13 ツヴァイの謝罪
ヘイゼルミア侯爵邸の当主の執務室。
ふたりの男が向かい合っていた。
「誠に申し訳ありませんでした!!!」
「・・・」
背筋をのばし、勢いよく腰を直角に曲げて謝罪するのは俺。
対して、執務机を挟んだ向かいには重厚な椅子に身を沈め射殺さんばかりに俺を睨むヘイゼルミア侯爵。
ヘイゼルミア侯爵は明らかに文官の体格であるにも関わらず、醸し出す威圧が殿下を狙う不届き者や暗殺者と対峙するより恐い!背筋を嫌な汗が伝っていく。
俺の人生終わった。
長寿が多いマカダミック伯爵家の生まれにしては短い生涯だったな。
きっと、前世も今世も善行が足りなかったのだろう。
あと神への祈りとか。
ん?待てよ。積んだ善行があったからシェイラ嬢に出会えたのだろう。
うむ、やはり神はいた!
本来ならば未婚の令嬢に過度な接触はマナー違反だった。
にも関わらず馬車の中とはいえふたりきり。
後々気付いたがあり得ない。紳士として最低な行いだ。相当テンパっていたのだろう。
そりゃ、庇うためとはいえ、不可抗力で好きなご令嬢と触れ合ってテンションが上がらないわけがない。
脳内沸騰してパニックにもなる。
ちょっと調子に乗って抱き締めたり、膝の上に座らせたり、至近距離で見詰め合ったり・・・うん。調子に乗りすぎだ。
でも、シェイラ嬢の抵抗はなかった、はず。
だから強制猥褻罪ではないと思う。
ならば我が行いに悔いなし!
シェイラ嬢、控え目に言って最高でした。
烏滸がましくも申し込んだ身の丈に合わない見合いで、愛しの白百合の姫君ことシェイラ嬢と楽しくランチして、観劇では可愛らしく喜んでもらえ、摩訶不思議なアクシデントにて不可抗力という免罪符で触れ合い、
――――――ッキ、キスを!
シェイラ嬢の赤く濡れた目尻にキスしてしまった!!
あの時俺は頭が沸いていたに違いない。
軽く触れるだけとはいえ、シェイラ嬢に何てことを!?
手が塞がってましたという言いわけは通用しない。
シェイラ嬢が好きすぎて触れたら離れなくなった手は俺のせいだ!むしろ他のせいにして言いわけしたらびっくりだ。
と、まぁ、幸せでした。
故に後悔はない。
神よ、シェイラ嬢との最期の思い出をありがとう。幸せです。
敢えて言うなれば唇にしなかった俺の馬鹿!
どうせ死ぬなら唇にして爆死すればよかった。
しかし、あの愛らしい唇に到達する前に爆死しては意味がなかったので仕方あるまい。
「ツヴァイ殿。君は、何をしていたのかね?」
「いえ、その・・・」
娘の父親にキスしましたとはさすがに言い辛い。
「全てのことからシェイラを守ってくれるのではなかったのかな?」
そう。全てのことの中には俺も含まれるからな。
俺がシェイラ嬢へ向ける身の程知らずな欲望からもだ。
そして、俺は見事に欲望に負けた。
くっ。
だって、シェイラ嬢が顔に触れてって!
いや、正確には触れますか?って聞かれたんだけど、まぁ誤差だ。
恋は盲目とはよくいう。
シェイラ嬢への恋情に歪んだ俺の眼にはキス待ちにしか見えなかったのだ。何てことだ!
でも、可愛かったし。つまりシェイラ嬢の可愛さは罪だ!
