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その日 1

 魔術の授業といえど、やっていることは義務教育と変わらないな、と思う。

 教員が一々課題を課すこともなければ授業に出席する義務もないし。ただ単位は取らなければいけないけれど。結局、教師の話など教科書を読むだけで事足りてしまう。

 結局、勉強というのがつまらないんだろう。自分で言うのもなんだが、なんでもできるというのは困りものだ。


環境が変わればなにか面白いことがあると思ったのにな──入学してひと月、早くも故郷にいたころと同様の物足りなさを感じていた。


「イチロー、ご飯いこっ!」


「ん、りょうかい」


 レンジに肩を叩かれて席を立つ。早く行かないと学食の席をとれなくなる。


「オスカーも。講義長かったから急がないと」


「あ、うん……ありがとう、ございます」


 前の席のオスカー・グレンデルにも声をかけていた。最近は三人で昼食を摂ることが多い。

 しかし……レンジもそれなりだが、オスカーの内気っぷりはそれ以上じゃないか? それを駄目とは言わないが、気になることはハッキリと言わせてもらう。


「おい、昼食べに行くくらいでありがとうとか言うなよ。別にありがたくもないんだから」


「え、あ、ごめん……」


「……まあいいけどさ。頭下げるのって疲れないか?」


「べつに……」


 まあ、こういうやつがいないと世の中は回らないのかもしれない。少なくとも俺のようなタイプの方が生きづらいという自覚はある。


 予想通り、食堂は混んでいた。三限は基礎魔術理論。期末テストで単位が出る授業で、内容は教科書を読めば済む。俺はサボってもいいものだと思っているけれど、二人が同じとは限らない。そんなことを考えつつ、列捌けのいいファーストフードにゴーサインを出して列に並ぶ。程なくしてハンバーガーセットを購入すると、ちょうど開いた窓側の席に滑り込んだ。レジで別れたオスカーを見つけて手を挙げて合図する。


「レンジはどうした?」


「知り合いと会ったみたいです。先に食べててと」


「そうか」


 ロールを剥がしてハンバーガを食べる。この体に悪そうな味が定期的に摂取したくなるものだから、学食に置くのはよくないと思う。

 食べるのもそこそこに、ずっと気になってることを訊いてみる。


「なあ、オスカーって俺のこと嫌いか?」


「ぶふっ! ええっ、なんで急に……?」


「ほら、さっきも謝ってたし。別に取って食いたいわけじゃないんだけどさ。おまえ、なんか俺に委縮してるとこあるだろ?」


「そんなこと……まあ、ありますけど……」


 あるのか……。


「ああっ、すいません。イチロー君だけじゃなくて、誰にでもこうなんです。僕人見知りだから……」


「レンジとは仲がいいだろ」


「レンジ君とは中等部からの付き合いですから。っていっても授業で共同実験をしたくらいですけど。魔術家系の人が僕と喋ってくれるなんて何か裏があるんじゃないかーって、最初は警戒してたんですけど、ほら、レンジ君はいい人だし」


「それじゃあ俺は悪い人なのか?」


「えっ! あっ、いやそんなことはないですはい! あ~えーっっと、ほら、イチロー君は学年主席だしっ、態度も大きくてどこか冷静というか人を寄せ付けない空気があるというかそのですね……」


「なるほどだいたいわかった」


「あ゛ーっ! 違うんです違うんです今のは言葉の綾と言いますか全然違くて!」


 こいつ死ぬほど言い訳が下手だな。


「そんなに怖がらなくてもいいからな? さっきも言ったけど、俺は同じ一年生でおまえのクラスメイトなんだから。それに魔術家系ってわけでもないし」


「うん……そうですよね。ありがとうございます」


 声は小さいけれど、笑っているのでよしとしよう。


「そういえばオスカーは中等部から魔術師志望だったか」


「うん。そうですけど。あ、正確には初等部からです」


 確かオスカーの入学後の定期試験は学年でも上位のはずだ。レンジの解説によると、成績上位を魔術家系が占める中でノーマンのオスカーが混ざっているのは異例らしい。

 ちなみにテスト総合点でトップを取った俺は歴代でも異例中の異例と言われた。満点を取ればトップが取れてしまうのだから仕方ない。

 食事中に無言で食うのもつまらないので、とりあえず勉強の話でも振っておくか程度に聞いたのだけれど、オスカーの答えに安易な疑問が湧いて出た。


「初等部から? 親が魔術師ってわけでもないのにか?」


「……まあ、その。えっと、笑わないで聞いてくれますか?」


「聞いてみないと分からないけど、善処はする」


 クシャっとハンバーガーの包みで口元を隠しているが、耳が赤くなっている。無理して話さなくてもいいぞ? と言おうか迷ったが、正直そんな反応されると気になる。少し待つと、がっくりと肩を落としてハンバーガーを置いた。


