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9 悪役令嬢は胃が痛い

 


 抜けるように青い空。空を揺蕩う白い雲。窓から吹き込む、柔らかな春の風。窓の外の美しい庭では、小鳥が軽やかに歌い、季節の花々が鮮やかに咲き乱れている。


「いーい天気ですわねぇ……」


 暖かい日差しが差し込む窓際で、ほぅ、とノア・オルコットは穏やかに息を吐いた。

 窓際でうっすらと微笑を浮かべる、美しい少女。まるで、小説のワンシーンのように見えなくもない。


 この光景を見て、まさか誰も、彼女が絶賛現実逃避中だなんて誰も思いはしないだろう。


「あ、お嬢様! 夜会に着ていくドレス届きましたよ〜!」


「っあああああああ!!!!!!」


 夜会まで、丁度残り二週間。

 ノア・オルコットの胃は、既にキリキリと痛み始めていた。















 夜会の主催である例のノワール家には、一人、えげつないイケメンがいる。それが、次期オルコット家当主であり、ラブロイの攻略対象でもある、ファーガス・ノワールだ。


 ファーガスは、ゲーム……ラブロイでは、所謂俺様ポジションを担う青年だった。少し毛足の長い金髪に、高圧的な光を宿した青い瞳……と、美しい容姿を持つ彼は、社交界の中でも大人気。年齢はヒロイン、フィオの三つ上で、学園では、身分が高く、成績優秀な者しか入れない生徒会の副会長を務める。


 そして、そんな彼はフィオの義兄でもある。


 そう、フィオの本名はフィオ・ノワール。彼女はノワール家の養子で、名目上は平民としてではなく『一応』貴族の娘として学園に入学してくるのだ。


 実はフィオは、ノワール家の当主とその浮気相手の間の子だった。現夫人に浮気がバレた後は母と二人で貧しく暮らしていたが、その後母にも先立たれ、孤児院行きを余儀なくされる。しかし学園入学の一年前……つまりは丁度今頃に、この当主がフィオのずば抜けて優秀な頭脳に目を付けた。そしてフィオをノワール家の娘として迎え入れることを決めたのだ。


 そんなフィオを、高慢でプライドの高いファーガスは心底疎ましく思っていた。彼はフィオに会うたびにネチネチと厭味を言い、冷たい視線を浴びせるのだ。しかしそれらは全て次期当主としての焦りや、父親からの期待の重圧からくるもので、攻略を進めていくごとに彼の心の底の優しさが徐々に見えてくる。そのギャップがたまらない、とウィリアム程では無いが、キャラクターとしての彼も、そこそこに人気を獲得していた。



 が。それらはあくまで、攻略を進めればの話。

 というか、ヒロイン相手の話だ。ゲームが始まっていない今の彼は、普通に性格の悪いただのイケメンである。それがライバル、オルコット家の娘相手となれば……まぁ、どんな対応を取られるかは想像に難く無い。



