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命名


「ヒノカ、私はニアを手伝ってくるねっ! あなたはフレアさんの側にいてあげて!」

 「……え? 莉乃っ!? ちょっと待っ……」


背後から届くヒノカの声を振り切って、私は懸命に治療を続けてくれているニアの元へと急いだ。


散乱する瓦礫や家屋の残骸を縫うようにして、私は一心不乱に駆け抜けていく。

 喉を焼くような煙の中を突き進むと、懸命に治癒魔法を振るうニアの背中が視界に飛び込んできた。


行く手を阻むぬかるみさえも華麗に躱し、私は無駄のない一直線の動きで、彼女の元へと駆け寄る。


「ニア、お待たせっ! ごめんね。一人で大勢の治療を任せちゃって」


息を切らせて飛び込んできた私に、ニアは驚いたように肩を揺らした。


「……っ! 莉乃さんっ! ……重症の方は、なんとか治療を終え、みなさん一命を取り留めました。ですが……」


ニアが沈痛な面持ちで視線を落とした先には、すでに息絶えてしまった竜人族たちが、物言わぬ姿で横たわっていた。


鼻を突くのは、くすぶり続ける木材の焦げ臭さと、拭い去れない生々しい血の匂い。

 けれど、私は弱音を吐く代わりに、自分の頬を両手でバシッ! と叩いて気合を入れ直した。


「……ニア。命を救えた人たちだって、こんなに大勢いる。今はみんなの治療に専念しよう?」


足元から這い上がってくるような重苦しい空気を振り払うように、私はいつもの明るいトーンで、ニアに笑顔を向けた。


「莉乃さん……そうですよね。いまは一刻も早く、みなさんの苦痛を取り除いて差し上げましょう」

 「……っ! うん! ニアならそう言ってくれるって私、知ってた!」

 「ふふっ、『知ってた』って。なんですか、それ。……でも、あとがとうございます」


(よかった。ニア、いつも通りの笑顔が戻ってきてる)


私たちは二人で協力し、治癒魔法で適切な処置を施しながら、次々と傷ついた竜人族たちの元へと向かい治療を続けていく。

 瓦礫の隙間や広場の隅々まで、救いを求める声がある限り、私たちは足を止めることなく癒やしの魔法を届けていった。


「……ふぅ。いまの子で最後だよねっ?」

 「はい! 莉乃さん、本当にお疲れ様でしたっ!」


額に滲んだ汗を拭いながら、ニアが満面の笑みでそう答えてくれた。


そんなときだった。


――キィィィィンッ!


鼓膜を刺すような鋭い音と共に、私の足元から白銀の光が溢れ出した。

 その閃光は生き物のように地を這い、複雑な魔術式を描く刻印を次々と地面に刻み込んでいく。

 私の意識に呼応して激しく脈打つ紋章は、一気にその輝きを広げ、瞬く間に辺り一帯を眩い光で包み込んだ。

 光の渦が収束するのと同時に、その中心から、五体の騎士たちが音もなく浮かび上がってきた。

 現れた騎士たちは、全員が片膝を突き、拳を胸に当てて深く頭を下げている。

 微動だにせず控えるその姿は、凛とした美しさと、周囲の空気を支配してしまうほどの威圧感を放っていた。


「わっ!!! びっくりしたっ!!!」


あまりに突然の事態に、私は情けない声を上げてその場からバッと飛び退いた。

 隣にいたニアは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。


(……そういえば、この子たちのことすっかり忘れちゃってた……。え、どうしよう? さっきの召喚に何か重い代償が必要になるとかだったら、一気に大ピンチじゃん……っ!)


そんな、いかにもゲーム脳な妄想で頭を埋め尽くしていた私。その視線の先で、五人の騎士を代表するように、先頭の一人が深く下げていた頭をゆっくりと持ち上げ、静かに口を開いた。


「広範囲での偵察を行いましたが、魔族の残党はいないと思って頂いて問題ないかと。どうか、ご安心下さい」


耳に届いたのは、凛とした、透き通るような女性の声だった。


騎士たちは全員、傷一つない白銀の甲冑で全身を隙間なく纏っている。頭部を完全に覆う兜まで装着されているため、表情はおろか性別さえ判別できない状態だった。

 だからこそ、白銀に輝く兜の奥から響いたその声に、私は真っ先に驚きを露わにしてしまった。


「えっ?!!! あなた、女の子だったのっ?!!!」


私の絶叫が静寂を切り裂いた瞬間、整然と並んでいた騎士たちが一斉に、その身体をビクッと大きく跳ねさせた。


「はいっ! 我ら五名、主である莉乃様の『究極召喚』によって生み出された兵士にございます。召喚兵は術者のイメージを反映して形作られます。ですので、性別としては五名全員が女性となっておりますが、我らの場合、男女による力の差や能力の差が出ることはございませんので、どうかご安心ください」


