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幕間 ヘイゼルミア侯爵

シェイラパパから見た妻子の話です。

ギャグはない!

 


 世の中は不思議や奇妙なことで溢れているものだ。



 俺には大事な大事なひとり娘がいる。


 由緒正しきヘイゼルミア侯爵としてイノンド王国の財務大臣を勤める俺は多忙のあまり家庭をかえりみない父親だった。

 侯爵夫人、財務大臣の伴侶として苦労をかけた妻は、まだ娘が幼い頃に病で先立ってしまった。

 娘には随分と寂しい思いをさせただろう。


 妻と娘を愛していなかったわけではない。


 ただ、貴族社会の特に高位貴族家出身では家族の愛情表現は稀薄なものが当たり前で、政略結婚で冷えきった両親や親戚家庭を見て育った俺はそう言うものだと疑問にも思わなかった。

 妻とは家同士の政略結婚とはいえ、彼女の溌剌とした美貌と明るく温かい性格はとても好ましく、夫婦仲は他所と比べても良好であった。

 しかし筆頭侯爵家な上、財務大臣に就任した頃から、その責任から徐々に家族へ費やす時間がとれなくなった。


 それが良いことだとは思ってはいなかった。

 但し、貴族家庭には当たり前。在り来たりな普通のことだとは思っていた。

 城勤めのため祭事や国賓訪問など忙しい期間は家に帰れない日も長かった。


 妻が病に臥しても忙しさから中々見舞いに行けず、稀に深夜に帰宅しても寝るだけで早朝から城へ上がる。

 幼い娘も起こすわけにはいかないので、精々寝顔を見に行くぐらいだった。


 冬を越し、陽が少し延びた暖かな春。


 シーズンの始まりを彩るイノンド王国建国祭の賑わい中、妻はひっそりと息を引き取った。

 明るく溌剌とした笑顔の似合う彼女らしく、「シェイラやあなたと建国祭に行きたかったわ」なんて、笑いながら。


 美しく献身的であった妻が亡くなり、屋敷は太陽が失われたように暗くなった。

 仕事の合間に帰宅しても、疲れを癒す声も、つられて明るくなれる笑顔も、心を温めてくれる彼女がいない。


 ポッカリと、胸の中に穴が開いてしまった気がした。


 自然と足が向いた先。

 妻が最期にいた寝室を覗いたら、妻のベッドで眠る娘がいた。頬に涙の痕があり、目が腫れていた。

 泣き暮らす幼い娘を見てやっと間違っていたのだと気付いたのだ。


 貴族社会で当たり前だからといって、俺もそうするべきではなかったのだと。


 今まで何をしていたのだろうか。


 本当に時間は無かったのか?

 一目顔を見るなり、一言でも声をかけるなり日々の積み重ねでできることはなかったのか?


 俺が妻や娘に愛していると最後に伝えたのはいつだ?


 むしろ、目の開いた娘の顔をまともに見たのはいつだろうか・・・最低な父親だ。


 妻を亡くしてから、泣き疲れて眠る娘を見ては溜め息を溢す。

 どうしていいのかわからなかった。

 娘にキスするどころか、抱き締めたり撫でるなど何年もしていなかった。


 今からでも何か変えられるだろうか。


 父親として、娘に何かしてやれるだろうか。

 そうだ。せめて娘の夫となる者は俺の様に仕事にかまけて妻を家庭を蔑ろにする男を選ばないようにしなければ。

 娘を愛して、大事にしてくれる男でなければいけない。


 幸い我が家は筆頭侯爵家。

 唯一の子であるシェイラは婿をとれる立場だ。

 相手は選り取りみどり。どこかしらに相応しい男がいるだろう。



 ―――――そう、思っていた。



 いや。そうなるはずだったのだ。

 娘が、シェイラが12になった、あの忌まわしき6年前までは!!!







 それは何の前触れもなく突然のことだった。


 コン、コンッ。


「・・・お、お父さ、ま」


 小さなノックの後、辛うじて人の言葉と解る声が聞こえてきた。

 執務室で仕事をしていた俺は顔を上げずに入室の許可を出した。


 静かに扉が開き、娘が入室したのが音でわかる。


 キリの良いところまで書類を書ききり顔を上げようとした時、側に控えて仕事をしていた秘書官が悲鳴をあげた。

 何事だと目を向けると、秘書官がそのまま気絶して崩れ落ちるところだった。


「おと、う様、どうし、て?助けて、お父さ、ま」


「・・・はっ?なっ、シェイラ?」


 か細い声のした方へ目を向けると、大事なひとり娘が俯いて顔を小さな手で覆っていた。


「どうした?友達と遊んでいて何かあったか?」


 事態が飲み込めず、倒れた秘書官と俯くシェイラとの間で視線をさ迷わせるしかない。



「ごめん、なさい、お父様。わ、私、――――ば、化け物なんだっ、て」




 そう言って、顔を上げた娘を認識した瞬間。


 ――――俺の最も恐れるものの姿があった。






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