透明人間の人間投下事件(其ノ漆)
「ジグソーパズルはもう埋まる。」
ルインの目の前に広がるパズル。空白となっている部分は残り僅か。
ピースは段々と色を得ていく。
そして、希望を示す色へと変わった。
ルインの眼差しは希望の光を真っ直ぐに捉えていた。
「完成するのが、楽しみだ。」
「楽しみにしてくれ。」
パズルはより輝きを増すのに対して、日差しはより輝きを失った。月が代わりに照らし始めた。そして、再び日が登る。
太陽は頂点へと辿り着きそうだ。
ルインはシーナを連れて健治と落ち合った。さらに遅れて玲音がやって来た。
「さあ、面会の時間です。指定の場所はカフェで行いたいと言うことでカフェで行いますが大丈夫ですか?」
「勿論大丈夫だが、あまり人が多いのは好かないな。玲音ともう一人だけが面会するということにしよう。」
ルインの提案にシーナが手を挙げた。
「ここは先生が行くべきではないでしょうか?レコーダーを持って録音すれば共有できますし。」
「いいか、健治は。」
「お前が行くのなら文句はない。さすがに子どもだとなぁ」
「私の方があなたよりもより良い仕事が出来ると思いますけど。」
「な…んだと!!?」
健治がいがみ、シーナは彼を軽く遇う。そんな姿を背にルインと玲音はカフェの中へと入っていった。
座椅子に座る一人の女性。彼女と机を挟んだ椅子にルインらは座った。
「内藤 友香さんですよね?刑事の窶 玲音と申します。どうかよろしくお願いします。」
「私は探偵の鳳 ルインと申します。」
二人は丁寧にお辞儀をした。
「あたしの方もよろしくお願いします。」
ほっそりとした華奢な体型。薄いメイクが施されている。遠目で見ればそれなりに若いが、実際近くで見ると皺が目立ち少し年老いていることが分かる。
玲音はポケットからメモ帳とボールペンを取り出した。ルインは内ポケットをいじり録音機の電源を入れた。
「どうぞ、飲み物でも飲みながらゆっくりと話し合いましょう。」
「そうですね。」
「いきなりですが、確認させて下さい。事件の起きたあの日の十一時頃はどこにいましたか?」
「アリバイ確認ですよね?私は仕事をしてました。仕事場の人がそのことを聞いてきたと言っていたので、このことはもう確認されているのでは?」
「そうですね。しかし、本人からの事実確認が必要ですもので。」
犯行時刻、友香は仕事場である中型スーパーのレジ打ちをしていた。面会が遅れて行うことから先に仕事場の方にも確認を取った。特に、友香の異変を聞くためだったが、そこで友香が犯行時刻に現場にはいなかったことを聞いた。
本人からも直接そのことが話された。
二つのピースが繋がった。横に引っ張っても強く重なり離れない。アリバイは成立した。
「それでは、十時頃例のアパートを出てから十一時の仕事場までの貴女の行動を教えてください。」
ルインはゆっくりと友香を見た。
「あたしはアパートを出た後、すぐに家に着いて、そして、返ったらすぐに仕事の準備をして、家を出たのは十時三十分頃だったと思います。」
友香は家に着いた。
すぐさま仕事に使う服装を用意し、必需品を詰め込み、化粧をし直した。
「成程。それでは、貴女の夫である竜也が家を出たのは何時頃ですか?それと、何か怪しいと思った事はありますか?」
ルインの一言にコップの中の珈琲が一瞬揺らいだ。
「えーっと、あたしが仕事場に行った後なので分かりません。それに、変わったことはありませんでした。一つ言えることは、夫はこの事件とは関係ないですよ。」
「それは事件の真相が明らかになるまで分かりません。竜也さんが殺人をしたのかも知れません。」
珈琲は波打つように揺らいでいく。水面は穏やかになる気配がしない。
「そんなことないわ!!見知らぬ男がお父さんの首を絞めたんでしょ?お父さんは頑固で人付き合い悪かったから、お父さんを恨んでた人が殺したんだわ!」
「第三者が殺したのではなく、身内による殺害の可能性も否めない。」
友香は力一杯机を叩いた。
珈琲は振子の勢いで大きく揺れる。
「そんなことない!!!」
ヒートアップしている友香と対象にルインは静かだった。ルインはゆっくりと珈琲を啜ぐと、すぐにカップをテーブルに戻した。
「どうしてですか?身内がやったという証拠もありませんが、身内がやってないという証拠もありません。」
「何、言、って、る、の?お父さんはあたいらの知らない人に殺された。第三者に殺されたのよ!!証拠ならあるじゃない!」
「証拠とは?」
「実家の至る所に指紋が拭き取られていたじゃない!!テーブルの上とかドアノブとか……」
ルインは「ふふふ」と微笑み出した。「何がおかしいのよ!」と友香は跳ね除けようとするがルインには届かない。
「ごめんなさい。ジグソーパズルがもう埋まりそうなもので。」
「はあ?ジグソーパズル?意味が分からない。」
ルインのその一言で友香の心情は怒りから呆れへと変わった。
「あ、一旦珈琲でも啜りましょうか」
玲音はその場を治めようと促す。それによって、この場は丸く治まった。
それ以上の事件のことに踏み込むのは友香を激怒させてしまう。そう感じた。そのせいで、残った時間は事件のこととは程遠い内容で終わった。
ルインは穏やかに歩き、玲音はとぼとぼと歩いた。
「はぁ、折角の聞き取り調査が途中から無駄になった気がします。」
「大丈夫だ。心配することはない。」
「どうしてですかー。ってか、そもそもと言えば、友香さんを怒らせた原因はあなたじゃないですかー。凄く疲れました。」
「それは申し訳なかった。」
自動ドアが開く。
二人はそのドアを潜り抜けた。
「子どもなんだからさぁ。取り敢えず、背は子どもじゃん?」
「煩さいです。」
シーナの身長は百四十五~百五十五センチだ。小ささに軽くコンプレックスを抱えるシーナ。それを弄る健治。健治はベンチに座るシーナの頭に手を乗せている。
健治はルイン達の姿に気付くと手を振った。
「おーい、どうだったー?」
「最高だ。もうピースが埋まる。」
「それはサイコーじゃねぇか。」
ルインらは玲音と別れた後、車に乗った。
車のエンジン音が不気味で不穏な風音を消し去っていた。