「きゅ……究極、召喚………」


隣でニアがその言葉を信じられないといった様子で呟き、ぷるぷると震え出している。

 私はそんな彼女の様子をみて、自分がまた、なんかバケモノじみた召喚魔法を使っちゃったんだろうなと確信をした。


そんな確信を抱きつつも、私は改めて目の前にいる彼女たちを見据えた。


「ねぇ――みんなの顔、見せてくれる?」


私がそう呼びかけると、彼女たちは迷うことなく、一斉に兜に手をかけた。カシャリ、という硬質な音と共に、白銀の兜が取り払われる。


――正直、自分の目を疑った。


現れたのは、五人全員がメインヒロインを張れるほどの、眩いばかりの美女たち。


自分の深層心理が、これほどまでに『美人なお姉さん』を熱望していたのか。その事実を突きつけられたようで、なんだか猛烈に恥ずかしくなってきた。


隣にはニアもいる。彼女が今、どんな目で私を見ているのか。そう思うと羞恥心で、とてもじゃないけれど横を向けそうになかった。


(でもさ、昔から『美人で強いお姉さんキャラ』が大好きだったんだから仕方ないよね!? 私の深層心理、グッジョブだよ!)


私は心の中で必死に――そして開き直り気味に言い訳を並べ立て、ようやく目の前の輝かしい光景に視線を戻した。


「みんな、助けてくれてありがとう! あなたたちが来てくれたから、救えた人たちが大勢いるよっ! それに、こんなに美人で最強なんて……。ほんっと、もう……最高っ!!!


まっすぐな称賛を贈ると、彼女たちはどこか誇らしげに、その美しい表情をふわりと綻ばせた。


「あっ、私の名前……は、もう知ってるみたいだから。あなたたちの名前を教えてくれる?」

 「いえ、名はこれから、我らの主である莉乃様に授けていただく形になります」

 「えっ!! ほんとっ!? 嬉しいっ!!……でも、一生ものだし、責任重大だよね。……うーん。でも、こういうのって直感が大事って言うし……」


私が一人で唸りながら百面相をしている間も、騎士たちは跪いた姿勢を一分の隙もなく保ったままだ。

 兜を脱いだ彼女たちの瞳は、期待に満ちて爛々と輝いている。その真っ直ぐで熱い眼差しが、私の全身を射抜くように注がれている。


(……うっ、本当に全員が美人すぎる。やばい、心臓がもたない。なんか、めっちゃ緊張してきたかも……っ!)


ドクドクと速まる胸の鼓動。手のひらに滲んだ汗を裾で密かに拭い、私は必死に平静を装った。


跪き、私を仰ぎ見る彼女たち。その一人ひとりの顔を正面から見据えたとき――。

 脳裏をかすめた直感に従い、私は彼女たちの『一生もの』となる名を授けることに決めた。


「みんな、とりあえずその姿勢のままだと私が余計に緊張しちゃうから、普通に立ち上がってくれる?」


私が軽い気持ちで声をかけた瞬間、まるで厳格な号令でもかかったかのような速度で、五人が一斉に立ち上がった。


ガシャッ――!

 重厚な白銀の鎧が擦れ合う音が重なり、鋭い一音となって響き渡る。


「……わっ、すごい……っ!」


至近距離で浴びる本物の騎士たちの迫力に、思わず感激の声が漏れる。

 私は彼女たちの忠誠に敬意を示すべく、スッと背筋を伸ばした。凛とした足取りで、彼女たちの元へと一歩ずつ歩み寄っていく。


「じゃあまずは……最初に代表で話してくれた、あなたから」


私は名を与える相手の正面に立ち、その瞳を真っ直ぐに見つめた。

 対する彼女は一瞬だけ喉を震わせ、深い忠誠と共に、その言葉を紡いだ。


「はっ、身に余る光栄にございます。……謹んで、拝命いたします!」


彼女は、燃えるような赤髪をなびかせ、凛とした表情で私を仰ぎ見た。

 年齢は私より少し上、二十代半ばほどの落ち着いた容姿。すらりと伸びた長い手足に、百八十センチはありそうな高身長。

 しなやかな肢体からは、一目で強者だとわかる圧倒的な威圧感と、肌を刺すような覇気が滲み出している。見上げる私との圧倒的な体格差も相まって、彼女が纏う空気はどこまでも神々しく、美しい。


