透明人間の人間投下事件(其ノ玖)
ルインは目の前に広がるジグソーパズルに手をかけた。そして、それを飯田の方に回転させる。
「それではお見せしよう。事件の真相を!」
ジグソーパズルは不思議な色を放つ。その色は心を高揚させる。優しい色が会議室全体に広がった。
光の矢印がルインに向かって進む。
その光が身体の周りを回って進んでいく。ルインはその光に煽られながら、パズルに手をかけた。
「事件が起こる当日。被害者の晴秀は娘友香とその夫竜也と共にいた。」
晴秀は友香に介護されながら日常を営む。友香はポットに手をかけて水を沸かす。
カチッと音が鳴る。その音は死を迎える前兆だ。
水は沸いてお湯となる。友香はポットに手をかけた。
「二人は計画して晴秀を殺そうとした。その時刻、晴秀に大量の睡眠薬を投下した。飲み物などに混ぜていたのだろう。」
友香はレトルトのパックをコップに入れてお湯を注いだ。コップの中は緑の茶葉が舞い、緑黄に透き通っていた。その中に睡眠薬を入れ始める。
茶葉の中に入る粉々が緑黄に溶ける。
友香は晴秀の前に緑茶を置いた。その緑茶から死が溢れ出す。
晴秀はその緑茶を飲む。目が悪くなり、身体の諸機能も低下していた老いた身体には殺意を感じることができなかった。身体の中に注ぎ込まれる死の宣告。
「睡眠薬を投じられた晴秀は睡眠。その間に、友香と竜也は細工と殺害の準備をした。晴秀を窓際に持っていった。勿論、眠っているため抵抗はないし、動くこともない。」
竜也は倒れる晴秀を持ち上げた。
そして、窓際へと持っていく。窓から不穏な空気が流れていく。
「警察達の推測通り、縄跳びの縄を一重、二重に折って晴秀の首に充てがう。そして、取手につく方を尾に挿入した。」
竜也は縄跳びを丁寧に折って、首吊りのように晴秀の首は縄で囲まれた。
「それは十一時の頃かいな?しかし、その頃にはもう竜也はいないんではないかな」
「これはまだ十時前の話だ。」
「何と?」
外ではせかせかと家を出ていく人々が幾つも集まり、賑やかな太陽みたいに衒っていた。
太陽は知らず知らずに影を作る。その影の中で竜也と友香は目を黒く輝かせていた。
「そこからが簡単なトリックの始まりだ。」
「竜也は釣り糸を取り出した。この糸は最近買われたものだ。釣具のセットで購入されたが、事件の直近にして買われたということは犯行のためにわざわざ買ったのだろう。」
竜也は釣り糸を取り出す。その糸は強く張っている。透明色をした糸が無造作に垂れていた。
その糸が晴秀の近くに在する。蛇のように晴秀の首を噛み締めようと睨んでいた。
「その糸を縄の取手に絡ませた。強く引っ張っても解れないように強く絡ませた。」
縄跳びの縄の取手に巻かれる釣り糸。その糸は固結びで固定された。
「竜也はその糸を窓から垂らした。透明な糸であること、アパートの裏に垂れていたこと、影が糸を隠していたことによりその糸は他者が見つけることはなかった。」
窓から垂らされる糸。その糸は影に隠れて姿を消す。
死の予兆を伝えるその糸は誰にも気付かれることなく微風に漂う。
「竜也は晴秀の首に巻かれた縄の指紋を拭き取った。」
「何故かね?竜也ならそこにいたことは証明されている。指紋があって当然ではないのかね?」
「そうだ。指紋はあって当然だが、竜也は敢えて拭き取った。」
ハンカチで縄を綺麗に拭う。
「これを聞いて欲しい。」
事件の真相を話している中、ルインは録音機を取り出した。ボタンを押すと友香の声が聞こえる。「実家の至る所に指紋が拭き取られていたじゃない!!テーブルの上とかドアノブとか……」その声が会議室に響き渡った。
「これは友香と面会した時の録音機だ。そこで友香は普通なら知らないはずだが指紋が拭き取られたことを知っている。それに、拭き取られた場所をピンポイントに発言している。」
「そうか、テーブルの上やドアノブは容疑者友香が拭き取ったのか。他殺に見せるために指紋を拭き取ったんだな?」