「……童話に憧れてたんです。小さな魔術師が旅をして世界を救う話なんですけど、『ジャックと世界樹の杖の旅』って。原作じゃなくて児童書の方なんですけど、知りませんか?」


「知らないな」


「子供向けの小説なんですけど、ハマっちゃって。その主人公の影響で……」


 かぁぁっと顔を赤くして、誤魔化すようにハンバーガーを食べた。そんな恥ずかしがることでもないと思うけどな。


「それで魔術の学校に入ったんだから、大したものだと思うけどな」


「ぜ、全然っ! 子どもの将来の夢みたいなものですし! あんまり僕が我が儘言うタイプじゃないから、両親が甘やかして一般と魔術コースのある学校に入れてくれただけで……」


「でもそれでここまで上がってきたんだからすごいと思うけどな。誇っていいんじゃないか。そこで謙遜するのはおまえより下の頑張ってる連中に失礼だし」


「あ……うん、その、ありがとう……」


 小さく呟いて、「もう勘弁してください」と逃げるようにもしょもしょとハンバーガーを食べ始めた。ククっ、最後はさすがにからかいすぎたか。




 授業が違うレンジ、オスカーと別れてA棟に向かう。四限の「神秘魔術基礎」は選択科目で、簡単に行ってしまえば文化や占い、自然環境の神秘を取り扱う。どちらかといえば直感的なところがあり、ロジカルな分野ではないのだが、レポート提出系の授業のせいか人気はある。

 本来なら余裕を持って来たいところではあったが、二限に続き三限も授業が押した。走って向かうほどではなかったが、着いたころには席がだいぶ埋まっている。九十分の授業で立ち聞きは辛い。取るものもとりあえず、俺は開いてる席に着いた。


「「あっ」」


 隣にいたのはミドルロングの金髪。驚いている割には目がじとっとしていてどちらかといえば「げっ」と言いたそうだった。


「話すのは久しぶりだな」


「そーね」


 それだけ言ってアディが本に視線を落とす。奇しくも受験の時と同じ位置取りで、退屈そうなところまで一緒だった。

 アディ・フォックスと喋るのは入学式振りだった。ノーマンと関わりを持ちたがらないとは本人の談だが、彼女に限らず教室には見えない境界がある。

 魔術家系とノーマン。

 意識して見れば確かに両者は違う。それを生徒会長は学力の差と評したが、それだけではないと思った。意識の違い──魔術家系の子は親の仕事を継ぐ明確なビジョンがある、一方ノーマンの中には「将来は魔術関係の仕事に就きたいです」などとぼんやりしているやつも多い。全員がオスカーみたく初等部から魔術師を目指しているわけでもない。もちろん、素人に授業を合わせるわけにはいかないし、最低限の足きりは受験で行われているわけだが。


 もっとも、魔術家系云々は関係ないんじゃないか、と思っているが。単に俺とアディの交流がこんななのはお互い交流を持ちたがる性格じゃないからだろう。ひと月クラスメイトをしていればそれくらいは分かるものだ。


 先生が教室に入って賑やかだったボリュームが落ちる。



 ──神秘魔術基礎と一口に言っても扱ってる分野はいろいろありますが、本日からしばらくは呪術について学ぶことになります。一般的には「占い」とも言われており、環境や自然の力を借りて結果を得るもので、魔力を用いない場合もあるという点で魔術として不確かなところもありますが、神秘魔術ではそれら様々なものに関連付けて考えひとつの結論を出すのです。


 占いの中でもメジャーなタロットについてひとつ例を挙げましょう。タロットは「命・卜・相」の体系で言うなら「卜」にあたり、アルカナを用いた22もしくは78のカードから引いたカードの種類と配置、向きで運命を導くというのが基本的な考え方です。メジャーなだけあって多くの研究対象となっており呪術のベースとなる考えがいくつも用いられています。


 さて、説明だけしていても面白くありません。先週にも述べた通り実際にタロットを使った占いをしてみましょう。隣の方と二人一組になってください。足りないところは三人一組で──



 しまった、という俺たちの考えは今一致していることだろう。隣のアディを見ると先ほどのジト目に若干睨みが入っていた。俺は悪くないだろ。……ないよな?


「仕方ありませんわね。貴方の運命を占って差し上げます」


「こんなやつが占うのか。俺の運命を?」


 俺の運命に失礼じゃないか?


