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24 シェイラの記憶

なんてこった。

またギャグがない!

 


 私が12歳となった年のある日のこと。


 それは突然起こりました。


 丁度、貴族家の娘として、教養やマナーを習い始めた頃だったと思います。


 昔からお忙しかったお父様。

 元々触れ合いの少なかったお父様。

 あの頃は、笑顔の素敵なお母様が病で亡くなってしまった日を境に私達父娘がどう接したらいいのかわからない、もどかしくも距離を詰められない状態が続いている頃でもありました。


 そして、漸くお父様が徐々に私のことを気にかけ、知人や友人の子供達を私の遊び相手として紹介してくれるようになってきた時でした。

 お父様はそういった日の仕事で持ち帰れるものは侯爵邸で済まされるようになり、夕食時に私が子供達と何をして遊んだのか何を思ったか等の話を聞いてくれました。


 段々とお父様との距離が縮まっていく。


 それが嬉しくて私はお友達と沢山遊び、お父様に沢山話を聞いてもらいました。

 あの日も、お父様は仕事のため執務室にいてくれました。



 ヘイゼルミア侯爵邸の庭で遊びに来た子供達が少し揉め事を起こしました。よくある喧嘩です。

 家格が同じくらいのふたりのご子息が喧嘩したのです。


 理由はどちらがヘイゼルミア侯爵家唯一の子供である私と仲が良いかでした。

 正直、別にどちらともそんなに仲良くありませんでした。他に遊びに来ていたご令嬢との方が仲が良かったはずです。


 この歳の頃には、お父様に取り入るためにすり寄ってくる大人もいましたし、ヘイゼルミア侯爵家の婿を狙うよう親に言われたご子息も沢山いました。

 だから、私はうんざりしてしまいました。


 放っておいてほしい、と。


 そして、女の子の友達の方へ逃げればその内収まるだろうと、ご子息方から距離をとりました。

 そうすると、揉めていたご子息のひとりが無視されたと怒って追いかけてきました。


 いきなり後ろから肩を掴まれ引っ張られたのが痛かったと記憶にあります。


 私を無理矢理振り向かせた瞬間、



 ――――それは起きました。



 突然、ご子息の口から空気を引き裂くような悲鳴。


 酷い耳鳴りや警笛のようで、びくりと固まるしかできませんでした。

 ご子息が私を見る目が畏怖に見開かれたまま血走り、足下には温かい湯気を放つ水溜まり。

 目一杯開いた目が血走ったまま、ぐるりと白目を剥いたので怖くてギョッとしたのを覚えています。

 さらに、次の瞬間にはご子息は泡を吹いて倒れてしまわれました。


 私は突然のことに固まっているしかできず、崩れ落ちるご子息をただただ見ていました。何故?何が起きたの?と。


 直ぐに、近くに控えていた使用人と他の子供達が何事かと私の方を見ました。私も助けを求めて其方を向きました。



 そして、使用人と子供達は私の顔を見て――――



 ええ。大変酷いことになりました。

 阿鼻叫喚の地獄絵図と言うのでしょうか。


 彼女らは恐怖に倒れたり、青ざめ泣き叫び、その場から逃げ出す者と様々でした。

 ただ皆が口を揃えて「化け物っ!」と漏らすのだけがわかりました。


 意味がわかりません。

 先程まで普通に顔を合わせてお喋りしていたのに。


 丁度、庭にあった噴水の近くにいたので、咄嗟に水面を覗きましたが、そこにはいつもより青ざめ表情を強張らせ泣きそうな私がいるだけでした。


 何が起きたの?

 何で皆私を恐がるの?



 化け物って何で!?



 どうして良いかわからず、屋敷の中へ助けを求めました。


 いつも優しい庭師のおじさんに逃げられ、しっかり者のチョビ髭執事は青ざめ踞り、怒ると恐い侍女頭が泣き叫び、乳兄弟で最近侍女見習いになったティリまでもが恐怖で倒れてしまいました。


 廊下ですれ違う度に起こる現象に何故?と恐くて、私は何になってしまったのか、皆が言うように化け物になってしまったのかと恐ろしくて涙が溢れました。



 助けて、助けてお父様!!!



