第十二話:虚空の共鳴律
(……来る。
音を吸い込むこの絶望的な静寂を、
あの粘り着くような不協和音が塗りつぶしていく)
頭上から降り注ぐのは、
重い液体が硬い床に叩きつけられるような、
「ベチャリ、グチャリ」という、生理的な嫌悪を誘う音だ。
この無響の空間では、
敵がどこにいるのか、その距離感が掴めない。
出した音が跳ね返ってこないから、世界の広さが分からないんだ。
――粘着質の急降下音:
空気を押し潰すような「ヌルリ」とした摩擦音と共に、巨大な質量が頭上から迫る不気味な風切り。
――床を打つ衝撃震動:
「ドサッ」という重い着地音の直後、滑らかな面を何かが激しく引っ掻く「ギギギィッ!」という鋭い爪音。
――彼女の迎撃旋律:
装甲が激しく鳴動し、剣が空気を裂く「ヒュン!」という音。けれど、手応えのない「スカッ」という空振りの残響。
(……ダメだ。彼女も距離を測りかねている。
音が吸い込まれるせいで、標的の位置がズレているんだ)
このままじゃ、一方的に削り取られてしまう。
僕は震える唇を固め、
この「音を奪う空間」そのものに挑戦するように、
ありったけの呼気を口笛に乗せた。
ピィィィィィィッ!!
――空間を暴く共鳴:
僕の放った高音が、吸音する壁に抗い、床の「面」に反射して、一瞬だけ周囲の輪郭を「音の振動」として浮き彫りにする響き。
――敵の断末魔:
逃げ場を失った僕の音が、標的の内部に潜り込み、内側から「弾ける」ような「パンッ!」という乾いた破裂音。
――静寂の崩壊:
粘着質な塊が「ドロドロ……」と音を立てて崩れ落ち、滑らかな床を汚していく、不規則で不快な液音。
(……やったのか?
反響が、少しずつ僕の耳に戻ってきた)
彼女の荒い呼吸音が、ようやく僕のすぐ傍で聞こえるようになった。
装備から伝わる「カチ、カチ」というリズムも、
今は勝利を祝福するように、力強く、速い。
(……でも、この場所はもう終わりだ。
僕の音で、この無響の均衡が壊れてしまった)
――地底の崩落予兆:
はるか遠くで、巨大な「柱」が折れるような「ゴゴォォン……」という重厚な崩壊音が、地を伝って響き始める。
(急がなきゃ。新しい音が、あそこから漏れ出している)
崩れゆく壁の隙間から、
これまで聞いたどんな音よりも「温かく」、
そして「潤いに満ちた」音が、僕の鼓膜を撫でた。
――水の祝福:
絶え間なく溢れ出し、岩を穿ち、流れていく、
「サラサラ、ポチャン」という、
清冽でどこまでも瑞々しい、生命の調べ。