「静かに。タロットは相手を占うものではなく自分を占うものです」


 それはよかった。


 まずはアディが先生の言う通りにカードを並べる。ギリシャ十字。歴史的に見て十字には力がある。特に宗教的意味が強く、こうして受け継がれてきた文化や思想というのは馬鹿にできないもので、人間の深層心理にイメージを刷り込む。象徴などは特に分かりやすい。

 運命カードが自分を選ぶのではなく、自分が運命カードを選ぶ。キリストの正十字は現状、障害、傾向、対応策、結果を示すスプレッド。

 質問内容は心で唱える。アディは一度目を瞑ってカードを五枚並べる。そしてそのうち、現状を示すカードを開いた。

 正位置の「皇帝」。意味は権力・統治。


「なにか言いたいことでも?」


 その通りだと思いました。


「何を占ってるんだ?」


「金運です」


 よく分からないが、すごい納得。


 続いて、俺。スプレッドはケルト十字。こちらも十字である。ギリシャ十字がキリストならケルト十字の方が歴史は古い。最もタロットに歴史的解釈が重要なのかは知らないけど。


 それにしても……質問なんて特にないな。我ながらつまらないものである。金運、恋愛、仕事。どれもしっくりこないんだよな。

 無難なところで、これからの学生生活でも占ってみる。占いと言えば聞こえは悪いが、一応は魔術の授業の一環。やる気でやらなきゃ意味がない。

学生生活、学生生活……と念じながらカードを並べ、そして開く。


「怠慢に力か……」


 腹立たしいことに当たってる気がする。

 一枚ずつ開いて最後の一枚、結果の分かるカードを開く。

 ……これはまたなんとも。リアクションに困る俺の代わりに、アディがふんと鼻で笑う。


「お先真っ暗ですこと」


 ──大アルカナ、死神の正位置。骸骨の騎士は人の絶望を嗤っているようだった。


「ちなみに何を占ったのかお聞きしても?」


「学生生活だ」


「貴方死ぬんじゃない?」


死んでしまうとは情けない……。


「失礼、アナタお名前は?」


 とりあえず占いは信じないと誓っていると、巡回中の先生に捕まった。


「イチロー・ヤマグチです」


「ああ、アナタが噂の。いえ、今はそれよりも。何を占いましたか?」


「学生生活ですが」


「呪術は人の意思と強い関係を持ちます。それを踏まえて、真剣に占いましたか? ちゃんと心を籠めて?」


「そんな料理みたいに言われても。ちゃんと念じはしたと思いますが」


「では……非常によくないものが見えています。大アルカナですから見ればわかるでしょう? そしてほとんどが大アルカナであることも良いとは言えません」


「はあ」


「気を付けてお過ごしなさい」


 気を付けて過ごせと言われても。




「気を付けろって言われても、具体的に言ってくれないとな。抜き打ちテストとかか?」


 ホームルームの終わった教室でそんな話をすると、レンジが「それならイチローは気を付ける必要なさそうだけどね」と笑って言った。


「……先生がわざわざ忠告してくれたというのは、なにか意味があるんじゃないでしょうか」


 オスカーの言葉はもっともなのだが、答えがない問題を解く気にはなれない。


「じゃあタロットで占ってみるか」


「分からないことが一つ増えるだけな気がするけどね」


「……ごめんなさい、僕この後に用事があるから、このへんで」


「そう? じゃあぼくたちも帰る?」


「実は俺も用事がある。先に帰っててくれ」


「オッケー」


 レンジとオスカーに別れを言って、場所を図書館に移す。


 折角なので、と神秘魔術の本を探そうとしたが、文庫のコーナーに寄ったところで「そういえば」と思い出した。「書館司書」と書かれた腕章をつけた生徒を捕まえて聞いてみると、「当然! これがないなんて図書館じゃありませんよ!」と案内される。


「こちらです」


 この本の中からよく見つけるものだと感心しつつ、『ジャックと世界樹の杖の旅』の文庫を受け取る。

一人座りの席に腰を下ろして腕時計を机に置く。内容は短編集で、魔術師のジャックの旅模様が描かれる。


 ──ジャックは魔術で干からびた土地を潤すと、民は喜び宴を開いた。ジャックは村の娘と結ばれ土地を潤し続けたが、楽を覚えた民は畑を耕すのをやめた。やがて魔術でも野菜が育たないほど畑が荒れて、おまえは疫病神だとジャックは村から追い出されてしまう。最後に最愛の女性を求めたけれど、彼女は家族と離れられないと言ってジャックに一輪のアイレンを渡した。アイレンはその地に咲かない花で、ジャックはそれが彼女に教えた魔術で作られた造花だとすぐに分かった。アイレンの花言葉は「今でもあなたを愛しています」。ジャックの生涯でその花が枯れることはなかった。


 ……これのどこに憧れる要素があるんだ? と思ってしまうあたり、ロマンスが足りない。オスカーが原作と児童書を区別してたあたり、結構内容が違うのだろうけれど。


 ──今更だけど、どうしてイチローは魔術師になったの?


