12 シェイラの願い
前回のシェイラ視点です。
ツヴァイのヘタレ具合が目隠しマジック!
ど、どうしましょう。
気が付いたら、ツヴァイ副隊長様のお膝の上に!?
冷静に、冷静になれば・・・なれません!
無理です。
す、好きな殿方のお膝の上で抱っこされてふたりきり。冷静になれるわけがありません!!
何故こんなことに?
まず、帽子が脱げたせいで私の顔が皆様にみられてしまいました。最悪です。
どうしていいかわからず顔を隠して謝る私に、ツヴァイ副隊長様が上着を被せてくださいました。優しいです。
さらに私を見捨てず、お姫様抱っこで劇場から連れ出して下さりました。素敵です。
ここまであっという間で、私はツヴァイ副隊長様の香りと逞しい腕にクラクラしているだけでした。
ツヴァイ副隊長様カッコ良すぎです。
エスコートする紳士としての責任感からかもしれませんが、今まで出会った殿方は全力で拒否又は即逃げられていましたので、こんなこと初めてで胸がドキドキいたします。
ツヴァイ副隊長様の上着で周りがどうなっているのかわかりませんでしたが、空気が変わり喧騒が遠退いたことから、無事外に出られたことを実感できました。
侍女のティリが馬車へ向かう間に横から大丈夫だと励ましてくれる声が聞こえ、ホッとしてやっと嗚咽が収まりました。
馬車の扉が開けられる音がして、ツヴァイ副隊長様からさらにギュっと抱き締められました。おそらく、マカダミック伯爵家の馬車に乗せるために屈む上で仕方なくだと思いますが、心臓に優しくないです。
そして、ティリが馭者休憩室に待機しているマカダミック家の馭者を呼びに行ってくれました。
ツヴァイ副隊長様とふたりきりで馬車の中。
ええ。大問題です!!
馬車とはいえ、密室です。
ツヴァイ副隊長様と私の噂が立ちます。既成事実的な意味で。
乗り込む際上着で顔は知られませんが、事前に一緒にいたのはバレます。つまり憶測されます。
なのに、ティリが馬車の扉を閉めてしまいました!鍵まで!
上着で見えないので外でどのくらいの方に見られたかわかりませんが、誰かが言い触らしたらあっという間に噂は広がります。
況して、ヘイゼルミア侯爵家の化け物令嬢と、第1近衛で王太子殿下の護衛兼側近でおモテになるツヴァイ副隊長様!色んな意味で名を知られているはずですので、格好の噂のネタになります!
わ、私が、化け物令嬢がツヴァイ副隊長様を襲ったことになりそうです!はわわわっ!!
そんな!?
どうしましょう。
きっと、お優しいツヴァイ副隊長様はこのことに気付いていないのです。
ティリが混乱に乗じてツヴァイ副隊長様を嵌めようとしたのでしょうか?
私がツヴァイ副隊長様を好きになってしまったことなどお見通しでしょうから、私のために良かれと思ってかもしれません。
化け物相手ですので何もないとはいえ、ツヴァイ副隊長様に既成事実を作ろうとしたと思われ軽蔑されたりしたら・・・
・・・また涙が出そうです。
駄目です!
真面目なツヴァイ副隊長様は不埒な思惑に疎いのでしょう。
私が今言えば、きっと扉を開けてくださるので間に合います!
化け物が好かれることはないでしょうが、内面まで醜いと嫌われたくありません!!
「あ、あの、ツヴァイ副隊長様?」
上着の中からなので、こもった鼻声が出ました。恥ずかしいです。
「は、はいっ!何でしょう!?」
ひぇっ!?
今、ギュって、ギュってされました!
それに、上着越しでもツヴァイ副隊長様の声が凄く近くで聞こえました。つまり、凄くお顔が近い位置に!
―――――っは!そ、そういえば、私、ツヴァイ副隊長様のお膝の上に座ったままです!
ツヴァイ副隊長様の鍛えられた逞しい腕がわたしの背中と肩をギュって!!
しかも、私普通にツヴァイ副隊長様の胸にすがり付いて・・・
ど、どうしましょう!?
あぁ、頭が真っ白に。
また頭がクラクラしてきます。
既成事実。既成事実・・・
これ、既成事実になってしまいますよ!?
今扉を開けられたらアウトです!!
もう!
ツヴァイ副隊長様がこの素敵な腕を離して下さらないから、意志の弱い私は逞しい胸から離れられないのですよ!
早くしないと既成事実が!
なのに、離れられないので誘惑に勝てないので、す・・・あら?
そういえば、私は何故未だに抱き締められているのでしょうか?
はっ!きっと私が震えていたから、倒れるのを心配して支えてくださっているのかもしれません!
ツヴァイ副隊長様は優し過ぎて心配です。その内、私以外の方にも嵌められてしまうやもしれません。
私以外のご令嬢と並ぶツヴァイ副隊長様を想像すると胸がチクリといたします。
いいえ、駄目です。化け物と結ばれるわけがないので身の程を弁えねば。私の胸が痛もうが関係ありません。
はぁ。名残惜しいですが、そろそろ・・・
「えっと、連れ出して下さりありがとうございます?」
先ずはお礼を言って、体勢を何とかしないといけません。
しっかり受け答えをして体を離せば、ツヴァイ副隊長様も安心して下ろしてくださるはずです。
しかし、無意識にツヴァイ副隊長様のベストをきゅっと握ってしまいました。私の手が勝手に!
