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10 悪役令嬢と幼馴染

 

『国のために戦い、国の為に死ね』

 それが我がラエリアン王国の貴族、アズカヴァル家の家訓だ。


 アズカヴァル家は、ラエリアン王国でも勢力の強い一族だ。特に大昔、独立戦争の時にはそのすぐ側で剣を振るったという事もあり、王族からの信頼はとても厚い。だからこそ、王はアズカヴァル家に軍部の総督、というポジションを与えた。国の狗として、一族が潰えるまで国の為に戦うよう命じたのだ。彼らは王の言葉通り、目覚ましい働きを見せた。逆賊を滅ぼし、隣国を潰し、民を守った。そしてその地位は今のところ順調に、脈々と各時代のアズカヴァル家当主に受け継がれている。


 リーオ・アズカヴァルはそんなアズカヴァル家の長男だ。両親譲りの赤い髪と、爛々と輝くレモネードのような瞳。それから、笑ったときにちらりと覗く、人懐っこそうな八重歯がチャームポイント。見た目通り、活発で誰にでも優しい好青年である。ノアとはお互いが赤ん坊の頃からの所謂幼馴染というやつで、時折こうしてノアの屋敷に遊びに来ていた。ノアも最初の方は普通に仲良くしていたのだが、急にイケメン化の片鱗を見せ始めた十歳頃からは、なんとなく避け始めていた。ちなみに今では、完全に顔面良し中身良しの、爽やか体育会系イケメンと化している。


 ──── 確かゲームの中でもそういうキャラクターでしたわね。


 ふと、ノアはラブロイでのリーオを思い出す。

 そう、リーオもまたラブロイの攻略対象だった。確か、立ち位置は主人公の同級生。貴族まみれの学園で戸惑う主人公を、優しく助けてくれる良き友達ポジションだった筈だ。


 しかしいつしか、主人公の中でもリーオとの友情は愛へと変わり、リーオもまた、自分の次期当主としてのプレッシャーを解してくれた主人公に恋愛感情を抱くようになる。そして彼らは色々な障害を乗り越えて、最後には二人めでたく婚約するのだ。まさしく王道ストーリー、という風である。攻略キャラの中でも、難易度が比較的低かったので、まずはリーオを攻略するのがラブロイ攻略のセオリーと言われていた。

 ……比較的低いとはいっても、あくまで比較的なので悪役令嬢ノア・オルコットのお邪魔は普通にえげつないのだが。


 閑話休題。


「で、貴方何しにきたんですの?」


 突然押し掛けてきたリーオに、ノアは部屋の奥のソファに腰掛け、紅茶を啜りながらそう問いかけた。ちなみにこの時のお互いの距離は約十メートル。リーオの顔面がキラキラなので、ある程度離れないと会話が成り立たないのだ。


 しかしリーオはノアのそんな態度にはもう慣れっこのようで、嫌な顔一つせずに


「そんなの、お前に会いに来たに決まってるだろ!」


 と、爽やかに笑った。


 暫しの沈黙。


「……アル」


「はい、お嬢様」


 手招かれるまま、アルはノアの方に顔を寄せる。神妙な表情を浮かべる彼女は声を潜め、唇をアルの耳に寄せた。


「今気付いたんですけど……彼、私の事もしかして大好きです?」


「まぁ好感度で言えばカンスト済みでしょうね」


「……ですよねぇ……」


 大変なことに気付いてしまった、と言わんばかりにノアは深く深く、溜息をついた。


 この場合、二人が指すのは恋愛の意味での『好き』ではない。あくまで友人として、親愛の意味での『好き』LOVEでなくLIKEの方の話だ。

 しかし、どちらにせよマズイことには変わりなかった。


 だって、悪役令嬢になるには、ヒロインだけでなく攻略対象から嫌われる事が必須なのだから。


 例え相手が十五年間一緒だった幼馴染でも、それは変わらない。没落の為には、幸福な未来のためには彼を切り捨てなければならない。


「じゃあどうやって嫌われたらいいのかしら」


「いや切り替え早っ?!!」


「あら、どうしましたのそんな大声出して」


「いや、あの、ねぇ……お嬢様……?

 もうちょっと躊躇とかしないんですか?