(真面目で、常に冷静な判断ができるリーダータイプだよね。……うん、間違いない)


私のゲーマーとしての直感が絶対に『そうだそうだ!』と、脳内で激しく拳を突き上げている。


「名前は『リーザ』そして、このチームの隊長を任せたいのだけど、どうかな?」


「最高の名と名誉を授けて下さり、ありがとうございます!――この名に恥じぬよう、主の剣となり、盾となることをここに誓います!」


一分の迷いもない、鋼のような決意がこもった声。


リーザは再び胸に手を当て、深く、一糸乱れぬ所作で騎士の忠誠を捧げた。その燃えるような赤髪が、彼女の覚悟を映すかのように静かに揺れている。


「気に入ってくれたみたいで、よかった〜! これからよろしくね、リーザ!」


これ以上ないほど頼もしい彼女の言葉に、私は心からの微笑みを返した。それから、リーザの隣に控える騎士の前へと歩み寄る。


「お待たせ! 次は、あなただね!」


次に目を向けた彼女は、透き通るような金髪を揺らしていた。サロンのカラーリングでは決して辿り着けない、光そのものを編み込んだような本物のブロンドヘアー。


容姿は私と同じくらいの年齢に見えるけれど、そもそも彼女たちに『年齢』という概念など存在しないのかもしれない。そんな思考さえどうでもよくなってしまうほど、そこには圧倒的な『美』が君臨していた。


身長は私と同じ、百六十センチ後半。笑顔が似合う、柔らかでふんわりとした佇まいの持ち主だ。

 ……けれど、その身から溢れ出す闘気は、一瞬たりとも緩んでいない。隙のない立ち姿からは、彼女が本物の騎士であることが痛いほど伝わってくる。


(普段はふんわり癒やし系なのに、戦場ではその瞳の色をスッと変え、容赦なく敵を制圧する……。くうぅ、これぞ王道のギャップ萌え……っ! 私の理想がこれでもかってくらい凝縮されてる……っ!)


「あなたの名前……『リリーネ』は、どうかな?」


私の問いかけに、彼女はパッと表情を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございますっ! すっごくかわいくて、もう気に入っちゃいました!」

 「えぇ〜〜〜?!! めっちゃかわいい〜〜っ!! リリーネ、これからよろしくねっ!」


凛々しいリーザとはまた違う、年相応の女の子らしい反応に、私のテンションは一気に跳ね上がった。

 弾むような足取りで、私はさらにその隣――三人目の騎士の正面へと歩み出る。


「お待たせ〜! 次は、あなただね!」


三人目の彼女は、肩より少し長い艶やかな黒髪を揺らした。前の二人とは趣が異なり、私と同じ日本人のルーツを感じさせる端正な顔立ち。立ち姿一つとっても、高貴な家柄の「淑女」を思わせるような気品が漂っている。


年齢は二十代半ばほど。身長は百七十センチ前後と、私より少し高い。

 優しく微笑んではいるけれど、その瞳の奥には、火傷してしまいそうなほどの熱い忠誠心が宿っている。こんな美人にここまで熱い眼差しを向けられたら、正直、ドキドキしすぎて心臓がもたない。


(ニアにデレデレしてるのがバレないようにしなきゃ……っ!)


「あなたの名前……『結月ゆづき』は、どうかな?」


私の問いかけに、彼女はそっと伏せていた睫毛を上げ、深く、優雅な一礼を返してくれた。


「とても光栄です。素敵な名をありがとうございます、主様」

 「……よ、よかったっ! よろしくね、結月!」


どこまでも落ち着いた、綺麗な声色。その圧倒的な大人の包容力に、私は言葉を失い、ただただ圧倒されてしまった。

 危うく顔を真っ赤にして見惚れてしまいそうだったけれど、なんとか主としての矜持で気を取り直す。私は内心の動揺を振り切るようにして、四人目の騎士の前へと歩を進めた。


「お待たせっ! 次は、あなただね!」


四人目の彼女は、五人の中で最も長いアッシュグレーの髪を揺らした。

 ニアの輝く銀髪とはまた趣の異なる、しっとりと落ち着いた、淡く気品のある色合い。


全身から溢れ出しているのは、これでもかというほどの慈愛のオーラだ。見つめているだけで、心が蕩けてしまいそうな温かさ。

 それはまさに、私が理想として描き続けた『お姉様像』そのものだった。


二十代前半ほどの容姿に、百七十センチ前後のしなやかな背丈。

 そこに佇んでいるだけで周囲を浄化してしまいそうな、聖女のごとき清廉な雰囲気を纏っている。


けれど、この優しいオーラを全身に纏ったまま、戦場では魔族の首を一撃で撥ね飛ばす……。


(……絶対に、怒らせちゃいけないタイプだ……。失礼のないように気をつけよう……)


