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3 悪役令嬢はイケメンと対峙する

 


 数々の美少年写真集で特訓する事一週間。ようやく3メートル先から、真顔でイケメンの写真がチラ見できるようになったところで、約束の日はいよいよやってきた。


「アルフォンス・スニットソン」


 家を出る直前。唐突に、ノアはやけに改まった様子で彼女の従者の名前を呼んだ。まるで戦場に赴く戦士のような彼女の表情に、アルの顔も自然と引き締まる。手袋に手を通しながら……ノアは、形のいい唇を、重々しく開いた。


「正直、この戦に勝ち目はありません」


「……」


「きっと、これまでの努力は全て無駄ですわ」


「……っ」


「でも、でも……私は、私はやらねばなりません!没落のために!!あの王子に全力でベタベタしにいかなくてはなりません!!」


「……」


「というわけで……骨は、拾ってちょうだいね」


「……お嬢様……」


 ふ、と切なげな笑みをこぼし、彼女はアルに背中を向けた。そしてまっすぐ、馬車へと歩き出す。アルはぐっと唇を噛み締め……彼女の細い手を、強く掴んだ。


「お嬢様、そんなこと言っちゃダメです!!」


「あ、アル……?」


 従者の突然のアクションに、ノアはマヌケにぽかんと口を開いた。そんな彼女を他所に、従者は熱のこもった口調で言葉を紡ぐ。


「お嬢様は、ここまで死ぬ気で努力してきたじゃないですか! ……だから、きっと、上手く行く筈です。そんなに弱気にならないでください」


 ……真剣な、瞳だった。全てを見てきた瞳だった。美少年写真集を前に固まる彼女も、イケメン写真集を前に泡を吹く彼女も、街でたまたまイケメンとすれ違ってしまい、卒倒する彼女も、彼は全て見てきたのだ。彼女の努力を、きっとアルは誰よりも知っていた。


 トパーズのきらめきを閉じ込めたような、明るい彼の瞳が、真っ直ぐにノアの方を射抜く。

 まるで、これまでの彼女を否定することは許さない、とでも言わんばかりに。


「……ええ、そうですわね。最初から弱気になってちゃ、仕方ありませんわよね」


 言って、ノアは微笑む。先ほどの、切なげな笑みではない。いつも通りの、高慢で傲慢な笑み。彼女本来の笑顔だ。


「さあ、行きますわよアル!!」


「はい!」


 ……そう、意気揚々と家を出たのが、数時間前の事だった。


「お久しぶりです、ノア様。……体調は、もう大丈夫なのですか?」


「…………きゅう」


「おっ、お嬢様ぁぁぁぁぁ!!!!」



 さて、地獄のお茶会の開幕である。








「お見苦しいところをお見せして、大変失礼致しましたわ、ウィリアム様」


 言って、ノアは慣れた様子で優雅に頭を下げた。彼女の瞳と同じ、ワインレッドのドレスのスカートを摘む指は、密かにプルプルと震えている。


 会場として指定されたのは、王城自慢の庭園だった。さすがは王城、というべきか。実に豪華な庭園には、優美な彫刻がされた噴水が中央に置かれ、派手に水しぶきを上げている。庭に咲き誇る色とりどりのバラの花びらについた朝露は、温かな陽光を受けてきらきらと輝いていた。


 ぎこちない仕草で、ノアは用意された席に着く。準備は既に整っており、机の上には美しい装飾がされたボーンチャイナの食器類がお行儀よく並んでいた。


「ノア様、本当に体調は平気なのですか?