 涙で視界が歪む中、何とかお父様の執務室にたどり着きました。


 コン、コンッ。


「・・・お、お父さ、ま」


 得体の知れない恐怖で震える手を叱咤してノックしました。

 口から出るのは辛うじて人の言葉と解る声小さなもの。

 中に聞こえていたか不安になりオロオロしていたら、お父様の入室を促す声が聞こえてホッとしました。


 静かに扉を開け、そっと中を覗きます。


 お父様は執務室の大きな机の前で書き物をされていました。

 いきなり悲鳴をあげられなかったことに安堵しつつ、恐る恐る入室して扉を閉めました。開けっ放しにすると怒られてしまうのです。

 お父様はキリの良いところまで書類を書くから待てと、私をまだみていませんでした。お父様の側で仕事をしている秘書官も書類の精査に追われているのか顔を上げずに私に軽く頭を下げるだけでした。


 漸く書き物が終わり、お父様がお顔を上げようとした時、側に控えていた秘書官の方が先に私を見ました。

 もうわかっていましたが、やはり悲鳴をあげられました。


 何事だとお父様が秘書官へ目を向けると、丁度秘書官がそのまま気絶して崩れ落ちるところでした。


 恐い。

 恐い。恐い。恐い。恐いよ。


「おと、う様、どうし、て?助けて、お父さ、ま」


 泣きすぎて、引き付けを起こした声は酷いものでした。


「・・・はっ?なっ、シェイラ?」


 お父様にまで拒絶されたらどうしようと、恐くて仕方ありませんでした。

 咄嗟に俯いて、顔を手で覆っていました。


「どうした?友達と遊んでいて何かあったか?」


 事態が飲み込めず、倒れた秘書官と俯く私との間で視線を彷徨わせているのが気配でわかりました。


「ごめん、なさい、お父様。わ、私、――――ば、化け物なんだっ、て」


 いつまでも黙っているわけにもいかず、そっと手を下ろします。


 顔を上げると、私を真っ直ぐ見ていたお父様と目が合いました。私と同じ榛色の瞳が揺れています。


 そして、青ざめたお父様は、小さな掠れ声で私と亡くなったお母様の名前を呟きました。


「・・・すまない。俺が、もっと側にいられたら、」


 微かに聞き取れた呟き。


 気付いたら、何年ぶりかのお父様の腕の中でわんわん泣いていました。







 ソレは庭の隅にいた。

 よく手入れのされた庭はソレらには人気の場所であった。


 ソレは庭にいる人間を見ていた。

 ソレにとって好ましい力をもつ人間を。


 揉め事を起こす小さな人間達。

 その片割れはソレにとって好ましい力をもつ《愛し子》であった。

 揉め事の原因らしき小さなヒラヒラした人間も《愛し子》ほどではないが、ソレらが好む力をもっていた。


 生まれたばかりのソレはジッと見ていた。

 好ましい人間達を。


 小さなヒラヒラした人間がうんざりして呟いた。


「私の姿が良く見えなければ―――」と。


 放っておいてほしいのだとその場から去って行く。寂しい。


 小さなヒラヒラした人間を取り合い喧嘩していた小さな《愛し子》は、肝心の小さなヒラヒラした人間に逃げられたのを見て呟いた。


「皆が彼女を嫌えば、僕がひとりじめできるのに―――」と。


 小さな《愛し子》の周りに歪んだ力が噴き出す。


 ソレは小さな人間達の言葉を理解しようと考える。

 歪んだ力の影響を受けながら、ソレは思考することを覚えた。



 そして、側で見て聞いていたソレは自分なりに解釈して愉しげに頷いた。


『では、真実を嫌悪で見えないように隠せばいいんだな!』と。


 思考することにより自分が変化をしたことに気付かないソレ。

 歪んだ力を介してソレは腕を振るう。



 生まれた妖精(ソレ)は、人間に対して初めて力を使った。





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