私の本能が激しく、そう警鐘を鳴らしていた。


「あなたの名前……『サーシャ』は、どうかな?」

 「ありがとうございます。精一杯、お務めさせていただきますね♡」


首を少し傾けて、ふわりと微笑むサーシャ。語尾にハートマークが見えるような完璧な笑顔なのに、なぜか背筋に冷たいものが走る。


「……あ、ありがとう! 期待してる。よろしくね、サーシャ!」


私は引きつりそうになる顔の筋肉を必死に動かして、なんとか笑顔を保った。そのまま、最後に残った一人――五人目の騎士の正面へと歩み寄る。


最後の一人を迎える高揚感と、四人とはまた違う『確かな気配』に、なぜだか期待に胸が高鳴った。


「お待たせっ! いよいよラストだ〜! 最後は、あなただね!」


正面に立つ彼女は、他の四人と比べると短めのボブカット。アニメから飛び出してきたかのような、色鮮やかなピンクの髪をふわりと揺らした。


五人の中で唯一、私より年下に見える。圧倒的な萌え……いや、無条件に守ってあげたくなるような『妹タイプ』の雰囲気を全身に纏っている。


(……うっ、私。こんな未成年みたいな女の子を呼び出しちゃうなんて……。なんか、罪悪感が半端ないんだけど……。で、でも……可愛いは正義だから……っ!)


そんな心の声が表情に漏れてしまわないように、私はグッと気を引き締めた。


身長は百六十センチ前後と、私より少し低い。その愛らしさは、まさに妹属性の塊。

 けれど、彼女の小さな身体からは、周囲の空気をピリつかせるほどの鋭い闘気が溢れ出していた。


(……この子、見た目に反して、もしかしたら五人の中で一番の武闘派かもしれない……!)


私はごくりと喉を鳴らし、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「あなたの名前……『ミレイ』は、どうかな?」


「ミレイ……! 最後だったので、呼ばれるまで少しドキドキしちゃってました。素敵な名を授けてくださって、ありがとうございます、ご主人様……あっ……」


ミレイはぱっと顔を輝かせたけれど、言い間違いに気づくと、小さな手で口元を覆って頬を赤く染めた。


「……り、莉乃様とこれからご一緒できるのが、とっても楽しみです。よろしくお願いしますっ!」


(……くっ! めちゃくちゃかわいい。完全に理想の妹キャラじゃん。守りたい、その笑顔……いや、私が……私が全力で守ろう……!)


溢れ出す闘気さえも『元気な証拠』に見えてくるほどの可愛さに、私の理性はもはや崩壊寸前だった。


「あ……ありがとう。よろしくね、ミレイ!」


私が五人に名を授け終わるのと同時に、弾けるような眩い光が彼女たちの全身を包み込んだ。


――パァァァァッ!


魔法陣が発動する時のような眩い光と聖なる音が共鳴して響き渡り、私の視界は真っ白に染まった。

 やがて光が細かな粒子となって空へ溶けるように消えていくと、ざわめきが嘘のように引いていき、あたりに心地よい静寂が戻ってきた。


視界がクリアになると、リーザが静かに一歩、前へ踏み出した。


彼女が握り締めた拳を左胸に添えて姿勢を正すと、他の四人もそれに続く。甲冑が軋む音さえも一つに重なるほど、見事に揃った所作で全員が一斉に背筋を伸ばした。


それは、真の主にのみ捧げられる、揺るぎない忠誠の証。


(……わっ、すごい……!!! まさか私がこれを受ける側になるなんて。……なんか、めっちゃ感動~~……っ!!!)


