お風呂上がりにご用心!3
甘い香りの中に飲み込まれきっていたつみれは急に大きな声で迫られてびっくりした。気づけば手をぎゅっと握られている。
「え、は、はい!」
仕事のクセでイエスマン精神に浸されきったつみれは、考えるまでもなく光の速さで快諾して、しまった。その返事に、スリアミドラは緊張の糸が切れたようにふにゃけた笑顔を作り、「あっ ありがとうございますっ!!!!」と言って、握りしめたすりみの手をシェイクしまくった。その力の強さに、喜びようが伝わってきて、何かはわからないがすりみの心が充実感のような幸せに満たされはじめた。
よし、なにかわからないけど、この子が喜んでくれてるからいいか。
それで、何をしてほしいんだろう?もしかして、この子、入るアパートの部屋をまちがえちゃったとかかな?誰か知り合いに会いに来たとか。わたしここの住人と付き合いないからなー。明日管理人さんにあたってみるとかしか手がないかな。でも、電話するのこわいなー電話嫌いなんだよね……。
「お姉さまっわたし、ちゃんと見つけられました!成し遂げてみせますっ!!」などと独り言を言っているスリアミドラを横目にそんなことを思いながら、つみれは「それで、何したらいいのかな?」と訊ねてみた。
返ってきた返事は意外なもので、スリアミドラは「え、もうご準備はよろしいのですか?」と質問してきた。つみれに自分の国まで来てもらうつもりでいるスリアミドラからしたら当然の質問だったが、話を何も聞いていなかったつみれには何もわからない。
「その、貴重品なんかはお持ち頂いても構いませんから」
「えっ、貴重品?そういわれてもなー」
つみれは少し困ったような顔をした。急に貴重品、といわれても、イマイチピンとこない。
つみれは貴重品、とよべるようなものを見つけるべくあたりを見回したあと、床に落ちていた、割れたフォトフレームに目を止めた。さきほど彼女が風呂場から飛び出して暴れまわったときに、衝撃で割れてしまった例の物だ。
「あっベルベット様がこんなことに!!!!!」
つみれは、割れたガラスの破片にもかまわずそれを急いでつかもうとした。それを見ていたスリアミドラは慌てて止める。
「あっ危ないです!」
「でもベルベット様が床に落ちてるなんてーっ」
推しキャラに起きた悲劇にパニックになるつみれを見て、スリアミドラはピンときた。きっとこの、薔薇の花園で微笑む王子様の肖像画が、つみれと将来を約束しているフィアンセなのだろう。
心が痛むのを感じたスリアミドラは、「大丈夫です、任務が終わり次第責任を持ってお戻しいたします!」そう言うなり、高価そうなレースの手袋が痛むのも構わず、つみれにかわって拾い上げマントの裏にしまい込むと、「それではお願いしますっ!!!」といいながらつみれの背を押し、風呂場へと運んで行った。
「えっちょっとちょっとっ何っ」
状況を飲み込めないつみれをよそに、スリアミドラは浴室のドアを開けると二人の体を押し込んだ。
春先とはいえ、さきほどまでつみれが使っていたことと、スリアミドラが暴れていたせいでまだ蒸気で蒸し蒸しとしている上に、ここは安アパートの狭い浴室だ。二人でぎゅう詰めになると、つみれはスリアミドラの体が当たる上にぎゅっと抱きしめられてどうして良いかわからなかった。
(えーなにこれハーレム漫画!????もう無理こんなおっぱい)
混乱しているつみれをよそに、スリアミドラは手探りでシャワーの蛇口を求めながら言った。
「すみません少しだけがまんしてくださいっ!ここがキャロトリアとの召喚ポイントになっているのです、ここで聖水の義を行えば帰れるはずなんですっ」
言い終える前にスリアミドラの手は蛇口を探り当てた。そのまま勢いに任せてひねる。二人の上にかけられていたシャワーノズルから、当然勢いよくお湯が流れ出す。つみれは理解が追いつかないままとっさに目を閉じようとしたが、あたりがシャワーではなく金色の光の雨のようなものに包まれ始めたのを見て更に混乱した。スリアミドラはほっとしたような表情で今度はしっかりとつみれを抱きしめマントに包み込みなおすと、「やったっできました!!!」と声を上げた。が、つみれがその意味を問おうと、スリアミドラの歓喜に満ちた顔を見ようとしたときには、もうなにも見えなかった。すべては金色の光の中に溶け込み、同時につみれは自分の体そのものが雨の一粒一粒になっていくような感覚に襲われた。そんなことは不可能なのだが、だんだんと考えることすらできなくなる。不思議と心地よい。からだが溶けていくような、
明日のバイトどうしよう、という考えが頭を少しだけよぎったが、すぐにそれも溶けてしまった。
二人はそのまま、金色の光のなかに消えてしまった。