 以前レンジに聞かれたことがある。

 それがいったいなんだったか。たいしたことはなかった気がする。自然と成り行きで今ここにいる。それが思い出せないほどに、俺にとって魔術師になるなんてのはなんてことないことだった。


「あ」


 時間に気づいたのは晩鐘が鳴って三回目のことだった。腕時計をポケットに突っ込んで立ち上がる。本棚に文庫を戻して、ポケットからそれを取り出すともう一度確かめる。


 ──十七時に屋上で待っています


 それだけ。差出人も書いていない手紙が俺の机に放りこまれていた。

 恥ずかしながら。こういうのにめっぽう弱いのだ。非日常やサプライズというのは、一瞬であれ自分を特別に感じさせてくれる。


 かつん、かつんと階段を上り、屋上。キャンパスに建物がいくつもあれど、「屋上」と聞いて生徒が指さすのは本校舎の屋上テラスしかない。キャッチボールができるほど広くはない場所で、腰を下ろすための石の出っ張りがあり、弁当などを持ち込んで食べることもできるが、存在ばかり知られているくせに使われるということはあまりないらしい。確かに屋上で弁当なんて少し気恥ずかしい気はする。だからといって、放課後の屋上が恥ずかしくないというわけでもないが。


 腕時計を見る。時刻は十七時三分前。


 かつん、かつんと音が響いた。

 こういうときどんな体勢でいればいいんだ……。扉を見ながら「待ってました!」というのはおかしいし、そっぽを向いているというのもわざとらしい。

ああ、なんかよく分からなくなってきた。

 石段に座る。扉がゆっくりと開くのを迎えて待った。その姿が現れる。


 一目見てヤバい奴だと分かった。


 小柄な背に真っ黒な外套。頭がずっぽり覆われて、陰というよりは闇のような黒で顔は伺えない。ズボンも黒でシュッと細く、全体的フォルムは女性らしく見えるが、なによりその異質さから、まず人間かどうかも怪しい。


「誰だ、おまえは」


 答えはないが、反応はあった。

 身体を左右に揺らすようにこちらへ向かってくる。狭い場所で、大きく三歩も歩けば間合いが詰まる距離だ。思考だけがやけにクリアで、手を振り上げられる瞬間までくっきり見えた。

 それでも、結局、それをどうこうするなど。一介の学生には無理だったのではないかと俺は思う。愚痴ったところでどうなるわけでもないけれど……そう自問自答をした、直後、



 俺の左わき腹を、手が突き刺さるんじゃないかというほど深々と、ナイフが貫いていた。



 熱い。熱い。熱い。

 痛くて、咄嗟に傷口を塞ぐように、俺を突き刺すその手を掴む。

 口の端から声のようなもの(・・・・・・・)が漏れた。たぶん絶叫だったと思う。吐き出すように口が濡れると、やけに暖かい鉄の味がして、血が服とタイルを真っ赤に染めた。

 こんなに人間とは柔らかいものなのか、まさか身をもって体験することになるとは思わなかったけど。

 熱くて、寒い。長いようにも短いようにも感じる。意識が飛びそうになった瞬間、刺さったナイフがぐりんと捻じれて、痛みだけがじゅっと爆ぜた。臓物のどれかがぐちゃぐちゃになって、掴んだ手をあっけなく払いながらナイフが引き抜かれると、水道の蛇口を捻ったようにどぼどぼと血が溢れた。


 ばしゃりと音を立てて膝から崩れる。眠い。通り魔の顔を見るか、いや馬鹿か。まずは止血が優先。白の魔術……間に合うわけがない。


 終わるのか、こんなところで。


 死にたくないとのたまうのは酷く無様でカッコ悪く思えた。生きたいと言っても既に間に合わない。であれば次にやるべきことはひとつ。

 おまえも道連れにしてやる。


 赤の魔術。現象は炎。業火は辺り一帯を呑み込み、それが黒服を焼こうとして……その一切合切が消えた。


 そこでぷつりと意識が途切れる。






 












『──GAME OVER!!』


 何かが聞こえた。



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