隣にいるニアは変わらず、先ほどからずっと言葉を失ったまま。信じられないものを見るような目で、私たちのやり取りをただ静かに見守っていた。


「莉乃様、これ以上ない素敵な名を授けてくださり、感謝いたします! 我ら五人、この時より、莉乃様の正式な召喚兵として覚醒いたしました!」


代表して口を開いたリーザの声には、先ほどまでとは何かが決定的に違う、確かな『魂』が宿っている。


「名を授かったことにより、魔力の増幅、および身体能力が飛躍的に向上いたしました。我ら五名、この身を賭して莉乃様の盾となり、矛となることを誓いますっ!」


「えっ?!! さらに強くなったってこと??? エグすぎ……。なんかもう、すでに最強のチームができちゃった感、凄くない? ねえ、ニア?」


興奮のあまり、無邪気に隣へ問いかける。すると、肩をビクッと跳ねさせたニアが、生まれたての小鹿のようにぷるぷると身体を小刻みに震わせながら口を開いた。


「……え、ええ。騎士の皆さん一人ひとりから放たれる、魔力や闘気のせいでしょうか。空気がひどく濃密で……。私は頭がクラクラしてしまって、いまにも倒れてしまいそうです……」


見れば、ニアの瞳は本当にぐるぐると回っていて、身体をゆらゆらと揺らしている。


「ニア、大丈夫? ほら、私にしっかりつかまって!」


私は彼女の腰に手を添えて、ぐいっと自分の方へ引き寄せる。そのまま私の身体にぴったりと密着させ、固定する。


「……なっ、莉乃さんっ?!! みなさんの前で……何をするんですか?!?!」

 「え? 何って、ニアがふらふらしてたから支えてるだけじゃん?」

 「そっ、そういうことを言ってるんじゃありません……っ」

 「どういうこと?? もっと私にもわかるように説明してくれなきゃ……」


私たちのそんなやり取りを、騎士たちは凛とした立ち姿のまま、慈愛に満ちた眼差しで微笑ましそうに眺めていた。


「……話の途中だったのに、ごめんね。ねえ、リーザ。みんなって、どのくらいの間、戦闘を続けられるの?」


(ゲームだったら『MPが切れるまで』とか『召喚解除するまで』とかが主流だと思うけど……この世界ではどうなんだろう?)


問いかけを受けたリーザは、四人と一度視線を交わし、短く頷き合う。

 それから、意を決したように私を真っ直ぐに見つめると、覚悟の滲む声で静かに口を開いた。


「莉乃様。我らはあなた様に、命、そしてこの身体を与えて頂きました。一時的な召喚や顕現ではなく、この肉体と魂が尽きるその時まで、何度でも……。あなた様をお守りし続けます」


リーザの言葉には、一切、迷いがなかった。私を見つめる強い瞳が、その誓いがただの言葉ではないことを物語っている。


「……えっと、つまり……みんなも私たちと同じ、この世界の住人になったってことでいいのかな?」


「はいっ! そのように解釈していただいて、問題ないかと思います」


リーザは力強く頷き、どこか誇らしげに胸を張った。


(説明、めちゃくちゃ端折っちゃったけど、ちゃんと伝わってよかった~~っ!)


その後、私たちは一度その場に腰を下ろし、みんなで輪になって詳細な確認作業を行った。


彼女たちの身体は人間と遜色なく、傷を負えば赤い血が流れ、痛みも感じる。ただ一つ違うのは、彼女たちは決して『老いない』ということ。その容姿や肉体は、どれほど長い歳月が流れても変化することはないのだという。


けれど、召喚者である私が命を落とせば、彼女たちもまた、この世界から跡形もなく消滅してしまう。


つまり、彼女たちの魂は、私自身の命と直結しているってことだ。


(……結構、責任重大だよね。私の心臓の音が、彼女たちの鼓動そのものなんだから。もちろん、そう簡単に殺られるつもりなんて、さらさらないけど……!)


「じゃあ、みんなも普通にお腹が空いたり、喉が渇いたり……あ、あと眠くなったりもするんだよね?」


私の問いかけに、リーザが代表して首を横に振った。


「あ、いえ。食事や睡眠が取れないわけではないのですが、必須ではありません。莉乃様が眠りにつかれている間は、私たちが万全の体制でお守りさせていただきますので、どうぞご安心ください」


