村 その2
少年が暮らしている所は超が付くほどの田舎の村である。名前は、はじまりの村。
はじまりの村はリンゴのような特別な果物が実る『アーの樹』を大事に育てているのが特徴で、とても平和で安全なところだ。
『アーの樹』は高さが大人の身長より少し高いほどしかなく、葉をつけず、花も咲くことはない。常に実をつけ、2か月ごとにつける実の色が変わる不思議植物である。
この村の周辺は人間を襲う生き物がいない。さらに毒を持っている生き物がいない。だから毒キノコも生えていない。危険がとても少ない村なのだ。
村の家々は簡単な木造平屋建て、ガラスの窓はなく、窓も木でできている。
そして机や椅子、調理場は壁の外側にある。屋根はあり、風も大して吹かない場所なので雨でも困ることはない。
そんな家が点々と建っており、どの家も畑で自分たちが食べる野菜を作っている。
村の人たちは簡素だが丈夫な服を着ており、継ぎはぎだらけだったり、ボロボロな服を着ることはない。
誰も衣食住に困らないとても暮らしやすい場所である。
少年は家に戻ると、家の前で椅子に座って妹といっしょにのんびりしているショートカットの金髪ですごく美人の母親に抱き着く。
「ただいまー」
「おかえり、ハナ。怪我は……してないね」
ハナという名が少年の名前である。
この世界でも女の子っぽい名前なのだが、はなっから気にしていない。ハナだけに。
「はい、これキノコ」
「ありがとうハナ、夕食には十分ね」
ハナがキノコの入った袋を渡すとよしよしと頭をなでられて、顔が笑顔でへなーっとなる。
これが母親でなかったらすでにちやほやされる夢が叶っていることになるのかもしれない。
もちろんハナの夢はこんなちっぽけなものではない。もっとすごいと思われるようなことをして、ちやほやされたいのだ。
なでなでタイムを終えると、母親の横に座って足をぶらぶらさせている2つ年下の妹のシアにもただいまと軽い挨拶をする。シアも母親に似て将来は美人さんになるだろう。
母親もシアも髪は金髪で青い目の色をしている。
父親は緑髪で茶色い目。ハナには2つ年上の兄もいるが、こちらは茶髪金目だ。
何故かハナだけは黒髪黒目。
他の村の人たちも髪と目の色は色々だが、『アーの実』の色に近い色をしている。しかし、『アーの実』に黒はない。あるのは1月から順に赤、青、茶、緑、薄い黄、濃い紫。11月と12月に実る濃い紫が黒に一番近いと言えなくもないだろうか。
ハナにとっては髪や目の色が違うなんて些細なことである。
この村はそんなことで差別されることもなく、気にされることもない。
喧嘩してる人すら見たこともない平和な村なのだ。
この後は家族で食事して寝るだけの長閑な一日を過ごすだけである。
もちろん家の近くで体の中で魔力を動かし続ける。強くなるために。
この村の5歳の子どもは一日中やることなく暇して過ごすのが一般的だ。特に娯楽もなく、朝と夕方の2回の食事時以外はぶらぶら散歩したりするしかない。
この村の人たちは外の世界への憧れも新しいものへの興味もほとんどない。
ただ毎日を平和に過ごせたらいいと感じている。
ハナの場合は記憶がなくても物語の英雄に憧れる心は残っていた。もちろんそのためには外の世界に出ていかなくてはならない。
ハナがやろうと決めた最初の一歩がキノコ狩りだった。
同じことの繰り返しで2週間が過ぎた。
この世界は6日で1週間。5週間で1か月。12か月で1年だ。
この村には大きな四季の変化はないが、冬は涼しく夏は暖かい程度の変化はある。
今日は3月15日。毎月15日はこの村に商人が来る日である。
村の人たちが採集した『アーの実』を渡し、代わりに食料などを受け取ることができる。
広い意味での物々交換だろうか。
この村ではお金が流通していない。さらに何がどれだけの価値を持つのかすら知らされていない。
それでもこの村が国に属することや、税金の代わりに『アーの実』が納められていることは知られている。
村の人は税がいくらで持ってくる物の値段がいくらなのかわからなくても、足りない物があれば商人に頼むと用意してもらえるため、まったく困ることはない。
現代社会を知っているハナにとってはおかしく感じるが、あまり気にしない。
たとえぼったくられていたとしても誰も不幸を感じていないのだから。
今回も4頭引きの幌馬車2両が村にやって来た。
青いベストを着た体格のいい茶髪の中年男性と青髪細目の若い青年がそれぞれの御者を務めている。
この2人が商人だ。異世界、商人とくれば冒険者の護衛だが、護衛はいない。村の外も安全で必要ないのだろう。
馬車は村の共同倉庫として使っている建物の前でやってくるとそこで止まり、積んできた物を村の大人たちと協力して降ろしていく。
最初は『アーの実』を入れるための木箱を降ろしていく。その箱には布が大量に入っている。馬車からすべて降ろし終わると、前日までに収穫した『アーの実』がたくさん入った箱を代わりに積み込んでいく。『アー実』は傷つかないようにたくさんの布につつまれている。
ハナが以前、親に聞いた話によると傷がついた実はすぐに価値がなくなるらしい。
