10話 決闘で恨みを晴らす (三)
まるで早寝の老人のように午後五時というとんでもなく早い時間にベッドに入ったにも関わらず、目がさえて全く眠れないないまま日の出を迎えてしまった。
明日……いや今日が商品の受取日なせいだ。
まるで遠足前日の子どものようだと自分でも思うが、楽しみなものは楽しみなんだから仕方がない。
このままベッドに横になり続けていても恐らく眠れないだろうから、気分転換にダンジョンの探索へ向かうことにした。
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遠くから鶏の鳴く声が聞こえてくる。
そんな朝早い時間だというのに、中央通りには露店で買い物を楽しむ人たちがあふれていた。
値引き交渉をする人々の声があちこちから聞こえてきて、この都市が活気に溢れていることを改めて実感する。
そんな人たちを横目に、俺は中央通りを走り抜け迷宮へと向かった。
もう五度目となり、すっかりおなじみとなった迷宮を、地下四十階から潜り始め、魔物どもを蹴散らしながら進む。
まるで早朝ランニングをしているような清々しさを感じながら、迷宮を奥へ奥へと突き進む。
しかし、歯ごたえがなさすぎて昼前には地下五十階のチェックポイントを見つけてしまった。
敵が弱すぎるせいで、こちらの世界に戻ってきてから一度もレベルアップしていないから正直物足りない。
だけど、さすがに今から地下六十階を目指していては約束の時間に遅れそうなので、今日の探索を中断し街へと戻ることにした。
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昼の中央通りは朝以上に賑やかだった。
いや賑やかという言葉では生ぬるい。
ざわざわとした人々の話し声や怒号、そして悲鳴に満ちていた。
ん? 悲鳴??
「やだー! おねえちゃーん、たすけてー」
「妹から手を離してください!」
「悪いようにはしないからこっちに来るんだ」
どこかで聞いたことがある声がした。
よく見ればソフィアだった。
ソフィアと小さな女の子が、ここからでは顔は見えないがどうやら少年とその取り巻き連中と揉めている。
状況的に考えて、偉そうな態度のあの少年が手下に小さな女の子を誘拐するように命じたのだろう。
見て見ぬふりをすることなど絶対に出来ない。
なぜなら、ソフィアたちからはまだ代金を受け取っていないからだ。
もし、彼女になにかあってはパンツが受け取れない。
とりあえず近寄って事情を聞かねば。
「ソフィアさん、なにかお困りですか? 正当な対価をいただけるならお手伝いしますよ。フェアトレードこそ俺のモットーですから」
「あなたは……。実は、この貴族様が妹を連れ去ろうとしているんです」
「おいおい、僕は貴族なんかじゃないよ。正確には王族さ。それもコマ王国の王太子。そこらの貴族と一緒にされちゃ困るよ」
そう言いながらこちらを振り向いた偉そうな少年の顔は、若いころの糞結界士にそっくりだった。
他人を見下すようなふてぶてしい態度までそのままだ。
見ているだけでぶん殴りたくなってくる。
ただ、あの頃の糞結界士よりも幾分若い。
たぶん、十四歳程度だな。
「ソフィアさん、つまりこの馬鹿を追っ払えばいいんですね? あんな田舎王国の身分を笠に着るような雑魚とその手下が相手ですから、今回は無料でいいですよ」
半分以上は俺の私怨だ。
対価を受け取る訳にはいかない。
「馬鹿め……!! たかがならず者を少しばかり倒したからといって調子に乗りやがって。お前たち、そこの愚民に王国の騎士との格の違いを教えてあげなさい」
「「お任せください」」
俺の挑発に、糞結界士の息子は顔をひくつかせながらも冷静な風を装って手下にそう命じた。
命じられた手下は、けっこう腕が立つように見える。
王太子の護衛を務めるだけあって、騎士としてはかなり優秀なようだ。
並の兵士では、十人がかりでも倒せないだろう。
だが明らかにザハールの奴よりも格下だ。
その程度の相手に俺が負けるはずがない。
「小僧、身の程知らずに口をだしたことをたっぷりと後悔させてやる」
「悪ガキにしつけをするのは大人の義務だからな」
実力差も測れずに、そう言って俺に向かってくる手下たち。
……数秒後。
「うぅ……」
哀れな手下その一は、右脚がありえない方向に曲がって呻いていた。
哀れな手下その二は、左脚がありえない方向に曲がって呻いていた。
たかが足を一本折られた程度で戦意を喪失するなんて、護衛失格だな。
修羅場をくぐり抜けた経験がなく、ぬくぬくと一方的に弱い相手をいたぶったことしかないのであろう。
あらためて見ると、糞結界士の息子は表情を取り繕うことも出来ずに真っ青な顔をして震えていた。
修羅場の経験が無いのはこいつも同じか。
まあよく考えて見れば、糞結界士の息子とはいえ直接的な恨みがあるわけでもない。
とりあえず、足を三本折る程度で許してやるか。
そう思っていたその時。
「待ちな」
その男は突然現れた。
奴の周りだけ空気が震えているような気がする。
圧倒的な存在感と威圧感。
雑魚などではありえない。
そして、決して忘れることの出来ないあの顔。
無精髭に爽やかな笑顔。
「お前は、ユーイン……」
俺は思わず声に出してしまった。
「お、小僧。俺のことを知っているのか?」
迂闊だった。
初対面の相手が自分のことを一方的に知っていたら誰だって用心するに決まっている。
しかし。
「もしかして俺のファン? 有名人はつらいぜ」
ユーインの奴が、照れくさそうに鼻をかいた。
そうだった。
こいつはこういう奴だった。
短気で頭がお花畑な脳筋。
ああ、こんな奴にまで騙されるなんて、前回の俺は本当に馬鹿だった。
まぁ、今更過去の自分の馬鹿さ加減を嘆いても仕方がない。
それよりも、今はこいつをどうするかだ。
冷静に奴の身のこなしや周囲に漏れ出す魔力を探ってみると、奴が昔と比べてそれほど成長していないことがわかった。
ならば一対一でこの脳筋に負けるはずがない。
だけど、ここで全力を出して奴を倒せば、俺の正体がバレる可能性がある。
こいつを倒せる程の猛者はこの世界にはそれほど多くはないだろうしな。
だからここで直接倒してしまうと今後の行動に支障が出るかもしれない。
さて、どうしたものかと悩んでいると……。
「ユーイン、さっさとそのガキをやってしまえ」
声のした方を見れば、糞王子の顔に赤みが戻っていた。
奴はユーインの登場で、自分たちが圧倒的な有利な立場になったと思っているのだろう。
……戦うしかないか。
そう、決意したその時。
ピー!
ピー!
ピー!
笛を鳴らしながら近づいてくる一団があった。
恐らくこの街の衛兵だろう。
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