「いえ、当然です。むしろ、あの令嬢の接触を防げずすみませんでした」
「そんなっ、ツヴァイ副隊長様は庇ってくださいました!」
凄く申し訳なさそうなお声です。
ですが、み、耳許で囁くように話されると、ドキドキゾクゾクしすぎて体に力が入らなくなってしまいます!
返事をするので精一杯です。
「俺は、ヘイゼルミア侯爵に貴女を頼まれました。怪我や不快な思いをさせないと。それを引き受けました」
お父様に頼まれた?
確かに何故かツヴァイ副隊長様へ当たりが強かった気がします。何か言ってましたね。
ですが、怪我はツヴァイ副隊長様が庇ってくださいましたのでありませんし、私は不快な思いをしていません。
むしろ不快な思いをさせた側です。
「お父様に頼まれたことなど気にされなくていいのです。怪我も不快な思いもしてません。ただ、ツヴァイ副隊長様や皆様を恐がらせ、ご迷惑をおかけしたことが申し訳ないだけです」
「シェイラ嬢。俺は、貴女にも誓いました。命に代えても、全てのことからシェイラ嬢を守り無事にヘイゼルミア侯爵へお返し致します、と」
「あっ、・・・で、でも」
ま、真面目過ぎます!
全てのことからとは、畏怖の目からも化け物を守ろうとして下さったのですか?本気で?
「貴女の憂いを晴らせず、泣かせてしまいました。俺の失態です。批難は如何様にも」
「ツヴァイ副隊長様・・・」
そんな悲しそうな声で謝らないでください。
ツヴァイ副隊長様に非は欠片もありません。
「叶うならば、シェイラ嬢の隣にいる資格が欲しかった」
ポツリと聞き間違いとしか思えない言葉が聞こえました。
私の、化け物の隣?
隣にいる資格とは、つまり―――
「・・・何故、ですか?」
「はい?」
「何故私の隣を望んで下さるのですか?」
まさか。
まさか、まさか、あり得ません。
「そ、それはっ――――」
言い澱む声は緊張を孕み、聞いている私までドキドキいたします。
自分の心音が耳に五月蝿く鳴り、耳や顔だけでなく、全身が熱いです。
「ツヴァイ副隊長様は、わ、私の顔を見ても、その、へ、平気なのですか!?」
「シェイラ嬢の、顔?」
呆気にとられたような声です。
つい、まさかと思っても聞いてしまいました。
ツヴァイ副隊長様は私の顔を見ても耐えられる方なのではないかと。
お優しいから我慢して下さったのではなく、他の方ほど酷い化け物に見えないのではないかと。
だから、私の隣にいる資格などということを言えたのかと。
・・・そんなはずないのに、期待してしまいそうです。
いえ、期待してしまったのでしょう。未練がましいです。
あり得ないとわかっているから、ツヴァイ副隊長様からの沈黙が恐いのです。あり得ないですもの。
「な、何でもありません!わかってます、気味が悪いですものね?」
臆病な私は自嘲気味に訂正をいれてしまいました。
責任感が強く真面目なツヴァイ副隊長様は、きっと私に嘘を吐かず傷付けない言葉を探していらっしゃるのでしょう。
「・・・俺には美しく見えます」
「ふぇっ!?」
え?幻聴が――――
「今まで生きてきて初めて、あの日シェイラ嬢に一目惚れしました!」
「っ!?――――、あの」
上着を頭に被ったまま、恐々顔だけ出してツヴァイ副隊長様のお顔を確認します。
あり得ないと、幻聴だと、期待しないように。
艶やかな漆黒の瞳が真っ直ぐに私を見ていました。
奥から燻る熱を孕んだ視線に、顔にかかる甘い吐息に、頭の中が掻き乱されぼうっといたします。
本当に平気なのか、確認したい。
私の顔を平気で、触れることができる方が?本当に?
それが、好いた殿方なら、
ツヴァイ副隊長様なら・・・
「・・・ツ、ツヴァイ副隊長様!その、化け物の顔に、触れることはできますか?」
「はいっ、・・・!?」
直ぐに返された肯定の言葉。
見詰め合いながら顔を触れられるのは恥ずかしくて、私の心臓が耐えられそうにありません。
つい、咄嗟に瞼を閉じてしまいました。
意を決した息を飲む音。
私の顔に人の熱が近付く、空気が動く気配を感じます。
額でも頬でも顎でも。
指先でつつくだけでも良いんです。
ツヴァイ副隊長様に触れていただけるなら――――
――――目尻に、温かく、柔らかいものが触れました。
まさか、本当に化け物とのお見合いをツヴァイ副隊長様が望んで下さったのですか?
逃げられた代わりなんかではなくて、ツヴァイ副隊長様が?
とても、とても嬉しくて、また涙が零れました。
はい。彼はヘタレで爆発しちゃうので。
そもそもシェイラはキスとか想像してません。