 ほら、仮にも幼馴染ですよ? こう、良心との葛藤とか……」


「無いですわね」


「無いかー……」


 冷淡に言い放ったノアに、アルは頭を抱えた。彼も前々から主人のこういう部分の片鱗を見てはいたのだが、まさか幼馴染まで切り捨てるとは思ってもみなかったらしい。「コイツマジかよ」と言わんばかりの表情を浮かべている。


「あらアル、そんな顔をしなくたっていいじゃない。仕方がないことですわよ、これは。没落の為には必要な事ですもの」


「仕方ない……ですかねぇ。でも、あんまりじゃありません? 慕ってくれるリーオ様を、冷たく突き放すなんて」


「平気ですわよ。だってゲームを終了する頃には、私の代わりに可愛い主人公ちゃんが毎日相手をしてくれる筈ですし」


「いやそうかもしれませんが……だけど……」


「むしろ、ゲームのまま進んだ方が幸せだったりするかもしれませんわよ? 私というお邪魔キャラのおかげで、可愛いヒロインをゲットできる訳ですし。上手くいけば」


「まぁ確かに、俺なら変態ドMお嬢様との友情より、可愛いヒロインと一緒にゴールインを選びますけど」


「貴方のそういう時々容赦ない所、好きですわよ。ゾクゾクしますわ」


 微かに頬を赤く染めるノアにウゲッと露骨に嫌そうな表情を浮かべつつ、話逸らそうとしているのか、アルはわざとらしく視線を泳がせる。


「あ、そうだ、ところでその……さっき上手くいけば、って仰ってましたけど、ちなみに上手くいかなかったらどうなるんですか?」


「お互い思いを告げ会うことなく卒業。その後私の私兵にヒロインを射殺されてからの後追い自殺で心中エンドってとこですわね」


「うわ……キッッツ」


「もっとえげつないのは私の末路ですけどね。彼らがグッドエンドの時は普通に断罪イベントで断罪されて獄中死。例のバッドエンドでも、ヒロインの仇としてリーオに首を飛ばされますわ」


「どうあがいても死じゃないですか」


「ええ、そしてどちらでも萌えますわ」


「…………」


 ドン引きだった。今日一番の。

「ああそっか……この人ドMだもんな……ドMって死ぬのも許容範囲なんだ……強いなぁ……」とブツブツ死んだ目で呟くアルをガン無視し、ノアは「まぁでも」と続ける。


「結局、それもこれも、リーオのルートに入れば、の話ですけれどね。

 入らなきゃ主人公とは、ただの友達で終わりますし、もし入ったとしてもその時は、バッドエンドにならないようサポートしますわ」


 そう、彼女も別にリーオを傷つけたい訳ではないのだ。相手は確かにイケメンだが、しかし幼馴染。憎きイケメンだからって泣き顔を拝みたいわけではない。というか、イケメンは泣き顔も目に毒なのでノアとしてはご遠慮したい。まぁそういうのを抜きにしても、長く一緒にいた相手だ。情くらいある。彼には純粋に、笑顔で、幸せでいて欲しいのだった。


「とにかく、今はこの子犬系幼馴染に嫌われるのが最優先事項ですわ」


 そして、話は振り出しに戻るのである。


「ねぇアル、何かいい案は無い?」


「いや、いい案って言ってもねぇ……というか、いいんですかお嬢様。リーオ様のこと随分放置してますけど。すっごいブスっとしてますけど」


「あっっ」


 言われて、ようやくノアは思い出した。窓枠に腰掛けたまま、放置された幼馴染の存在を。


「……お前、さては本気で俺のこと忘れてただろ??」


「……えへ」


 実際は話の中心人物だったのだが、まさか乙女ゲーム云々の話をしていたなんて言える筈もない。ノアがにこりと曖昧に微笑んで謝罪すると、ぷーっとまだ若干ふてくされながら、リーオは室内へ入ってきた。


「ったく、酷いじゃんかよー。折角幼馴染のこの俺が、わざわざ遊びにきてやったっていうのにさ!」


 そのまま、リーオはノアの向かいのソファに腰掛ける。近づいた距離にノアの顔が若干引きつった。それを誤魔化すようにコホン、と咳払いを一つして、ノアはいつになくツンと澄ました顔をつくる。


