エルス村にご用心!3
「作品ってほどのもんじゃ……」とつみれは苦笑いした。ここでスリアミドラの肩をぽんっと叩いてなにか気の利いたことを言えるとかできたらいいのかもしれないけど、自分みたいな非モテがやるとひかれそうだし、そもそもそんな都合のいいセリフ思いつけない。つみれは「あ、そ、そうだ、せっかく焼けたんだし、焼きたてのうちに味見してくれないかな?二人とも、食べたことないんだよね。どんなものか知ってもらいたいし」と提案してごまかした。
気分を変えたいというつみれの気持ちを察して、アルトも、
「そうですね、お昼時ですし、よかったらあの桟橋のあたりなんかでいただきませんか?ちょうど先程通ってきたのですが、スリアミドラ様のお好みかと」と言った。
「いいねきまり!!」
そうして三人は湖のまんなか、ちょうど村の中心地を見渡せる位置でピクニックを開くことにした。といってもあるのは、パンと、つみれがおやつがわりにヒンベーレの市場で少し買っておいたチーズくらいのものだ。それでも美しい風景を前に三人(というか少なくともつみれとスリアミドラ)は興奮していた。
せっかくのスリアミドラの魔法の熾火石もあることだし、馬車のキッチンからやかんも運んできてお湯を沸かしてお茶を淹れる。
「素敵です……、なんと牧歌的で美しいのでしょうっ!!」
爽やかな木立を抜けるそよ風に髪とウサ耳をあやされながら、スリアミドラはうっとりとした。
「パン切るね…………うん……よく焼けてる。はい、どうぞ!」
チーズと一緒に食べてね、と言って一切れずつ手渡す。適度に冷めたパンは、つみれのよく知っている味だった。それにプラスして、酵母液に使った木苺の甘い香りがかすかにする。
(よかった、失敗してない)そう安心しながらつみれはスリアミドラとアルトの反応を伺った。二人は一口かじったまま、無言でパンを見下ろしている。
あまり良くない反応の気がする。
つみれは冷や汗をかきはじめた。そうだ、ここはもしかしてパンが存在しない世界なんじゃなくて、パンはここでは単に人気がない前時代的な食べ物なのかもしれない。そ、そうでもないと、こんなヨーロッパな感じの世界にパンがまだ発明されていないことの説明がつかない。
余計なことしちゃったかな……いつもそうなんだよね、なにか自分から能動的にやろうとすると絶対うまく行かないんだよな私……そう思ったつみれの耳を嬌声が貫いた。
「これっつみれ様っ!!!ほんっとうにつみれ様の言う通りでしたっ、フワフワでカリカリでもちもちっ……!!!」
止まった時間が急に動き出したかのような勢いで、スリアミドラが目をキラキラさせる。キラキラしすぎてほんとうのルビーのようだ。それに、アルトも珍しくそのクールな表情を崩しまばたきを繰り返しながら、「あぁっあの水膨れしたかたまりがこんな香ばしく素敵なものに……」と呟いたかと思うと「神よ、この聖者様を祝福ください」とほとんど反射的に祈りを捧げた。
「え、て、ことは、お口にあいましたですかね、」
思わずしどろもどろになりながらつみれは二人に問うた、がいい終わる前にスリアミドラもアルトも首が取れそうなほど気忙しくうなずいた。
「は、はい、はっきり言ってびっくりです、わたし、正直、小麦粉でできたものってそこまで好きではなかったのに、こんなにおいしいものがあったなんて……ああ、いますぐお姉様に知っていただきたいです、そして今すぐ聖堂に捧げたいです……!」
「まったく同感です、これは早く国王陛下にお知らせしなくては」
たかだかパンを焼いたくらいでここまで大げさに喜んでもらえるとは思わず、つみれは戸惑った。さっきまで背中を流れていた冷や汗が急に引いていき逆に顔が真っ赤になる。あんまり褒めちぎられるのも返って不安になるものだ。つみれはあわてて
「そ、そ、そこまでってことはないよ、ね!!」と両手を広げ胸のあたりで振って否定した。
「ブ、ブレナで買った小麦粉が良かったからだよ、そ、それにほら!みんなで一生懸命木苺のヘタ取りしたり、す、すりみちゃんの火の魔法のおかげだよ、あ、あれがなかったら焼けなかったんだしっ、みんなでがんばったんだよ」
それを聞いたスリアミドラはおもわず胸をつまらせた。自分のこんなちっぽけな魔法をこんなに褒めてくれるのは、つみれがはじめてだ。それも、お世辞じゃなくて心の底から言ってくれてるのが分かる。スリアミドラは思わずつみれに抱きつき感謝の言葉を述べまくった。
その様子に目を留めたのはたまたま通りすがったある男、人の良さそうな老紳士だった。