リーザは凛とした微笑みを浮かべ、一点の曇りもない忠誠心を言葉に乗せる。他の四人も当然だと言わんばかりに深く頷いた。


「えっ? そうなの? それはすごく助かるけど……でも、みんなはいま召喚されたばかりだから、まだ一度も食べ物を口にしたことがないんだよね?」

 「……はい。おっしゃる通りです」


「じゃあ、いますぐって訳にはいかないけど、食事をする機会をちゃんと作らなきゃだねっ! ご飯はみんなで食べた方が、きっと美味しいし!」


私が満面の笑みで告げると、騎士たちは一瞬、不意を突かれたように瞳を潤ませた。それから、零れそうな想いを噛みしめるように、とても嬉しそうに表情を和らげた。


私に支えられていたニアも、ようやく落ち着きを取り戻したみたいだ。強張っていた肩の力がふっと抜け、その横顔には、柔らかな笑顔が戻っている。


「よしっ! じゃあまずは、この状況をみんなでなんとかしなきゃだねっ!」


私のその言葉に、全員が力強く頷いてくれた。


「ねえ、ニア。聞きたいことがありすぎて上手く纏まらないんだけど……魔法って、どんなことまで可能なの? その……亡くなった人たちを、弔ってあげられるような魔法……なんてものも、あるのかな?」


さっきまでの明るい声とは違う、低く真剣な響き。

 彼女は、私の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、静かに口を開いた。


「今回の……このような形で、命を落としてしまった方々の魂は、この場に留まり続け、やがて『魔物』へと変質してしまいます。自我を持たず、生者を襲うだけの悲しき怪物に……。そうさせないための『浄化魔法』は存在するのですが……」


ニアはそこまで言って、一度言葉を詰まらせた。


「……ニア? 私、覚悟はできてる。だから、全部話してくれないかな?」


震える彼女の手をそっと包み込み、その瞳を真っ直ぐに見つめて告げる。ニアは小さく頷き、消え入りそうな声で続けてくれた。


「魂を浄化する際、術者への『干渉』が起きます。……命の灯が消える間際、その方が最期に見ていた光景が、剥き出しの感情とともに術者の頭の中へ流れ込んでくるのです。……その絶望を何度も、何度も繰り返し体験するうちに、自身の心を病んでしまう魔法使いが後を絶たないと、母から聞いたことがあります……」


ニアは語りながら、大粒の涙をボロボロと零していた。

 私はそんな彼女を、迷わずぎゅっと抱きしめる。腕の中で小さく震える背中を優しくさすりながら、勇気を出して、最後まで想いを届けてくれたことへの感謝を、耳元で静かに囁いた。


「ニア。話してくれて、ありがとう……」


その言葉に呼応するかのように、あの光り輝く魔導書が、何もない虚空から音もなくその姿を現した。


意志を持つかのようにパラパラとページが捲られていき、止まった場所には、浄化魔法の手順とその『詠唱』が刻まれている。


私はニアを腕に抱いたまま、その内容を素早く読み取った。

 すべてを理解した私が小さく頷くと、本は役目を終えたかのように光の粒子へと解け、淡い光の名残だけを残して消えてしまった。


浄化魔法を発動させる条件――。

 それは、亡くなった人たちが横たわっているこのエリア一帯を、巨大な魔法陣で丸ごと包み込み、祈りを込めて『クレイズ』と詠唱すること。


広域に及ぶ術式の展開は、並大抵の魔力では到底成し得ない。一歩間違えれば、術者自身の生命力までをも根こそぎ枯渇させかねない。それは、底の知れない魔力の行使を必要とするものだった。


けれど、私の意識はなぜかその膨大な魔力の行使ではなく、もっと別の『違和感』へと引き寄せられていた。


――今まで、魔法を発動させるのに『詠唱』なんて、必要なかったはずだ。


でも、その記憶は『本当に』正しいのだろうか?


私は、この世界に来て初めて魔法を放った瞬間のことを、必死に手繰り寄せようとした。あの時の自分は、ただ『イメージ』しただけだったはず――。


(……あれ? どうして……。なんで自信を持って『そうだった』って言い切れないんだろう……?)


記憶の霧の向こう側で、誰かが唇を動かしている。


本当は、自分でも気づかないうちに、何らかの言葉を『呟いて』いたのではないか。そんな、根拠のない、けれど確信に近い違和感が背筋を撫でていく。


頭の理解が追いつかない。自分の記憶が自分のものではないような、不思議な感覚。


(自分のことなのに、どうしてこんなにも、わからないんだろう……。でも、今は、それどころじゃないよね)


救えなかった命。

 けれど、亡くなった人たちの「心」を救う術は、確かに私の手の中にある。

 

 それを知ったとき、私の心はもう、迷いなく決まっていた。



第6話、読んでいただきありがとうございました!


もし少しでも「続きが気になる!」と思って下さった方は、下にある【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、作者の心のステータスも徐々に上がっていくかと思います。何卒っ!


次回は「癒やしの光」です。よろしくお願いします!


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