 ……どうやら、悪役令嬢としてのスイッチが入ったらしい。


「私、別に貴方に来てくれなんて頼んだ覚えはありませんわよ?」


 意地悪く、冷たく放たれた言葉に一瞬でリーオの表情が曇る。


「……何が言いたいんだよ?」


「は、何が言いたいも何も。いきなり来られても、ハッキリ言って迷惑ですわ。というか、窓から侵入って。気品も何もあったもんじゃありませんわね? 私、猿は嫌いですの」


 まるで相手を見下し、嘲笑するような声音。これでもかというほど露骨に煽りにいっている。嫌われ作戦の一端なのだろう。まずは軽く様子見、というところか。


 しかし、そんなジャブ程度の安い挑発に乗るのがリーオ・アズカヴァルという男である。


「だっっれが猿だって???」


 ぶち、と、何かがキレる音がした、次の瞬間。


「……ぴえっ」


 ローテーブルを踏み越えたリーオの顔が、ノアの目の前に迫っていた。


「じゃあその猿相手に真っ赤になってるの、どこの誰だよ?」


 ヒクヒクと怒りに口元を引きつらせながら、リーオが問いかける。この男、自分の顔が良いことも、ノアがイケメン嫌いなのも十分に知っているのだ。だからこそタチが悪い。


「あ……う……その……」


 先ほどまでの勢いは何処へやら、完全にタジタジになったノアにリーオは満足げに笑い、さらにノアの方へと手を伸ばした。


「人と話すときは目見て話せって、そこの執事に教わらなかったか?なぁ、ノーアさん?」


「ヒェェェッ」


 リーオの手が、ノアの顎をガッと掴んだ。これでは顔を逸らすことはできない。イケメンパワーを、もろに浴びることになる。そんなものを直で浴びて、ノアが耐えられるはずもなく。


「わ、わかり、分かりました!! ギブですわ! ギブギブギブ!! ごめんなさいごめんなさい分かりましたから離れてくださいぃぃっ!!」


「うぉっ?!」


 ドン、と勢いよく突き飛ばされ、リーオは後ろ向きにつんのめった。しかしどうやら日頃の鍛錬のおかげで間一髪、倒れ込まずに済んだようだ。

 ノアは乱れた息を整え、心を落ち着かせようとクッションに顔を埋める。


「お、お嬢様、落ち着いて下さい。ほら、ひっひっふー」


「ひっひっふー……」


「いやお前ら何産む気……?」


 しばらくすればイケメンショックも落ち着いたらしく、ノアはようやくクッションから顔を上げた。勿論、リーオにはまた距離を取ってもらってから、だが。


「……で。貴方どうしてここに居ますの?確かこの間、勉強の為に外出禁止令を食らったと言ってましたわよね?」


 まだ少し高い心臓の音を鎮めようと、ティーカップに口を付け、ノアは改めて問いかけた。


 そう、実はこの二週間前。ノアはリーオから手紙をもらっていたのだ。曰く『軍人になる為の勉強の成績がすこぶる悪いから、しばらく遊べない』とか。確か彼は、この一月の間は軟禁されると言っていた筈だ。ノアも今更気付いたが、そもそもここにいるのがおかしいのである。


「っあー、それが、その……」


 リーオは、バツが悪そうにポリポリと頭を掻いた。目は完全に泳いでいる。

 まるで悪事を咎められた子供のようだ。


「当ててあげましょうか、抜け出してきたんでしょう?」


「……はは、正解」


 言って、リーオは力なく笑った。

 なるほど。確かにそれなら合点がいく。だって、あの軍部の中枢を担うアズカヴァル家の子供が、一人の従者も連れていないなんてそんなのおかしい。しかし、こっそり抜け出してきた、となれば話は別。まさか両親に雇われている彼らに、付いてきてくれなんて言えるわけもない。


「……どうしたんですの?勉強が嫌になりました?」


 ノアが、ゆったりとした口調で問いかける。すると、リーオはふるふると首を横に振った。


「違う。……寧ろ俺は、したいんだ。勉強。立派な軍人になりたい。でも、母上が……」


「おば様が?」


「……危ないことは、して欲しくないって。それで喧嘩になって……家を飛び出してきた」


 __ああ、なるほど。たしかにおば様、嫌がってましたものねぇ。


 リーオの母親は、典型的な過保護ママだった。昔から、その溺愛っぷりは凄まじく、ノアも軽く引いた覚えが何回かある。そんな彼女が、可愛い息子を軍人として戦地に出したがるわけもない。


