第十三話:水鳴りの聖域
(……耳が、洗われていくみたいだ。
乾ききったあの深淵の静寂とは違う、
重層的な潤いに満ちた音が、僕を全方位から包み込んでいる)
一歩踏み出すたびに、
足元からは「ピチャリ」と、
跳ねるような瑞々しい反響が返ってくる。
これまで歩いてきたどの場所よりも、
空気の「震え」が滑らかで、柔らかい。
吸い込む息さえも、喉の奥を湿らせるような心地よさがある。
――雫の多重奏:
高い天井から降り注ぐ水滴が、水面に触れるたびに「ポーン、チリン」と、調律された鍵盤を叩くような高い響き。
――聖域の奔流:
中心部を流れる太い水脈が、岩の肌を撫でながら「ゴォォォ……」と、深く穏やかな、地の底から湧き上がるような重低音。
――水面のさざめき:
わずかな風が水面を揺らし、何千もの小さな鱗が擦れ合うような「サラサラ」という、繊細で途切れることのない和音。
(……なんて贅沢な音なんだろう。
ここには、僕を拒絶するような鋭い響きが一つもない。
ただ、流れるままに、重なり合うままに、音が生きている)
彼女が装備を鳴らして隣に座る。
濡れた装甲が動くたびに、
「キュッ、ポタポタ」と、
これまでにはなかった湿った余韻が彼女の周囲に漂う。
(……彼女も、少しだけ肩の力が抜けているのかな)
彼女の指先が、僕の掌をそっと導き、
流れる水の「面」に触れさせた。
――水の抵抗律:
指を沈めた瞬間、水の流れが僕の指に絡みつき、「シュルル……」という微かな摩擦音が指先から腕へと伝わってくる感覚。
(冷たくて、でも温かい。
この場所の音は、僕をどこか遠い記憶の場所へ連れていくみたいだ)
僕は、この清らかな響きに誘われるように、
今日一番穏やかな旋律を、口笛に乗せて奏で始めた。
ピュゥゥゥ、ピィィ…………。
僕の音は水の反響に溶け込み、
円を描くようにこの聖域の隅々まで広がっていく。
けれど、その穏やかな和音の中に、
一つだけ「異質な拍動」が混じり始めた。
――水底の鐘鳴:
深い水底から、一定の周期で響いてくる「ゴーン……」という、古い鐘を水中で鳴らしたような、重くくぐもった鉄の響き。
(……水の音じゃない。
何かが、この深い底で、
僕たちの到着を待っていたみたいに鳴り響いているんだ)




