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第40話 凛VS澪 優里先輩VS斗真

「次、凛と澪さんグループ」


 伊藤の声が演習場に響く。


「はいっ!」


 間髪を入れず、澪が勢いよく手を挙げた。


「やります! 暗殺します!」


「物騒な発言はやめなさい」


 凛が間髪を入れずにツッコミを入れる。


「これは健全な部活よ」


「健全な暗殺です!」


「矛盾が渋滞してるわね……」


 深々とため息をつく凛とは対照的に、澪はすでに全身の神経を研ぎ澄ませていた。


 姿勢を限界まで低く落とし、重心を前方へ。

 その鋭い眼光は、さっきまではしゃいでいた少女と同一人物とは思えないほどだ。


「始め!」


 合図が下りた瞬間――澪の姿が霧のように掻き消えた。


 一歩遅れて足元から砂煙が舞い上がった。

 圧倒的な初速。

 しかも一直線ではなく、ジグザグに視界を揺さぶりながら詰め寄ってくる。


 だが、凛は動かない。

 いや――あえて『動かない』のだ。

 最小限の視線移動だけで、急速に接近する気配を捕捉している。


(読んでる)


 次の瞬間、澪の影が凛の死角――真背後に滑り込んだ。


(もらった!)


 無防備な首元へ振り下ろされる手刀。

 しかし、凛は振り向きもしない。

 一歩。

 そのまま後ろへ踏み込み、自らの体重を相手の体勢へ預けた。


「えっ!?」


 不意を突かれ、澪の姿勢がわずかに揺らぐ。

 その隙を逃さず、凛は最短軌道で後方へ肘を叩き込んだ。


「っ!」


 紙一重で回避し、空を切る髪。


「こわっ!?」


「自分から飛び込んできたんでしょ」


「それはそうですけど!!」


 一度距離を取った澪は、荒い息を吐きながらもその瞳に熱を宿していた。


「いいですね……!」


 にやりと笑う澪に対し、凛もまた構えを一段低く落とし、手のひらを開く。


(――来る)


 再び弾けるように動き出す澪。

 今度の軌道は一直線。

 フェイントを削ぎ落とした、純粋なトップスピードの踏み込み。

 狙うは――顎への一撃。


 ――その瞬間。


 凛の腕が滑らかに絡みついた。

 衝撃を受け止めるのではなく、勢いをそのまま側方へと流す。


「え?」


 崩れたバランス。そこへ容赦なく凛の足払いが叩き込まれた。


「うわっ!?」


 迫る地面に対し、澪は空中で器用に身体を捻って着地し、転がりながら瞬時に起き上がる。


「今のズルくないですか!?」


「技術よ」


「ズルの言い換えです!」


「負け犬の遠吠えね」


「まだ負けてません!」


 低空から足元を薙ぎ払う滑り込み。


「取ります!」


「遅い」


 凛は素早く足を引くと同時に、上空から鋭い膝を叩き落とした。


「っ!」


 両腕で防いだものの、腕骨を揺らすような重い衝撃。


(やば……!)


