗って、予備校へ講師の仕事に向かおうとしていた。

 秋音が電車に乗るのは、通勤ラッシュも落ち着いてきた午前10時前後の時間帯である。

 体の芯まで冷えこむ気温の低い朝であったが、いつものように、大勢の通勤客が一斉に改札に向かい、自動改札を通ってプラットホームへと足を急がせていた。

 秋音も、ショルダーバッグを肩に掛け、いつものように上り方面の電車に乗り込んだ。

 その時、つり革につかまる大勢の客の向こうに、見覚えのある後姿が目に飛び込んできた。

 オールバックのロマンスグレーの髪の毛、初老のダンディーな雰囲気の男性が、出口にもたれかかっているのを見かけた。


「あの後ろ姿……そうよ、絶対、あの人だよ!」


 初老の男性は、雪の夜、凍った路面で足を滑らせ転倒した秋音の体を起こし、一緒にタクシーまで連れ添ってくれた、野口三喜雄という男性に間違いなかった。

 秋音は野口から名刺をもらっており、電話を通してあの時のお礼を言いたいと思っていたものの、ここまで言えずじまいだった。

 一言、お礼を言いたい~~~そう思った秋音は、通路の人ごみをかき分け、野口の元に近づこうとした。

 しかし、混み合う車内で、押しつ押されつの殺気立った雰囲気の中で近づくのは至難の業であった。

 やがて、新宿駅到着のアナウンスが流れると、野口は降車する他の乗客に押されるがままに、出口から車外へと出て、そのまま再乗車することなく出て行ってしまった。


「え?まさか、ここで下車?」


 秋音は慌てて電車を降り、プラットフォームを確認し、階段を降りて連絡通路に出てみたものの、目視ではその姿を確認することはできなかった。

 がっくり肩を落とし、プラットフォームに戻ると、財布の奥にしまっていた野口の名刺を取り出し、下の段に小さく印字された携帯電話の番号に電話をかけてみた。


『……呼び出しましたが、ただいま近くに居りません。再度おかけ直しください……』


 通話口から無表情な不在通知のアナウンスが流れ、そのままプツッと切れてしまった。

 秋音は諦め顔で再び上り電車に乗りこむと、天井を仰いで気持ちを落ち着かせようとした。

 その時、1枚の週刊誌の中づり広告に目が留まった。

 政治経済や芸能のスクープ記事が多い週刊誌『週刊ブチ!』の広告だった。


『エクセレントグループ・快進撃続く。経営不振のリゾートホテルを買収・軽井沢の保養施設に莫大資金投入・都内のシティホテルグループも買収か?』


 シティホテルグループとは、ウエストサイドホテルのことだろうか……?

 秋音は、この週刊誌を買って読んでみたいと思った。

 予備校に最寄りの駅に着くと、改札を出てすぐのキヨスクで、秋音は週刊ブチ!を買った。

 早速自分が気になる部分を読もうとしたその時、スマートフォンのバイブ音がポケットを通して響き渡った。


「もしもし」

「あ、野口といいますが……先ほど電話があったのですが、どなた様でしょう?」


 電話口の声は、先程電話して不通だった野口だった。



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