村 その3
ハナは魔力の鍛錬を繰り返す。チートと思われるような強さを求めて。
ハナは努力を続ける。助けた美少女に連れられてお城に連れてってもらうために。
日々は流れる。
毎月訪れる15日には色々手に入った。
ハナが食べたことない果物だったり、食べたことない葉物野菜だったり、両手サイズの樽に入った飲んだことないミックスジュースだったり。
果物やジュースは『アーの実』よりも甘くなく、どうしても見劣りしてしまう。そして野菜はやっぱり野菜だった。ハナは夕食のおかずとして家で野菜は使ってもらったが、可もなく不可もなく。
他には5月には茶色いリボン、7月には緑色のリボンがもらえた。
リボンの色は『アーの実』の色と似ており、季節ごとだと若い商人は言っていた。また、このリボンは幸運を運んできてくれるという話があるらしい。
そして今日は10月15日。
この国の村々は10月に収穫祭を行う。
しかし、はじまりの村に収穫祭はない。
村の『アーの実』は毎月収穫しており、各家庭の畑ならばいつでも野菜や芋が収穫できる。植えたものは数日で食べられるようになり、水や肥料などを特に与える必要もない。とりあえず耕して種でもまけば育つ謎仕様である。
このこともあってハナは畑にはあまり近づかない。ここは神の言う安全な場所だから危険性はないとは思っているが近くにいると落ち着かない。
そして、村の北側に広がる『アー樹』にも近づかないようにしている。ハナにとって近づきがたい雰囲気を感じるためだ。
住民の多くが毎日『アーの樹』のところに行っているが、一度もついていったことはない。
気軽に人が近づくことができる場所だと思えないからだ。
今日もいつもと変わらない幌馬車がやって来て、いつも通りの荷下ろしの光景が広がる。
しかし10月の物資はいつもとは一味違う。
今日は普段はないもの、果物のジャムがあるのだ。
果物を甘く美味しく加工したその味は、去年のハナを魅了した。普段食べている『アーの実』も極上の甘味だが、身近過ぎてありがたみが乏しい。
ジャムの注文は村の変わり者が頼み始めたことが続いているらしい。ハナは見知らぬ先人にすごく感謝している。何度も拝むほどに。
このジャムだが、家庭に配られるわけではなく村の集会場で調理して振舞われる1日限りのものだ。
他にぶどうジュースや紅茶なども用意される。
普段の荷下ろしや荷物の受け渡しが終わり、倉庫前からジャムやジュースの入った樽が集会場に運ばれていく。
運んでいく大人たちについてハナも集会場へ向かう。
集会場は木の長椅子が並んでいるただの広場である。
今日はその横にレンガを2列並べて、上に広めの鉄板を置いただけのかまどが用意される。
ここでクレープが焼かれるのだ。
クレープと言っても生クリームはない。ジャムを塗って折り畳むだけのシンプルなものだ。甘いジャムは柑橘系とベリー系の2種類がある。
近所のおっちゃんがクレープを焼き、焼けた生地を木の皿に取って、おばさんがジャムを塗って折り、並んでそれを受け取って食べていく。最初に並ぶのは子どもたちだ。
多くの村人は1つ食べるだけで、たまに2つ食べる人が居る程度だ。
しかしハナは違った。異世界転生による格の違いを村人たちに見せつける。
ハナが10回目を受け取ったときにはさすがにおばさんに止められてしまった。これが最後だと。
食べている間も兄や妹には食べすぎだと言われ、村の子どもたちは始めこそ良く食べるなあ程度のことを言っていたが、さすがに5枚目を超えたあたりから苦笑いしかできなくなっていた。
「おいしいものはべつばら。ぼくのいぶくろはうちゅうだ!」
ハナは将来は強敵と戦ってちやほやされたいと思っているのだ。
こんなところで負けられない。その思いがハナの胃袋を強く……しなかった。
ハナの小さい体にはさすがに食べ過ぎで少しお腹を痛くしてしまった。
クレープを十分堪能したハナは今日も森に行くと魔力操作を始める。
これだけはやめられない。
ハナの魔力は1か月で倍ほどのスピードで順調に増え続けている。
最初と比べるともう100倍以上にも増えているのだ。
もしこのまま増えていくのであれば十分なチートである。
今日の訓練は魔力を二つに分けて、駒のように回してぶつけ合うというもの。
体内で二つの魔力の駒がぶつかり合い、弾き飛ばされ、またぶつかる。
もちろんすべて自分で動かさないといけない。魔力が勝手にまとまることも回り続けることもなく、すべて自分自身が考えてやらなければならないのだ。
この時点ですでに魔力の扱いは世界有数と言えるレベルに達していた。
さらに時は過ぎる。
ハナは只管魔力を増やすことに時間を費やすだけの日々を過ごし、年が明ける。
6月15日。
いつも通り商人さんから役に立たないものをもらってから森へ行く。
