表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして銀の竜は星と踊る  作者: サモト
そして銀の竜は星と踊る
20/20

20.

 レギンに地面に降ろされると、イーズは緊張の糸が切れて、その場にへたりこんだ。シャールが駆け寄り、慌ててその背を支える。


「ご無事で……良かった。本当に」

「ごめんね、心配かけちゃった」

「無事なら、もうなんでもいいです」


 寝巻き一枚、帯はゆるみ、裾は破れ、土と埃で汚れ、髪もぐしゃぐしゃという淑女にあるまじき姿の主人を、シャールは強く抱きしめた。


 そのままなかなか顔を上げないシャールに、バルクが意外そうにいう。


「姉サン、ひょっとして泣いてます?」

「黙れ」


 シャールは手首に巻いてあったハンカチで目元をぬぐった。失踪する前に、イーズが精油をしみこませたハンカチだ。


「願掛けです。あなたが無事にもどってくるようにって。もう、外していいですね」

「姉サーン、ちょっとそのハンカチ貸してもらえませんかネ。手の甲から血が。ドクドクと」

「あ……」


 近寄ってきたバルクに、イーズが身を固くする。つけてしまった傷に申し訳なさそうにしながらも、警戒の浮かんだ目を向ける。


「バルク、この役立たずが。本当に首を刎ねるのは勘弁してやるが、その代わり、クビだ」

「い、いやいやいや、カンベンしてくださいヨ、陛下。狩りのとき、お姫サマ助けたじゃないですカ。その後、警備場所も近くに変えて。宰相サンにもちゃんと探りいれてましたし。ネ?」

「役に立ったのは一度だけだろう。使えんやつだな」


 皇帝陛下は腕組みして、バルクを睥睨する。イーズは二人を見比べた。


「バルクってクノル卿の味方じゃ……」

「やっぱ、あの夜、聞いてたのか。ごめんなあ。びっくりさせちゃって。オレは陛下に頼まれて、クノル卿を密偵してたの。あのおっさんの味方じゃないの。

 ゼンゼン、ベツに、拾ってもらったこと恩に思ってないし。いったでショ、オレがニールゲンに住もうと思った理由は、菓子がおいしかったからだって」

「ごめんなさい。誤解してた」

「いーよ、いーよ。――姉サンの方は全然よくないみたいすケド」

「貴様のせいかッ!」

「暴力ハンタイッ!」


 シャールは問答無用でバルクの尻を蹴り飛ばした。


「オーレック、大丈夫? ごめんね。いっぱい傷ついちゃってる」

「気にするな。久々に大暴れで楽しかった」


 オーレックは土ぼこりを払い、豪快に笑った。大暴れの表現に相応しい惨状だった。彫像は砕け、芝生は燃え、地面はえぐれ、累々と兵は倒れ、皇帝陛下も軽傷ではあるが負傷している。


「もう地下には戻らなくて済みそうか?」

「……たまに行くかも」

「ふふ、いつでもおいで、私のかわいい娘」


 黒竜は娘の頬にキスした。


「お帰り、アルカ。本当に地下通路の番人に食べられちゃったかと思って、びっくりしたよ」

「ごめんね、レギン。薬持っていくのも遅くなっちゃって。そういえば、どうして私が生きてるって思ったの?」

「上着についてた血、舐めてみたら人間の血じゃなかったから。オーレックが細工したんでしょ?」

「そうだ。まさか舐めてまで確かめるとは思わなかった」

「僕もなかなか勇気が出なかったけど、シグラッドがね。死体を見るまでは絶対納得しないって言い張るから」


 レギンはうえ、と舌を出した。シグラッドは当然だ、と澄ました顔をしている。死体に二度剣を突き立てるまでは納得しない性格だ、とイーズは震え上がった。逃げられるわけがない。上目遣いに、びくびくしながら謝る。


「……どうも、お騒がせしました」

「逃げ出すから、話がややこしくなっただろう。なんで相談してくれなかったんだ」


 シグラッドはむすっと口をとがらせる。縮こまる婚約者を見下ろし、迷うようなそぶりを見せた。レギンがくすりと笑った。


「大丈夫。アルカはきっと、もう逃げないよ」


 顔の汚れを袖でぬぐってやり、レギンは弟の背を押した。シグラッドはイーズの前に立ち、ためらいながら手を差し出す。


「どうする。今なら、考え直してやってもいいぞ」

「逃げないよ」

「じゃあ、もう逃がさない」


 シグラッドはイーズを立ち上がらせると、強引にキスをした。


「私の妃はアルカで決まりだ」


 決めると、シグラッドはイーズの手を引いて、館の方へ足を向けた。キスをされたのが初めてだったイーズは、ろくな反応もできないで、なすがまま皇帝の後についていく。腕をしっかりと掴む手の熱さまで気恥ずかしく感じられ、イーズは気を紛わそうと、視線を上向けた。満天の星空が広がっている。


「――きれい。星の河ができてる」

「本当だ。珍しい」


 イーズの一言で、全員が夜空を仰いだ。濃い紺色の空に、星たちが群れ集まって川を作っていた。今夜は月が細いおかげで、淡い星の光もはっきり見える。


「こういう夜は、空を銀の竜が泳いでいるかもしれないな」

「銀の竜? 銀色もいるんだ?」

「世界に一頭しかいない幻の竜だ。竜王よりも偉い、運命を司る神竜。その竜を見るのは宿命だ。見た者は、望む望まないに関わらず、神意を得る」

「ふうん……」


 地上の景色はいくら違っても、星空はティルギスと同じだ。イーズは故郷まで続く空を見上げた。河の中に銀色の軌跡を残して飛ぶものを見つけて、瞠目する。結び目がゆるんでいた帯から、札が落ちた。


「アルカ様、何か落ちましたよ」

「あ……ありがと、シャール」

「どうなさったのですか? それは」

「借りたの。お守り代わりに」


 藍色の地に銀箔の散らされた裏面は、改めて見ると、夜空のようだった。銀箔は渦を巻くように散らされ、円を描いて踊る竜のように見えなくもない。


 札を表向け、イーズは戦士の絵も改めてよく見た。札の背景には、道のりの困難さを暗示するように険しい山が描かれていた。それも、一つでなく、いくつもだ。不吉な暗示に、引っこんでいた臆病さが誘われ出てきて、イーズはたちまち情けない顔つきになった。


「……早まったかなあ、私」

「大丈夫ですよ、アルカ様なら。きっと素晴らしい皇妃になられますよ」

「ちゃんと守るから。逃げるな」

「そうそう。僕も協力するし。安心して」

「暗殺される前に、胃に穴が空いて死ぬ心配をしないといけないねえ、姫サンの場合」

「アルカ、いつでも私のところに来なさいね」


 もう一度、空を見上げたときには、銀の軌跡は消えていた。イーズは札を握りしめて、首を振る。


「流れ星だよね、きっと」


 高く聳え立つファブロ城の背後で、銀の竜が星の河を泳ぎ、どこかへと飛び去っていった。



『赤き竜は地に咆えて』につづきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