 先程も、フラついていたように見えましたが

 ……っていうか、現在進行形で目の焦点が合ってないんですが……」


「ひぇっ! だ、だいじょぶ!! イェス、だいじょぶですわ!!」


(いや、全然大丈夫じゃないですよお嬢様)


 至近距離でウィリアムに顔を覗き込まれ、動揺のあまり意味不明なセリフを吐くノアに、アルは心の中で小さくツッコミをいれた。


 今回は『まずは若い者同士親睦を……』という両家の迷惑極まりない配慮のお陰で、ノアとウィリアム、二人きりのお茶会だ。もちろん、従者は側に数名控えているが、アル達はこういう場において空気に等しい。つまりはそれだけ、ウィリアムとノアとの距離も近くなる……ということで。


「(ギブですわ、ギブギブギブギブ!! こんなの無理ですわ!!!)」


 そう、イケメンアレルギーのノアには、耐えられる筈もなかった。


 顔をこっそりと後ろに向け、ノアがアルに泣きつく。彼女の顔は酷く蒼白で、もう泣き出してしまいそうだ。無理もない。あの顔面を前にして、ここに座っていられるだけ、まだ褒められて然るべきだろう。


「(何なんですのあれ?! 何故あんなに顔が良いんです!? 写真集のイケメン達の比ではありませんわよ?!)」


「(まぁ、王子の顔の良さは国内でも有数ですよね……)」


「(こっっれだから乙女ゲームは!!! あの王様と王妃様からあんな顔面最終兵器が産まれるわけがないでしょう!! 無理がありすぎですわ!!!)」


「(最高に失礼ですよ気持ちは分かりますが)」


「ノア様、どうかしました?」


「い、いいえ!何も!!!」


 小声でブチ切れるノアに、さすがのウィリアムも訝しげに眉をひそめる。しかし、その表情すらもノアにとっては毒だ。


「(ウッ、ダメです、イケメン過ぎて吐き気が……)」


「(え?! ちょ、落ち着いて下さい!! ほら、ひっひっふーひっひっふー)」


「(産まれます……産まれてしまいます……!私の口からもんじゃ焼きが…っウプッ)」


「(ちょっと、それはさすがにシャレになりませんよ!?)」


 さすがにアルだって、ゲロ令嬢なんて後ろ指さされる主人に仕えたくはないのだろう。死にそうな顔をするノアの背を必死でさすり、なんとか吐き気をやり込めさせる。


 しばらくされるがままになっていると、ノアの気分も幾分かマシになってきた。


 ──── ありがとう、もう大丈夫。


 視線でノアの意思を汲み取ったのか、アルは、小さく頷き、側へと下がる。チクチクと自分を刺す視線は気にしないことにしたらしい。


「……か、重ね重ね失礼しました、わ。私、少し、緊張しておりまして……」


 震える唇で、またノアは謝罪の言葉を紡ぐ。

 まさか誰も、彼女の中で、理性と防衛本能の熾烈な戦争が繰り広げられているとは思うまい。

 ウィリアムは少し不思議そうな顔をしたものの、すぐにその唇に柔和な笑みを浮かべ


「ふふ、可愛らしい方だ。耳まで赤い」


 と優しい声で笑った。まさしく、カウンターの一撃である。容赦がない。あまりのエゲツなさに、後ろでアルがうわぁ、と引きつった声を上げた。最も、それを聞く余裕はノアには無いのだが。


「そうだ、紅茶を飲んで落ち着くといい。じいや」


「はい」


 ウィリアムが言うと、後ろに控えていた初老の従者が、ポットを取り出しそれをゆっくりと傾けた。ふわり、と鼻孔をくすぐる甘い香りが、カップの中から立ち上っていく。


「どうぞ、ノア様」


「……ありがとう」


 ノアはゆっくりとカップを受け取り、カタカタ震える手でそれを唇に運ぶ。紅茶の正体は、ルイボスティーだった。……アルが、良く淹れてくれる紅茶だ。


「美味しい……」


 よほどいい茶葉を使っているのだろう。味わい深く、香りが強い。しかし緊張に固まったノアの体にはそれが丁度良かった。温かいものが、ほぅと胃の中に落ちていく頃には、自然と彼女の肩の力も抜けていた。


