砂漠の秘薬にご用心!4
湯浴み、と聞いてつみれが日本人らしく喜んだのは束の間だけだった。デルテアネの一言とともに、メイド達が束になって押し寄せてくる。まるで鳩なんかが手にしたパンめがけて一斉に向かってくるようだ、なんてどうでもいいことをぼんやり想起する暇もなく、つみれ達三人は広大な浴場に運ばれていく。ただそこはつみれが想像していたような湯船は一切なく、ただやたら湯気に覆われた湿度の高い空間だった。
そしてメイド達によって抵抗する間もなく服を剥ぎ取られるとなにか大きな台のようなところに転がされた。大理石でできた巨大な盃のようなそれは前もって暖められていて以外にも心地よい。
「えっなっなになになになになにっ!?」
状況についていけないつみれを無視して、メイドの一人がなにかつみれの背中に垂らした。そのぬめっとした感覚からいって、油かなにかのようだ。ぬるぬるとメイドの両手で身体全体に塗り拡げられていく。そこに他のメイドがやって来て、手にした籠からなにか枯れ葉のようなものをつみれの背中の上に撒いた。ざらざらとした大きな粒も感じられる。おそらく岩塩とかだろう。
隣にいたスリアミドラはまったりとした幸せそうな顔で声を上げた。
「まあ……これがデルテアネ様の美貌の秘密だったのですねえ……気持ちよくてうっとりしちゃいますう……」
つま先からウサ耳まで余す所なく油を塗られて嬉しそうにするスリアミドラを見てつみれは戦慄した。湯気で汗ばんだ体はまさにドライハーブと塩で下準備を済まされた蒸し鶏だ。つみれは慌てて反対側を見る。アルトも目を閉じてうっとりと眠っているようだ。もうやられているのかもしれない。だめだ、自分もこの香気に誘われてついに眠くなってきてしまった……それに、油と塩を揉み込んでくるメイドたちの手が気持ちよくて、暖かい。抵抗できない……
……。
蒸し風呂でのマッサージとエステを終えてつやつやとした肌の三人の前で、メイドが二人がかりで薄暗い部屋カーテンを上げ、高い天井まである大きな窓を開く。降り注ぐ光とともにつみれ達の目の前に広がる風景は、先程橇で潜り抜けてきた巨大な二枚岩の岩盤と、その陰の下にある規則正しい街並、そしてなによりも、この宮殿の真ん前にある丸くて大きな湖だった。
「わあ……なんて素晴らしいんでしょう……」
砂漠の強い太陽の光を再び浴びて、スリアミドラは目を細め歓喜のため息を漏らした。
ちょうど岩盤の切れ目にありそこだけに光があたっている中央の大通りは、街のはじまりから深く透き通ったブルーの湖に溜め込まれていき、そのさらに奥にあるこ宮殿に溜め込んだ光のすべてを放つかのように終着している。街全体が舞台の照明のような劇的な効果をもたらす様は素晴らしかった。
「すごい、湖?街道からここを回って入ってきてたんだ、下向いてたから知らなかった」
つみれも湖と空の青とその間を分かつ赤い岩の強烈な色彩美を前に眩しそうにしながら言った。この砂漠は全てが力強く圧巻だ。
デルテアネが窓辺にもたれかかれながら問いかけた。
「どうかしら、この光景……気に入っていただけてると嬉しいのだけれど」
「もちろんです!わたし、砂漠がこんなに美しいところだとは知りませんでした、あの大きな岩の下に街があるなんて幻想的ですし、その上あんな美しい青色の湖があるなんて、デルテアネ様は本当に夢のように素敵なお城にお住まいなのですね!それに、妹さん、エカルテネさんも」
キラキラとした瞳でスリアミドラは素直に答えた。デルテアネはその瞳をじっと見つめてから微笑んだ。
「この国の者はね、私も含めて、あの岩の板のおかげで砂漠にありながらも冷たい日陰に暮らすことができるの。このメレニュスの地形は本当に天恵だと思っているわ。」
「あの、ごめん、なんかキレーな話してるときに無粋な質問だとは重々承知で聞くんだけど」
つみれがおじさんくさい手刀を切りながら割り込んできた。ださいのは承知だがこういうのははっきりしておかないと気が済まない質だ。
「つまり結局、ここがデルテアネさんのおうちってことは、デルテアネさんってもしかして女王様なの?でさっきの子、妹さん、もお姫様ってこと?ごめんちょっといまいちよくわかってなくて。」
ストレートな問いにデルテアネは瞬きすると、唇に指を軽く当てると「さすが聖者様は何事もクリアーでいたいのね。よかったらあとで説明するわ、ちょっと複雑なの」と言って微笑で返した。
「でも、そうねえ、これだけは確かだからかんたんに言っておくわね。今いるここ、ここがメレニュス王国の王宮であることだけは確かよ。」
そう言ってデルテアネは脚を組みかえた。窓の光の下でその太く黒い蠍の尾が冷たく輝いた。




