第25話 魔人
店の奥。
閉じた空間に、わずかな機械音だけが残る。
ホログラムはすでに消えている。
けれど、赤点の配置も、波形の癖も、全部頭の中に焼き付いていた。
(……時間は、ないな)
静かに立ち上がる。
椅子が、わずかに軋んだ。
「……さて」
軽く首を鳴らす。
さっきまでの『店主モード』から、ゆっくりと切り替える。
思考の無駄を削ぎ落としていく。
「まずは準備、っと」
奥の棚に手を伸ばす。
並んでいるのは、表には絶対に出ない類の魔導具。
一般販売どころか、国家機関でも扱いに慎重になるレベルのものばかり。
その中から、迷いなく三つ、四つと選び取る。
そして――
無造作に、嘴型のマスクを手に取った。
ほんの一瞬だけ、視線が止まる。
(……ま、今さらか)
何も言わず、それを装着する。
「今回は『静か』にやる方向でいいか」
ぽつりと呟く。
「……にしても、古代系統魔導ね」
黒い小型端末を起動する。
空中に、さっきの都市地図を再構築。
「……」
表向きは、何の変哲もない区域。
住宅街と商業施設の境目。
人通りも多く、監視も甘い。
「……いかにも、だな」
軽く笑う。
”隠す気がない場所に隠す”タイプ。
あるいは、”見つかっても問題ない場所に置く”タイプ。
どちらにせよ――
「本命はここじゃない」
指を横に滑らせる。
ズレた波形。
ほんの僅かな、違和感の中心。
「……こっちだ」
表示を消す。
準備は終わった。
「じゃあ、行きますか」
誰に言うでもなく呟いて、店の裏口へ向かった。
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フードを被り、〇〇都市まで歩いて来た。
途中から――空気が、少しだけ重く感じた。
街はいつも通りの喧騒に包まれている。
人の声。
車の音。
遠くの信号機の電子音。
どこまでも、平和な風景。
(……この中に、『それ』がある)
足を止めることなく、歩き出す。
視線は動かさない。
けれど意識だけが、周囲をなぞる。
魔力の流れ。
空間の歪み。
人の動きの“違和感”。
「……」
数分。
何も引っかからない。
「……いや」
小さく呟く。
「”何もない”のが、不自然か」
普通の街なら、微細な魔力の残滓くらいはある。
魔導具、個人魔導、生活の痕跡。
それが――物凄く薄い。
「……やってるな」
足を止める。
ちょうど、人気の少ない路地の入口に。
「……出てきてもいいですよ」
何気ない口調で言う。
「気づいてないフリ、疲れるんで」
沈黙
そして――
「……はは」
奥から、乾いた笑い声。
「噂でしか、聞いたことがなかったが――」
一拍。
影の中の視線が、こちらの口元へ落ちる。
嘴型のマスク。
そこで、ほんのわずかに呼吸が乱れた。
「……本当にいるのだな。”魔人”が」
影がほどける。
一人の男が、ゆっくりと姿を現した。
年齢は三十前後。
軽装。
武装は見えない。
――だが、
(……濃いな)
空気が歪む。
ただ立っているだけで、周囲の魔力が引きずられている。
「迎撃役か?」
軽く首を傾げる。
男は肩をすくめた。
「一応な。あんたが来るのは想定内だ」
「へぇ」
「むしろ、遅いくらいだ。”あの魔人”なら、もっと早く嗅ぎつけると思ってた」
男との間合いは、まだ遠い。
けれど――
(術式を展開済み、か……)
地面。
空気。
建物の壁。
見えない線が、張り巡らされている。
その瞬間、
――キン。
また、あの音が鳴った。
何かが“噛み合った”音。
男の表情が一瞬だけ変わる。
「……やっぱりな」
俺は小さく息を吐く。
「お前、”時間稼ぎ”だろ」
一歩、踏み出す。
空気が、ぴりっと張り詰めた。
「悪いけど、付き合ってる暇はないんだ」
「……っ!」
男の足元の術式が、起動する。
光が走る。
拘束、切断、干渉――。
「遅い」
その前に、俺は魔導を発動させる。
俺の掌に“蒼白い粒子”が一粒だけ灯る。そこから、黒い破片のような光が弾ける
【■■魔導】
「星骸系――”星骸光芒”」
蒼白い粒子の中心から黒い光線が放出される。
「――っ!」
敵は攻撃を諦め、瞬時に障壁を展開する。
判断が速い。
しかし――その光線は、魔法障壁を押しつぶした。
「な――!?」
光線が当たると――敵は数十メートル吹き飛んだ。
「……死んでないよな? ……うん大丈夫か」
敵を拘束魔導で縛り、そのまま地面に寝かせる。
情報を取るために、一応手加減したので目立った外傷はない。
……腕が変な方向に曲がっているように見えるのは気のせいだろ。
「さて」
俺は立ち上がる。
(さっきの音……)
――視線を上げる。
その先は――街の奥。
「……急がないと、終わるな」
その瞬間。
空気が、明確に“歪んだ”。
今度は錯覚じゃない。
街全体を、覆うような微細な圧とともに。
「……見つけた」
口元が、わずかに歪む。
「いいね。分かりやすくて助かる」
次の瞬間。
俺の姿は、すでにその場から消えていた。
風を裂く音すら、置き去りにする。
屋根の上。
看板の縁。
電柱の影。
視界に映るものすべてを“足場”に変えながら、一直線に駆ける。
(……発動が速いな)
いや、違う。
“速くなっている”。
街の奥から広がる圧。
あれは単なる魔力じゃない。
「……術式のブーストが上がってる」
ぽつりと呟く。
空間そのものが、ほんの僅かにズレている。
そして現実の上に、もう一枚“別の層”が重なり始めている感覚。
「発動直前か」
着地。
そのまま滑るように路地へ入り込む。
人の流れが、急に薄くなる。
さっきまであったはずの生活音が妙に遠い。
「……遮断されてる」
結界。
しかも、かなり広域。
「気づかせないタイプか。性格悪いな」
軽く笑う。
(だが、こっちからすれば助かる)
一般人が巻き込まれていない。
少なくとも、今のところは。
なら――
「遠慮はいらないな」
足を止める。
目の前には、古びた雑居ビル。
外観は、ただの廃れた建物。
だが――
「……ここだな」
違和感の”芯”。
全ての歪みが、ここに収束している。
入口の扉に手をかける。
「さて」
軽く息を吐く。
「どんな趣味してるのか、見せてもらおうか」