「良かった、お気に入りなんです、これ」


「紅茶お好き、なんですの?」


「えぇ。たまに東方のリンヨから茶葉を取り寄せてるんです」


「まぁ、リンヨから?!」


「色々試したんですけど、あそこのお茶が一番だったんです」


「彼処はお茶でも有名ですものねぇ。さすがは王族ですわ」


「あははは。オルコット家ならリンヨに茶園の一つや二つ、お持ちでしょう。良ければオススメのものをお教えしましょうか」


「あら、いいんですの?」


「えぇ。あとで爺やにリストアップさせてお土産にお渡ししますよ」


 言って、彼は「僕と、目を合わせてくれるならね」と、付け加えた。


 ……気がつけば、白く、少女のように美しい大きな手は、ノアの頬に優しく触れていた。


「っあ……」


 顎をゆるりと掬い取られ、視線が、かち合う。うつくしく整った顔は、眉根を寄せて、少し悲しげな笑みでノアを見つめていた。


 ──── マズイ。


 そう思って顔を逸らそうとするが、咎めるように手に力が込められた。

 ……彼の瞳が、ノアを捕まえて逃がさない。


「……まだ、目は見てくれませんか」


「ひゃ、ひゃい……すみませ……」


 目を合わせる、だなんてそんな。


 無理に決まっている。だって、あんまりな視界の暴力に、ノアはもうすでに死んでしまいそうなのだ。気絶寸前である。ここにこうして気を保って座っているだけでも、ノアにとっては大きな進歩と言っていい。特訓のおかげで顔さえ見なければ話せはするようになったが、次のステップに進むには、まだ早すぎるし、相手の顔が良すぎる。


 ろくな答えを返せないノアに、ウィリアムは苦笑を浮かべて、その手を離した。


「すみません。レディを困らせるものではありませんね」


「い、いえ、そんな……」


 そう言う割に、ノアの顔はすぐさま下を向く。彼女の顔は、もうユデダコのように、耳の端まで真っ赤だった。


「良ければ少し、庭を歩きませんか」


 重たい沈黙を破ったのは、ウィリアムのそんな言葉だった。どうやらノアの緊張が少しでも解れるように、と気を遣っているらしい。

 王族から提案されれば、いかなオルコット家の令嬢と言えども拒否する訳にもいかない。

 ノアはおっかなびっくりコクリと頷いて、従者も置いて二人きりで席を立った。


 


「この薔薇の木は、庭師が特に目をかけてるんですよ」


「は、はい……」


  草花について説明を受けながら、庭に作られた美しい小道を進んでいく。歩くうちに、ウィリアムは色んな話をしてくれた。城のこと、家族のこと、そして他ならぬウィリアム自身のこと……。しかし勿論、そんなのノアの耳には殆ど入っていない。右足を出して、左足を出して……前に進むだけで、もっといえば気をしっかり保つだけで、彼女はもういっぱいいっぱいである。人の、しかもイケメン様のお話を拝聴する余裕なんて、一欠片も残っていない。しかし生返事を返しながら、それでも聞いているフリだけはしていたのだ。