「はい!シェイラ嬢が愛らし過ぎて我慢できませんでした!」
「・・・は?」
ヘイゼルミア侯爵が唖然と固まってしまった。
きっと純粋培養箱入り娘であるシェイラ嬢は、俺がキスするなど思い付きもしなかっただろう。
そのことに気付いたのは、目尻にキスしてしまった後だった。
シェイラ嬢は瞼を開けてから近すぎる俺の顔に察したのだろう。手も動かしてなかったし。
真っ赤になって亀のように俺の上着の中に戻ってしまった。そんな仕草も良い。特に俺の上着の中ってところが良い。
そこから侍女が戻って来るまで俺の胸で丸まっていた。
侍女が馬車の扉を開けた瞬間向かいの席に逃げられ、ヘイゼルミア侯爵邸にたどり着くまで無言で俺の上着を被ったまま顔を見てもらえなかった。残念。
そのままヘイゼルミア侯爵邸の中に逃げられ、俺は異変を察知したヘイゼルミア侯爵に捕まり今にいたる。
きっと今までは余りの美しさに男が手を出せなかったに違いない。だからシェイラ嬢は男を疑わないのだ。
特に自分に自信のない男は神々しいまでの高嶺の花に遠慮してしまうから油断していたのだろう。
俺とて今日1日で免疫を多少つけてなければ即爆死だ。
興奮し過ぎて気持ち悪いことになっていたはずだからな!
まぁ、多少免疫をつけてもあのアクシデントがなければ、エスコートのための腕が触れ合う以外の接触は無理だっただろう。
ほぼ初めましてだからそれが普通なのだが。
そんなことよりも問題は、シェイラ嬢が純粋培養箱入りなのに漬け込んで暴走した俺だ。
密室でふたりきりになり、ベタベタと淑女の体に触り、目尻にキスした罪は重い。
責任は取る!
既成事実的な嫁入り等に関してで責任取らせてもらえたらだけど。取れたらいいな。
取れたら俺に都合が良すぎるからないかな。無理か。
万死に値するって、別の意味で責任取れって殺されそうだ。証拠隠滅ともいう。
「ヘイゼルミア侯爵!不肖ながら誰よりも愛し大切にしますので、シェイラ嬢を妻にする栄誉をください!!」
「ま、待て!?君は何を言っている?」
とりあえず言ってみるだけはいいかな。
言わずに殺られるなら言って殺られた方が悔いなし!
「烏滸がましくもシェイラ嬢に求婚する許可を頂ければと、」
「いや、だから待て!何故そうなった!?」
ん?ヘイゼルミア侯爵がすっごく困惑してる。怒るならわかるけど、何で?
「俺は始めから求婚するつもりで、本日お見合いの許可を頂いたはずですが?」
「・・・そうなんだが、そうではなくてだな」
んん?どういうことだ?
「はい?」
「えーと、ツヴァイ殿。まず、君はシェイラを守ると出かけた」
「はい」
「そして、食事と観劇にシェイラを連れて行った。違いないな?」
「はい!」
「そして、侍女のティリからの報告では騒ぎがあったと聞いたが?シェイラの帽子が落ちたとかな?」
そうだった。そっちか!
女神なシェイラ嬢が許してくれたからすっかり忘れていた。
シェイラ嬢との接触やキスで浮かれていたとも言う。反省せねば!
「はっ!シェイラ嬢へぶつかりに来た令嬢がおり、俺の力不足で扇子がシェイラ嬢の帽子を掠めてしまいました。拾いましたが少々汚れてしまったかと、」
「気にするのはそこか!?違うだろう!?その、シェイラの顔が見られて騒ぎになったのだろう?」
「はっ!何故かシェイラ嬢が化け物だ何だと恐がられ避けられてしまい、その騒ぎに怯えたシェイラ嬢を泣かせてしまいました!申し訳ありませんでした!!」
また頭を下げる。要反省。
「・・・ああ。それを踏まえた上でシェイラの顔を見たのだろう?どう思ったのかね?先程のように求婚などと言って誤魔化すのはなしだぞ」
え!?やっぱりキスのことがバレてるのか!?
見られ・・・いや、シェイラ嬢が報告したのかな?
執務室で待つように言われてから待つ間、ヘイゼルミア侯爵は侍女の報告受けていたみたいだし。
「大変、あ、愛らしく―――――っその、」
「本当のことを言いたまえ!!」
やっぱりバレてらっしゃる!
「可愛らしい目許に口付けしてしまいました!申し訳ありません!」
「はっ!?」
「シェイラ嬢の顔に触れられるかと問われ、つい」
後悔はしてない。
けれど、婚約もしてないし許可もないから謝罪はせねば。
「・・・」
「・・・」
沈黙が恐い。
チラッとヘイゼルミア侯爵の顔を窺うと、愕然と俺を凝視していらっしゃった!?
「・・・君は、本当に・・・シェイラの本当の姿が見えているのか?」
ん?本当の姿とは?
どういうことですか?