ちなみに村では樹から落ちたり、傷がついてしまった実を皆で分けて食べている。多くの人たちは『アーの樹』の近くでおやつ代わりに食べているが、まったく『アーの樹』のところには行かないハナも家で食べさせもらっている。とても甘くておいしい実であり、町で高く売れるのだろうと思っている。
箱を積み終わると次はもう一方の馬車から大きな袋を降ろして倉庫に運び入れる。穀物の粉や塩だ。これは足りなくなった家は好きに持って行っていいことになっている。
村で普段食べられている食事はこの穀物の粉を水で練って焼いたものと、森と畑で取れるキノコと野菜のスープのみ。味付けは主に塩だけだ。
この後、一回り小さい袋も手前に降ろしていく。これがそれぞれの家庭用だ。
待っていた村の大人や子どもはその袋を持つと、自分の家に運んでいく。
小さな袋を馬車から降ろし終わると、手の空いた商人に数人の村人たちが順番に話し始める。
「はい、頼んでいたツボおねがいね」
「はい、じゃあ気を付けて」
村のおばさんが木札を中年の商人に渡し、商人のおじさんは木札を受け取って、代わりに片手で持てる大きさのツボを渡す。塩を入れるためのツボだろう。
注文する時は木札をもらい、注文時に木札と交換する。
こうして注文すれば次に来た時には受け取れる。
「靴ある? 履けなくなってしまったんだ」
「もちろん。大人用? 子供用?」
「俺が履く大人用を頼む」
「はい、これを履いてみてください」
細目の若い商人は皮の靴を持ってきて髭のおじさんに渡す。
事前に注文していなくとも、普通の靴や服は常に用意がある。
注文はできるが大抵の必要なものは倉庫内にも予備が置かれており、普通の村人が個別に注文する機会はあまりない。
変わった注文としては村の木工職人が道具の修理を頼んだり、釘などをたまに注文するらしい。
皆の注文が終わったのを見計らって、ハナは若いほうの商人に声をかける。
「おっちゃん。なにかかわったものない?」
「ちょっと、おっちゃんはやめてよ。お兄さんって呼んで」
「それはいいから、なにかかわったもの」
「変わったものはないかなー。何で変わったものがほしいの?」
「ほしいから。」
ハナの目的は外の情報をより多く得ることだ。
本などが本当は欲しいが、この村に本がない。話にも出てこないので『本』という単語がわからない。文字も同様で『文字』という単語もわからない状態だ。さすがに絵や模様という単語はわかる。
「そっかー、じゃあ次来た時なんか用意しておくね」
「ありがとう。おにーさん。」
笑顔でお礼をいってさっさと森に行く。
そう、今日も魔力強化のための特訓だ。外の情報は急いで必要とするものでもない。
ハナは村でも体の中の魔力をこねたり動かしたりすることをやってはいるが、かなり適当だ。
集中するためには森に来なくてはならない。家の周りだと常に誰かに見られている気がしてやりにくいからだ。
「ふふふ、大きくなってる。大きくなってる」
ハナの体内の魔力量は確実に増えていた。と言っても2週間だとほんの僅かに増えたとわかる程度だ。
それでも確実に一歩ずつ進んでいる実感がある。
増えていることがわかればさらに動かすだけだ。より速く、最速を目指して。何人たりとも俺の前を走らせない気持ちで。
こうして魔力を増やすための特訓を続け、記憶を取り戻して1か月目には魔力は初めの倍の大きさになった。
そして、自分の魔力を増やすための魔力操作ばかりの変わらずの日々を過ごして待っていた4月15日。
今日も商人たちが馬車で物資を運んできてくれる。
そこには今までとは違う何かがあるのだとハナは期待していた。
荷下ろしや受け渡しが終わって、若い商人の手が空いた時を見計らって近づく。
「おっちゃん、なにかかわったものは?」
「だからお兄さん! ああ、あるよ。はい、これ」
馬車から取り出したのは1メートルほどの青色のリボンだった。ちょっと期待外れ。このリボンは確かにこの村にない。
「これなににつかうもの?」
「ああ、これは町で季節ごとに使うリボンだよ。髪に結んでもいいし、花を束ねるのにも使っても、家に飾ってもいいものだよ」
「ありがと、またむらにないものもってきてよ。おにーさん」
「はいはい。またね」
ハナはリボンを受け取ると、手を振ってそのまま森に向かう。
森で魔力を上昇させるための訓練を早くするためだ。
ハナは今、魔力がどんどん増える時期だと考えている。だから魔力を操ることをより優先している。
今日は体内の魔力をスーパーボールのようにぶつけて遊ぶように操る。体の表面近くに魔力の塊を当てても外に飛び出しも跳ね返ったりもしない。表面まで来たら自分で跳ね返すということを繰り返す。それも高速で。
ばばばばばばと体の中を魔力の玉が跳ね回る。
(うん、今日も絶好調!)
こうしてハナは魔力を増やす努力をし続けていく。
魔力が全てーー
魔力さえあれば大抵のことができる。
それが異世界転生での心得だとハナは理解している。
この世界でも物語と同じく魔力が吸収されるようなことがあるだろうから、相手が吸収しきれないほどの魔力がほしい。
そして膨大な魔力で神獣を従えるのは異世界での醍醐味。
そんな先のことも考えはじめている。
そして今は可能な限り魔力を増やす時期だと思い、ひたすら努力する。
自分が強くなるために。
襲われている貴族の馬車を助けてちやほやされるためにも。