「俺は、父上のような人になりたい。だから軍人になって、立派に国を守る。それが俺の夢で……母上には、応援してもらいたかったんだ」


 切なげに、リーオはか細い声で言って、ぎゅうと拳を握る。


 ……その時だった。


「……っ」


 ノアの頭が、唐突に痛んだのは。


 ──── 何、これ。なんだかこのセリフ、聞き覚えが……。


 リーオ・アズカヴァル。母親。軍人。国。父親。アズカヴァル家。


 ……途切れ途切れの単語が、ノアの頭の中を駆け巡る。単語はやがて文となり……そして、映像へと変わっていく。


 脳裏に蘇るのは、さわやかな風の吹く草原。それから、二人の男女。リーオ・アズカヴァルとフィオ・ノワール。


『母上が亡くなる前日、喧嘩をしたんだ』


『俺は、母上に俺の夢を認めて欲しくて……それで……』



「あ、ああああああっ!!! 思い出しましたわ!!!」


 ばちん、と。頭の中で何かが弾けたような感じがした。そう、ノアは思い出したのだ。リーオのルートでの、最重要イベント。いつも明るい彼の心を縛る後悔を、彼が自らフィオの前に晒すあのイベントを。


 リーオの母親は、リーオが喧嘩した次の日、持病の悪化で死に至る。

 そして仲直りもできぬまま、彼は一人黒い喪服に身を包み、墓石の前で雨に打たれながら謝り続けるのである。


 そんな未来を知っていて放置するなんて、そんなの。人としてできるわけがない。


「こ、こうしちゃいられませんわ!! アル! 馬車を!! 馬車を手配して頂戴!!」


「えっ?! そりゃまた何で……」


「いいから早く!! 説明は後でしますわ!!」


「は、はいっ!!」


 ものすごい剣幕でまくし立てるノアに、ビクリと体を震わせ、アルは馬車を手配しに部屋を飛び出していった。


 ──── さて、次はコイツですわね。


 ノアはリーオに向き直り、そしてビシッと指を突きつける。


「馬車を貸してあげます。だから、おば様の元へ行きなさい。仲直りをするの」


「えっ……?! で、でもだって……!」


「だっても何もありませんわ!」


 ぶちぶちと言い訳を連ねようとしたリーオを、ノアは鋭く一喝した。驚きに固まるリーオに、ノアは更に続ける。


「貴方、アズカヴァル家の男でしょう。ならシャキッとしなさいな。

 ……手遅れに、したくはないでしょう?」


 このままじゃ、全てが手遅れになる。

 彼の為にも、最悪の展開だけは避けねばならない。なにより、ここでゲーム通りの展開になってしまったら、ノアの後味が悪い。


「母上は、でも俺の顔は見たくないって……」


「っ……はぁ。私も行って差し上げますから。ね?」


 まるで駄々っ子をあやすように、ノアはリーオにそう言った。しばらくリーオは悩んでいたが、やがて自分の中で折り合いがついたらしい。ノアの言葉に、渋々ながら、小さく首を縦に振った。


「お嬢様、馬車の準備できました!」


 すると、丁度いいタイミングで、アルが部屋に駆け込んできた。窓の外からは、ブルルと馬の鳴き声が聞こえてくる。


「ありがとう。じゃあ行きますわよアル、リーオ」


「え?! 俺らも行くんですか?!」


 さらり、と告げられた言葉にアルは大げさに驚いた様子を見せる。


「ええ、そうですわ。私が行くんだから、貴方が来るのは当然でしょう?」


「いや、そもそもなんでお嬢様がリーオ様に……」


「ええい! いいの!! あまり深く詮索しすぎるのは野暮ですわよ!!」


「は、はぁ……」


 ノアの勢いに押され、アルは何が何だか分からない、というような顔をしながらも、結局仕方なしに頷いた。それを満足そうに確認して、ノアは扉の方へ足を運ぶ。


 すると、突然。


 アルが扉を開ける前に、ガチャリとそれが外側から開かれた。


「お嬢様、大変です!! 突然、王子が……ウィリアム様が遊びに来られて……!」




「……は????」


 あの時、外から聞こえた馬の声が王子の馬車の馬のものだと分かれば。


 あるいは、ノア・オルコットは……悲劇を回避できていたのかもしれない。



 なんて、今となってはもう全部遅いのだが。

お久しぶりです。ごめんなさい更新間に合いませんでした。

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