「ははっ……行きたくない……」


 アルから夜会用のドレスを受け取ったノアは、そう、乾いた笑い声を漏らした。ワインレッドの瞳の中のハイライトは完全に死んでいる。

 まさしく自殺三秒前といった風だ。気分はマリアナ海溝である。


「どうせ行ったところで……延々と厭味を言われるのがオチ……イケメン相手に……イケメン相手に……!」


「そういえば去年、どこかの夜会でお会いした時、とんでもなくネチネチ言われてましたよね」


「言わないで頂戴。お願いだから思い出させないで。それ、私の人生のトラウマベストスリーなんですから」


 ちなみにナンバーワンはもちろんあの顔面兵器相手のお茶会である。できることならもう二度と会いたくない。


「全く……良いですわよね、イケメンは。何を言ったってドSの二文字で許されますものね」


「まぁそんなもんですよ、世の中」


「あら、随分知ったことを言うじゃありませんの。やっぱりモブ顔的には思うところがあるんです?」


「誰がモブ顔ですか」


「え? 貴方以外に誰かいまして?」


「あのすみません全力で不思議そうな顔するの本当やめてもらえますか」


 どうやら、割とガチで刺さったらしい。

 一応彼の名誉の為に断っておくが、彼も別にブサイクと言うわけではない。むしろ、普通に比べれば端正な顔立ちをしている方である。


 しかし、ウィリアムやセドリックで目の肥えた彼女にとっては、地味に見えるのだろう。

 少し傷ついたようなアルに、ノアは「ごめんあそばせ」と冗談めかして笑い、続ける。


 死んだような顔で。


「……はぁ……鬱ですわ……」


「テンションの高低差半端ないですね」


「いっそ仮病でも使おうかしら。インフルエンザ」


「お嬢様、いっつもそれじゃないですか。もう何回めだと思ってるんです?」


「三回目」


「桁が一つ足りてないですよ、三十回目です。

 大体、この間のお茶会の時も往生際悪く仮病使って、メイド長に怒られてたじゃないですか」


「こういうのって、チャレンジ精神が大事だと思うんですの」


「成功したこと無いくせに……」


 主人の馬鹿げた発想に、アルが呆れたような溜息を吐く。それにノアの憂鬱そうなため息が重なり、より一層部屋の空気が重みを増した。

 これはまずいと思ったのだろう。アルはわざとらしく、明るい声で「でも!」と声をあげた。


「逆に考えてみましょうよ。この機にファーガス様とも、もしかしたら仲良くなれるかもしれませんよ?」


「いや……別に……イケメンとは仲良くなりたく無いですし、何より嫌われたいんですのよねぇ……」


 いや、まぁ、これ以上嫌われる事もないのだが。本来ならどう攻略対象に嫌われるか考えなければならないのだが、彼に関しては間違いなく、その必要は無い。好感度はすでにマイナスに振り切れている。


「……で、でもほら!お嬢様最近写真集トレーニングも頑張ってますし。きっと何とかなりますよ!」


 延々と負のオーラを放つ主人に、アルは苦笑いを浮かべながらグッ、と親指立てた。「なんとかなるよ」と言うよりは「心配すんな骨は拾ってやんよ」という風だ。


── でも確かに、これ以上ネガティヴな思考に耽っていても仕方がありませんわよね。


どうせ嫌でも夜会の時はやってくる。

なら、さっさと腹をくくるしかない。結局のところ、気合いで乗り切るしかノアに道は残されていないのだから。


「ね、お嬢様!ポジティブシンキングでいきましょう!」


言って、アルはノアにニコッと笑いかける。

ノアもそれに答えるように、小さく笑みを浮かべた。


「……っようし! 夜会まであと二週間ですもの!! 今日も対イケメントレーニング、頑張りますわ!!」



 自分に喝を入れるように、ノアはえいえいおー、と拳を高く突き上げる。


 影は、その様子を背後で笑って見ていた。


「へー、面白いことしてんのな。付き合ってやろっか?」


「……っ?!」


 突然、ノアの耳元で低い声が囁く。

 どこかおちゃらけたような、この声を、ノアは何度も聞いたことがあった。


「貴方は……!」


 アルフォンスが、後ろの人物を見て目を見開く。


この反応。この心臓に悪い登場の仕方。

まさか、とノアの頭に嫌な予感が浮かぶ。……だが、ノアとしても確認しない訳にはいかない。ギ、ギギ……と、オイルが切れたロボットのような動きで、ノアはぎこちなく首を回した。すると……そこには、案の定憎たらしい顔面をした、彼がいた。


「っ……う、リーオっ……!」


 ノアが心底嫌そうに、顔を歪めた。

 しかしリーオと、呼ばれた青年は、そんなノアの表情を気にする様子もない。

 彼は、窓際に腰掛け、ひらひらと手を振っている。


「よっ! ノア、久しぶりだな〜!! 遊びに来てやったぞ!!」


 そう、にかり、と人懐っこそうな笑顔を浮かべて言う彼は、相変わらずのイケメンだった。

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