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バリロックとリフィーの日常

 ――とある執務室に二人の男と一人の女がいた。



(かしら)、西方貴族が奴隷の販売ルートを作っているようです。現在10人の奴隷が移送されているのを確認しています。如何なさいますか」


「西方か。……まずは販売先の商人の情報を洗え。俺が行くまで先走って西方貴族に手を出すなと現地の者にも伝えろ」


「西方貴族には何も手を打ちませんか?」


「売る先が一つとは限らない。まずは泳がせる」


「お言葉ですが、その間にも獣人族や魔族は……」


「わかっている。だが10人を助けるためにと逸り下手を打てば、助けられたはずの100人も助けられなくなる。今は耐えろ」


「嫌な損得勘定です」


「ああ。それもわかっている。……だが、野盗が商人を襲い10人の奴隷を奪ってしまう……。そんなこともあるという手痛い教訓を貴族や商人に教えてやるのもいいだろう……」


「つまりそれは?」


「バリー、相変わらず遠回しな言い方すら下手ね。素直に野盗に扮してその10人も奪還しろといいなさいな。部下が困っているわよ」


 バリーとは俺の名だ。本名はバリロック・ハーツ。

 大昔にいたご先祖様が残した言葉から取った有り難い名だそうだ。

 見たこともない先祖に有難味を感じるのは難しいが、悪い意味でないならば悪い気もしない。


 俺のことをバリーと呼んだのは黒エルフのリフィー。

 縁あって、共に行動している。


「姉御、通訳ありがとうございます」


 通訳とか言われてしまった。

 深い意味を込めた粋な言い回しのつもりだったが、あまり上手くは伝わらなかったようだ。


「バリーは馬鹿だから仕方ないわ。我慢して付き合ってあげてね」


 理解力が無い部下ではなく、俺を馬鹿だと断定するのは如何なものか。

 一言物申したい。


「いやリフィー……」


「話しかけないで。妊娠したらどう責任取るの」


 俺が話しかけると女子は妊娠するらしい。


「あなたも妊娠しないうちに部屋から出ていきなさい。急がないと奴隷が売られてしまうんでしょ」


 男も妊娠するらしい。


「はい。では急ぎメンバーを集め、奴隷奪還作戦を開始します」


 待て、妊娠の可能性を否定してから行くんだ。


 残念ながら部下はそれ以降何も言わず行ってしまった。


「リフィー……」


「喋らないで。お腹の子が双子になるわ」


 もう妊娠してるのか。しかも喋ると追加されていく設定だ。


 リフィーは普段からこう取りつく島もない女ではない。

 恐らく、今朝方に俺が食べてしまったクッキーの事で怒っているのだろう。


「すまなかった。この通りだ、許してくれ」


 これで何度目かわからない謝罪の言葉と共に頭を深く下げる。


「この通りと言われても、私には愛しいバリーの赤髪にしか見えないわ」


 リフィーはツンとしているかと思うと突然デレる。

 デレを挿みながら普段通りに喋る。

 唐突過ぎてこちらは混乱するばかりだ。

 黒エルフはみんなこうなのだろうか。


「クッキーを食べてしまった事を許してくれないか、リフィー」


「今日は気安く名前を呼ばないで」


 今日はなんだ。


「ではなんと呼べばいい。マイハニーか?」


 外の国の言葉で茶化してみる。


「バリーいい加減にしないと滅茶苦茶に犯すわよ」


 滅茶苦茶お気に召したみたいだ。

 心なしか、褐色な肌が赤みを帯びている気がする。

 相当効いてる。意味不明だ。ちょろすぎる。


「それは困る。まだ仕事中だ」


「なんで困るのよ。犯すわよ」


 仕事中だって言ってるではないか。

 もう怒ってないのだろうか。


「リフィー」


「マイハニーと呼ばないなら殺すわ」


 え、短気すぎない? やっぱまだ怒ってるの?


「マイハニー、西方貴族の領地まで運んでくれないか」


「いやよ。何で私がそんな面倒なことをやらなく、キスしてくれたらやるわ」


 途中で思いついたように意見が変わった感ある。

 しかもキスでいいのか。


「分かった。では準備が出来たら頼む」


 善ではないが急がねばなるまい。


「準備ならいつでもできているわ。ほら、しなさいな」


 そっちじゃないんだリフィー。

 西方貴族の領地へ向かう為の準備であり、キスをするための心構えではない。

 部下との打ち合わせや、持っていく武器や道具の準備だ。


 しかしもう目を瞑って待っているのか。仕方ない。


 席から立ち上がりリフィーにキスをする。


「バリー、何故おでこなの? そういう趣味なのかしら?」


 どういう趣味なんだろうな、それは。


「またあとでしてやるから戦闘の準備を急いでくれ」


 なんだかんだと扱いにくい女ではあるが、リフィーの魔術と弓の腕はこの大陸でも随一だ。

 安心して背中を任せられる。


「してやるなんて随分と偉そうな物言いをするじゃない。何様のつもりか知らないけど、後ろから射られぬ事を祈ることね」


 全く安心できなくなってしまった。


「リフィー、君はいつからそんな子になってしまったんだ」


 初めてリフィーと出会った時は、とにかく震えていた。

 俺から離れず、ずっとくっついていたものだ。


「私は昔からあなたにとって都合の良い女よ」


 どこでそんな言葉を覚えて来た。

 どうせあの耳年増なエルフからだろう。


「そして永遠にあなただけの女よ」


 デレた。


「ありがとう、その気持ちは嬉しいよ」


「気持ちだけではなく体も寄越せと言うのね? 覚悟はできているわ。さあ私を好きなように汚しなさい」


 もうこいつ話を進める気ないだろ。


「また今度な」


 リフィーの銀色に輝く髪を撫でて、俺は部屋を出ようと歩き出す。


「待ちなさい、今ので感じてしまったわ。責任を取ってから行きなさいな」


 そういうことを女の子が言っちゃ駄目です。


「リフィー、君みたいな子を増やさないために急ぎたいんだ」


 リフィーは無表情のまま俺の目を見ている。

 少し強い口調になってしまったので、怯えさせたか。


「私をこれ以上惚れさせてどうするつもり? 私、怖い。どんどん自分の心があなたのものになっていくのが分かる。私の心を返して……」


 怯えてはいたが、見当外れもいいところであった。


 リフィーは素直についてきて一緒に準備を始めてくれた。

 作戦内容の立案。部下への細かい指示。作戦行動にかかる食費と日程の計算。トイレ。

 全て手伝ってくれた。最後のだけは断った。

 ツンケンしているが、何だかんだと俺のために働いてくれる。そういうのところが実に愛しい。


「俺達は先に行ってくる。二人でどうにかなりそうなら、済まないがそのまま終わらせてくる」


「私が立てた作戦の意味がなくなるわね」


 その通りだね。余計な事を言わなきゃよかったね、俺。


「合流は大よそ三日後。早く着く分にはかまわないが、遅れるなよ」


「偉そうに。バリーの持つその権力で屈服させられたいわ」


 部下の前でそういうのやめよ?


「……では行ってくる」




 さて、悪者を成敗しに行くか。

読んでいただきありがとうございます。

「精力が魔力に変換される世界に転生しました」の息抜きに書いていきたいと思っています。

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