ハナの魔力は今もなお1か月におよそ2倍というスピードで増え続けている。
地球では新聞紙を半分に折っていけば42回で月まで到達できると言われている。ほんの僅かな厚さしかなくとも2倍にしていけばそれほど多くない回数で月まで到達できるのだ。
2倍が42回ということは、ハナの魔力で考えると3年半という意味だ。
しかし現実はそれほど甘くはない。
体の中に貯めることができる魔力容量には限界がある。
ハナの魔力は明日で限界を迎える状態になっていた。
だが、ハナにとってこれも想定内だ。問題とはならない。
「ついにま力がいっぱいに! もちろん、バイプッシュだ!」
ここ数か月の間、体の中の魔力を複数に分け、魔力でジャグリングしたり、9ボールしたりと、それぞれ別の動きをさせたりしてきた。すでに魔力の扱いは一流だと自負している。
そしてこれから行おうとしているのは魔力圧縮だ。
容量が足りないなら圧縮するか増設するか、移動させるか。要はパソコンのデータと同じである。
ハナは体の魔力をスポンジに圧力をかけてしぼんでいくイメージでぎゅぎゅぎゅーっと縮めていく。
体の中の魔力が次第に圧縮され小さくなっていく。
しばらくすると体の中には半分ほどの魔力の空きができた。
「よし、これからはいつも半分ぐらいになるようにあっしゅくかな」
思い通りに圧縮が行えて満足だ。
圧縮した魔力をいつも通り複数の玉に分けていき、それをぶつけたり、ぶつからないように動かす。
魔力は圧縮されていても同じことができ、特に問題は見当たらなかった。
後はいつも通りの1日を過ごした。
ここまでは、かなり順調である。
しかし、圧縮の限界はすぐに訪れる。
魔力は1か月で2倍ずつ増え続ける。
これまでにハナは魔力圧縮を繰り返し、何とか魔力を10分の1ほどに圧縮できていた。
しかしそれ以上は上手くいかず、体内を魔力が満ち始める。
10月某日。
「さあ、今日もやるぞー!」
いつも通り森にやってきて、修行を始める。
手を大きく上げて、声をあげてやる気を高めていく。
まずは魔力の圧縮だ。
「とりゃー!」
もちろん上手くいかない。すでに人が可能な魔力圧縮の限界だ。
「やっぱり上手くいかないか。さてと……」
ハナはここで次の手に出る。
それは魔力容量の大幅拡張である。
魂と肉体には基本的に魂側から肉体に流れる極わずかな魔力的つながりがある。
ハナは体内の魔力感知能力が上がっており、これを見つけることができた。
そして、魔力を逆流させることで魔力をため込めるのではないかと考えていた。
それは魂のある『精神世界』への魔力の移動。
この世界では肉体と魂はつながっているのだが、魂は少しずれた世界に存在する。
肉体は魂の影響を受け、魂は肉体の影響を受ける。しかしそれぞれの影響は異なり、例え肉体が滅びても魂だけ生き残るということも、魂が壊れて肉体だけが残ることもありうる。
影響としては基本的に魂から肉体へ流れのほうが大きくなる。
魂も肉体も魔力を持っているが、ハナが急激に増やしていたのは肉体の魔力で魂の魔力はさほど増えていなかった。気づいていない状態では魂の魔力までは鍛えることができなかったのだ。
しかし、ハナの行っていた魔力圧縮によって体内の魔力圧縮率が大きくなると魂側から流入してくる魔力との圧縮率の差が大きくなったことで、魔力の流れが分かりやすくなり、魔力がほんの僅かだけ別のどこかから流れて来ていることにハナは気づくことができた。
流れてくるのだから魔力をため込めるだろうという安直な発想で魔力の移動を始める。
(お、おお……、どんどん入るぞ)
魔力が魂側に次々押し込められ、ハナは何となく自分が大きくなった気がする。
魂の急激な成長である。
それと共に魂の存在というものが感じられた。魂と肉体のつながりが増したのだ。
さらに魂側にはいくらでも魔力を貯めることができると理解することができた。魂には肉体という入れ物がないので際限がない。
また、肉体の中の魔力許容量が増えたことを感じている。魂の成長とともに肉体側の魔力空間が広がったのだ。
そして魂側からの魔力の流入量は変わっていない。魔力が体に勝手に戻ることを気にせず移動が可能ということだ。
「ふふふ、これならいくらでも『あちら側』に入りそうだな」
ハナは魂側を『あちら側』と呼ぶことにした。
魔力の空きができたことで、いつも通りの魔力の訓練を行う。
肉体内の魔力空間が広がったことで肉体とのずれが生じる。それでもわずか1%ほどで問題はない。魔力を体内で100センチ動かすつもりでも101センチ動かさなければならない程度だからだ。
こうしてハナの魔力を増やす日常が今日も続く。明日も変わらず魔力の増加が続いていくとこの時は思っていた。