「勿論、その線が正しいと思われますよ、愛家警部。」
「晴秀はお年寄りで、介護のために友香は仕事のない時間を利用して実家にいた。しかし、介護における重負担や高出費。それと対照的に、煌びやかな話である保険金。友香、竜也は保険金に目が眩んだ。ただ、保険金は自殺や保険金のための殺害では貰うことが出来ない。だからこそ、第三者の他殺に見せかけて殺害する計画を実行した。」
友香はハンカチで他殺に見せかけるための細工を行った。他殺だった時に拭きそうな箇所を拭いていく。
時刻は十時になろうとしていた。慌ただしい雰囲気は一気に閑静な雰囲気へと変わっていた。
「そして、他殺に見せかけるために今すぐ殺してはいけなかった。だからこそ、竜也と友香はそこから離れた。アパートの誰かが出ていったことを証明すれば、アリバイは完成される。だから、わざわざ家主に気付かれるように出ていった。」
糸は垂らしたままで、晴秀は生きたままで二人はそこを後にする。ハンカチを握りながら丁寧に扉を開き、外に出る。鍵がかかるとまさに密室となっていた。空いた窓からは高すぎて侵入は難しい。扉の鍵は閉まっている。
アリバイを作るために二人は自ら家主に気付かれるように歩いていった。
「それでどうしたのかね?今の話では晴秀は死んでいないのではないのかな?」
「まだ十時前の話だ。そう急ぐ必要はない。」
ルインは飯田を軽くあしらった。
飯田は気を悪くしながらも表情一つも変えずにルインを見続けた。
「竜也は再びアパートへと戻った。友香はアリバイ作りのために仕事場へと向かった。」
友香は帰ると否やアリバイのために仕事に必要な準備を整えてから仕事場へと向かった。その間に、竜也は再びアパートへと向かった。
「竜也はアパートに着くとすぐにアパート裏へと向かい透明な糸に手をかける。竜也はその糸を後ろに下がりながら手繰り寄せていく。」
「何故、後ろに下がりながら?」
「力をかける時に糸の垂れている真下から力だけで手繰るよりも、後ろに下がりながら手繰ることでより簡易になる。さらに、死体が落ちた時に血飛沫が飛び散っても血がつかないようになる。」
竜也は後ろへと下がりながら糸を手繰る。上の糸、上の糸、と掴むように糸を寄せる。竜也の腕に糸が絡まる。
「その際、糸が手繰られると繋がれた縄の取手が引き寄せられる。そこで、晴秀は強く引っ張っられた。」
静けさが残る。
娘に世話をして貰い深い眠りに落ちる。そこで、意識の糸は途切れてしまった。無意識の中で自身の命が絶たれかけていることなど気付いていなかった。
晴秀は夢の世界にいた。幸せな記憶の中でその中に広がる世界は一つ残らず消滅した。
「そのまま晴秀は落下。竜也は繋いでいた糸を刃物で力一杯切った。その糸は丈夫だから切りにくかったのだろう。その勢いで縄に切られた痕がついたのだ。」
晴秀が四階から落下していく。
強い衝撃が周りに鈍い音を響かせる。
晴秀は夢心地の中で目を開けることはなかった。悲劇が起きなかったかのようにただ地面に倒れている。
竜也は持っていたカッターで糸を切ろうとするが全く切れない。そして、ようやく切れた時には縄に傷が入っていた。
「竜也は糸を回収。縄の指紋を再び拭き取るなど細工をした後、警察を呼んだ。」
竜也は透明な糸とカッターを鞄に詰めた。
その後、警察を呼ぶためにケータイを手に取る。すぐにサイレンが鳴り響く。
竜也は翳ったアパートの裏庭で不気味に微笑んでいた。
「後は警察の調査が始まった。これ以降に起きたことは全て警察が把握しているだろう。」
ピース一つ一つが灯火となり、ジグソーパズルが会議室を照らしていた。
光がスポットライトのようにルインを照らす。その光に反射した眼鏡の奥から真っ直ぐ貫く瞳が覗く。
「これが事件の真相だ!!」
事件は解明されましたが、後少しだけ続きます。