 スピードだけではない。打撃の「重み」の次元が違う。

 その一瞬の硬直を、凛が見逃すはずもなかった。一気に懐へと潜り込む。


「――終わり」


 肩を捉え、軸を崩し、完璧な軌道で投げ打つ。


「うわぁぁぁぁ!」


 重い落振音とともに砂煙が舞った。


「……っ、いったぁ……」


 地面に大の字になって天を仰ぐ澪。しばしの静寂。


「うぅ……参りました。先輩、強すぎます」


「素直ね」


 凛の口元がわずかに綻ぶ。


「でも、いい速さだったわよ」


「ほんとですか!?」


 一瞬で表情を輝かせる澪。


「はい! もう一回やります!!」


「元気ね……」


「さっきより速くなりますから!」


「それは遠慮したいわね」


「なんでですか!?」


「疲れるから」



「今の凄かったな……」


 斗真が感心したように呟く。


「完全に相手の動きを読み切ってた」


「ああ」


 俺も同調するように頷いた。

 知識ではなく、何度も修羅場を潜り抜けて体に染み込ませた本物の経験値だ。

 気配を察したのか、凛がちらりとこちらに視線を向けてくる。


「……何」


「いや、強いと思ってな」


「知ってる」


「即答かよ」


「あなたほどじゃないけど」


「そこ比べるのはやめろ」


「事実でしょ」


「否定はしないけど」


「しなさいよ」


「無理」


「でしょうね」


 軽口を叩き合う二人の横で、澪が一人でテンションを上げていた。


「楽しいですね、これ! 殴られるのも!!」


「物騒な発言に戻ってるわよ」


 さすがの凛も若干引き気味にツッコミを入れた。


 =======================


「次、斗真と優里先輩グループ」


「お、来たな」


 斗真が軽く肩を回した。


 対する優里先輩が一歩、前へ出る。


「よろしくお願いします」


 柔らかい声。

 ……だが、足の置き方や沈み込ませた重心の鋭さに、ただの“優しい先輩”ではない凄みが宿っている。


「お手柔らかに」


 斗真が挑発的に笑う。


「善処しますね」


 ……まったく真実味のない返答である。


「始め」


 ――真っ先に動いたのは斗真だった。


 軽いステップを踏みながら、左ジャブを散らす。

 流れるような足さばき。


 距離を測りながら、鋭いパンチの軌道を描く。


「来ないんですか?」


 軽快にステップを踏みながら、斗真が挑発する。

 対する優里先輩は――動かない。

 ただ自然体で立っている。


「……っ!」


 一気に踏み込む斗真。伸びやかな左フックからの右ストレート。

 重い拳の軌道が襲いかかる。


 ――が。


「軽いですね」


 その一言。

 次の瞬間、空気が一変した。


「――っ!?」


 脱力した滑らかな動きから、一瞬で距離が消える。


(速――)


『システマ』特有の、無駄な力みのない体当たり。

 身体全体がひとつの塊となって、吸い付くように迫る。


「ぐっ!!」


 斗真が咄嗟にブロックする。腕で衝撃を受け止め、軌道を逸らそうとした。


 ――はずだった。


「……は?」


 流せない。力が力として衝突せず、波のように腕を抜けて体内に侵入してくる。

 そのまま押し込まれ、足が地面を削った。


「な、なにこれ……!」


「逃がしませんよ」


 優里先輩がさらに距離を詰める。密着状態からの打撃。

 完全に力を抜いているはずなのに、異常に重い。


「っ!」


 斗真は強引に体を捻って距離を取ると、再びボクサーの構えを作った。

 身体を小刻みに揺らし、攻撃のテンポを加速させる。


「はっ!」


 高速のワンツーから、ボディへの鋭い連打。

 ステップを活かしたコンビネーションが止まらない。


「おお……!」


 澪が興奮の声をあげる。


「ぬるぬる動いてます!!」


「表現が汚いわよ」


 凛が即座に呆れる。


 優里先輩は、その怒涛の連打を拳で受け止めず、身体の力を抜いて受け流していく。


 最小限の動き。


 そして――


「……そこです」


 一歩、踏み込む。

 最短距離で放たれた、力みのない掌打。


「っ――!」


 斗真がギリギリでかわし、攻撃が頬をかすめる。だが――


「終わりです」


 間髪を入れずに詰め寄る優里先輩。逃げ場がない。


「うわ、やば――」


 拳ではなく、肩と体全体を使った衝撃。


「ぐっっ!!」


 直撃。ワンテンポ遅れて鈍い音が響いた。


 ドンッ!!


 斗真の身体が後ろに弾き飛ばされ、砂煙を上げて地面を滑った。


「……」


 一瞬の沈黙。


「……痛ぇ……」


 体を起こした斗真は、息を荒らしながらも苦笑いを浮かべていた。


「参りました。……降参だ」




第40話まで読んでいただきありがとうございます。

次回のお話ですが、なんと……ある人物が『リア充(恋人持ち)』だということが判明します。

慧なのか……?

まさか凛!?

澪だったら面白すぎる!

いや、ここは伊藤だろ!

柳先輩……? 優里先輩……?

……斗真、お前なのか!?


ここまでのご読了に感謝。

楽しんでいただけたなら、★評価・感想・ブックマークをいただけると大きな励みです。

それではまた。

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