 ……まぁ、結果から言えば。

 それが、よくなかった。


「ノア様……今後とも、僕を側で支え続けてくれますか」


「ひぇっ!?」


 気がつけば、ノアはウィリアムに手を取られ、真剣に瞳を見つめられていた。


「貴女は、僕を裏切りませんか」


 耳元に、唇が寄せられる。

 ウィリアムの口調は、酷く落ち着いたものだった。……どこか、仄暗ささえ感じさせる。


 しかしそれでもイケメンの声だ。イケメンのイケボだ。吐息のかかる距離で紡がれるその言葉は、ユデダコ女の頭を沸騰させるには、十分だった。


「むっ……無理ですわ!!! 無理無理無理!! ギブですー!!!!」


 あまりの顔面の良さに頭の容量がキャパオーバーを迎えたノアは、勢いに任せてドンっと彼を突き飛ばす。



 ……それは、これ以上無いまでの拒絶だった。


「ご、ごめんなさっ……」


 ──── やってしまった。


 正気に戻ったノアが、真っ青な顔でウィリアムに頭を下げる。


 しかし彼は、何も答えなかった。


 いつもの優しい笑顔は返ってこない。目の前の彼はただ、顔を地面に向けて小刻みに肩を揺らすだけだ。


 ……怒らせてしまったのだろうか。


 これから掛けられる言葉に怯え、何となくノアの体が逃げる。しかし一歩、後ずさろうとした彼女の手は、すぐに捕まえられた。


「……君は、僕のことが嫌いなのかい?」


 手を取った男……ウィリアムは、顔を下に向けたままそう問いかける。

 声は、ところどころ不自然に震えていた。


「は、はひっ!!」


 ノアは、訳も分からないまま、勢いよく頭を縦に降った。彼が何を言ったかなんて、もちろん理解していない。

 しかし彼女の防衛本能が、イケメンの言うことにはイェスと従え、とそう言っていたのだ。

 ……イケメンとの接触のせいで、それだけ彼女は追い詰められていたのである。


 しかしそんなこと、ウィリアムが知るはずもない。


「そう……そうか……」


 ウィリアムの揺れていた肩が、更に細かくプルプルと震える。彼はノアの細腕に、更に指を食い込ませた。


 ……そして。


「っあははははははははははは!!!!!」


 ウィリアムは、笑った。


 まるで我慢していたものが弾けたような、大爆笑だった。おかしくておかしくてたまらない、とでも言わんばかりの笑い声。美しい顔に似合わない品のない笑い方だった。いきなりの事に、緊張も吐き気もその他諸々色々忘れて、ノアはポカンと口を開く。


「あ、あの……ウィリアム様?」


「面白いね」



 ぎらり。


 ノアの方を、ウィリアムの瞳が見つめる。

 彼女を射抜くその瞳は、まるで獣のようだった。そこに、先ほどまでの優しげな雰囲気なんてない。何なら口調まで変わっている。まるで、仮面を脱ぎ捨てたような豹変っぷりだ。


 ……嫌な予感がして、ノアの背中をぞくりと冷たいものが駆け抜ける。


「僕が嫌い、だなんて……そんな事言う子、初めてだよ。その態度も、もしかして僕をバカにしていたのかい?」


 言って、ウィリアムは、クツクツと喉を鳴らす。ニィ、と口の端を釣り上げて、意地悪く微笑む。その表情はまさしく、ゲームのパッケージに描かれていた腹黒ドS王子、ウィリアム・ミッドフォード・クラウンそのものだ。


「……ふふ、気に入ったよ。本当は、君のことなんてどうでも良かったんだけど……興味が湧いた」


「……ひぇ」


 耳元に落とされる色気をたっぷり含んだ声。意味深な言葉。……ノアの大きな瞳には、もうお家に帰りたい、と言わんばかりに涙がたまっていた。


 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ウィリアムはニコリ、と綺麗な笑みを浮かべる。


 ……そして、更に追い討ちをかけるように彼女の耳に、また息を吹き込んだ。


「君のこともっと知りたいなぁ。……もっともっと、深いところまで、ね」


「……っ!」


 ……甘く甘く、毒々しいくらいに甘美な囁き。肩をくすぐる長い金髪。そして、息が掛かるくらい近づけられたかんばせ。


 どうしようもなく美しい。


「あひゅう……」


 情けなさすぎる悲鳴を上げ、彼女はその場に倒れこんだ。もちろんここまでされて、意識なんてあるはずもない。ノアは白目を剥いて、ごろんと青い芝生の上に寝そべっている。


「…………本当、面白い」


 小さく零されたウィリアムの言葉を聞く者は、誰もいなかった。


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