疑惑の渦中
「ん?どうしたの?『強いヤツ出して』って言ったの、聞こえなかった?」
女性は、顔中に覆いかぶさった髪の毛の間から、睨みつけるように祥次郎を見つめ、問いただした。
「いきなり言われましても・・・。強いお酒の中にはウイスキーやカクテル、ビール、色々種類がありますので。お客さんはどんな感じの飲み物がお好みでしょうか?」
「ガタガタ言わないでよ!私が「強いヤツ」と言ってるんだから、強い酒だよ。どんな酒なら強いかどうかは、自分で分かるでしょ?プロなんだからさ。」
女性は、カウンターを両手で叩いて、鋭い眼光で祥次郎を睨みつけながら喚き立てた。
祥次郎は、やれやれと言わんばかりの表情で、カウンターの奥にある倉庫に向かった。
「マスター!さっきのテキーラ探してるの?」
「そうさ。あれならば結構「強い」からね」
「バカ言わないで!それよりも、あの人、いきなりカウンターの前に座って、いきなり『強い酒だして!』なんて、おかしいと思わない?」
「ああ、そうだったな」
祥次郎は、手鏡を取り出し、鏡に向かってニコッと笑顔を作ると、そのままの表情でカウンターに戻った。
「お姉さん、ここ、初めてでしょ?初めてのお店なのに、いきなり「強いお酒」を頼むなんて、一体どうしたんですか?お酒を出す前に、私でよければ、お話を聞かせていただけませんか?」
すると女性は、カウンターをバン!と大きな音を出して叩くと、金切り声で叫びだした。
「私の言うことが聞こえないの?強いお酒、出してちょうだい!つべこべ言わないで、出してちょうだい!分かった!?」
女性は顔中に覆われた髪をかき上げると、大きな目玉でキッと祥次郎を睨みつけた。
祥次郎は、恐怖のあまり体が震えだし、そのまま駆け足で再び倉庫へ戻っていった。
「ひええ~秋音ちゃん、怖いよお。何にもできないし、言えないよお」
「はあ・・・・・・分りましたよ」
秋音は、テキーラの入った箱を開けると、1本だけ、祥次郎に預けた。
しかし、あの女性、いきなりこの店に来るや否や、「強いお酒を」って、いったい何様のつもりだろう?
あの思いつめた表情・・・・・・彼女に何か降りかかっていることがあるのだろうか?
「はい、どうぞ」
祥次郎はテキーラの瓶のコルクを開けると、小さなグラスになみなみと注ぎ込んだ。
すると女性は、グラスにテキーラが注ぎ終わるのを見届けると、あっという間に口の中に流し込んだ。
「おじさん、もう一杯!早くして!」
「は、はい」
祥次郎はふたたび、女性のグラスにテキーラを注ぎ込んだ。
すると、女性はまたそれを一気に流し込んだ。
このやりとりが、3回、4回、5回・・・・・・と繰り返された。
そして、女性は、ようやく、口を開いた。
「ちくしょう・・・どいつも、こいつも、私を信じてくれないなんて」
女性は、目に涙を溜めながら、うつむき、時に握りしめた拳を震わせながら、つぶやいた。
「あの~、一体、どうなさったんですか?店に入るなり、強い酒が欲しいとか。おまけに、こんなに強いテキーラをガンガン飲むなんて」
祥次郎は、心配そうな顔で、女性に問いかけた。
「私は、嵌められたのよ。信じて頑張ってきた職場の人達にね」
「嵌められた?」
「そうよ・・・・・・嵌められたのよ。私が勤めているホテルに飾ってあった美術品が盗まれたんだけど、その犯人が私だって言うことになってるのよ。」
そう言うと、女性はカバンに手を突っ込み、名刺入れを取り出すと、祥次郎と、その隣に立つ秋音に手渡した。
名刺には、『ウエストサイドホテル新宿 管理課 池沢理香』と書いてあった。
「ウエストサイドホテルって・・・・・・大手チェーンホテルですよね。都内にも何軒かありますよね」
「そうよ。私は新宿のホテルの備品管理担当なの。うちの社長、美術品の収集が趣味でね、海外で買い付けたものをホテルに飾ってるのよ。そのうちの1つが、先週突然無くなったの。私は、先週夜勤だったし、館内の備品の管理を一手に任されているから、支配人からこっぴどく怒られて、徹底的に責任を追及されたんだ。『無くなったのは、ほかならぬお前の責任だ!お前がきちんと見張ってないから、こういうことが起きたんだ!』ってさ」
理香は涙ぐみながら、手に持ったグラスに入ったテキーラを再び一気に飲み干し、グラスをカウンターに叩きつけるように置くと、感情を押し殺すことができず、大声で嗚咽し始めた。
「私はちゃんと見回りしていたし、不審な人物がいないかは、モニターでちゃんとチェックしてるし。でも、誰一人私の言い分なんか聞いてくれないのよ。私、ホテルの仕事が本当に好きで、大学卒業してからずっとこのホテルで働いてきた。営業も、企画も、施設管理も経験して、上司からも信頼を受けてがんばって、今の立場を手に入れたのに。それなのに・・・・・・」
すると、二人に割って入るように、秋音が声をかけた。
「理香さん。うちのマスターってね、こんなおバカそうに見えて、実は、探偵なんですよ。だから、悩んでることがあれば、遠慮なく話してくださいね。」
「た、探偵?マジで?」
目を丸くし、驚く理香を見て、やれやれと言う表情で、祥次郎はポケットから名刺を取り出し、理香に手渡した。
「『メロス探偵事務所 代表 岡崎祥次郎』・・・・・・お、おじさん、あなたが?」
すると、照れ笑いしながら、祥次郎は葉巻に火をつけた。
「お、お願いします、探偵さん、私を助けて!」
理香は、すがるような目で祥次郎の肩に手を置き、叫んだ。
祥次郎は、突然の理香の行為に、口にくわえていた葉巻を思わず自分の手の上に落としてしまった。
「アヂヂヂヂ・・・や、やけどしちゃったあ。秋音ちゃん、おしぼりで冷やして!早く~!」
「んもう、ほんと・・・どこまでバカなの?」
秋音は、呆れ顔でおしぼりを祥次郎の手に押し当てた。
「あの~・・・この人、マジで探偵なの?大丈夫?実績は十分にあるの?」
理香は、ヒソヒソ声で秋音の耳元で尋ねた。
「まあ・・・一応、実績は、ありますけど、ね。」
秋音は、頭を掻きながら、苦笑いを浮かべつつ答えた。
祥次郎は、その後ろで店中に響き渡るような大声を発しながら、おしぼりで患部を冷やしていた。




