道選びにご用心!1
確かに、少しは和らいだらしい雨煙のなかに大きな橋があるのが見える。おそらく昔はここは地理的に重要な要点だったのだろう、立派な石細工の橋がかかっている。ずいぶん苔むしている部分もあるが、魔術でコーティングされた馬車はなんということもなく渡っていく。
「わたし、こんな大きな橋、初めてみました。こんな大きいものもあるんですね。……旅って、素敵です。」
スリアミドラはさっきまでの雰囲気を変えるべく明るくつぶやいた。つみれも正直、たいていのことには落ちこぼれ側だったので、気持ちは十分にわかる。
どう答えるのが正解なのかわからないまま、「う、うん」とだけしかいえず、二人は沈黙の中に潜った。スリアミドラはそのまま景色を眺め続け、つみれは仕方ないので地図を読み込んでいるフリをしながら時間を潰すことにした。
山々の絵を目でなぞり、街道から街道へ指を行ったり来たりさせ、豪華に描かれたキャロトリア城の紋章を見つめる。そして、そのまま、気がついたら心地よい揺れの中、眠ってしまっていた。
その後、つみれがけたたましい馬の嘶きで目を覚まされたのは、夕闇が迫ってきてからのことだった。
四頭もの馬が暴れるのだから大変な騒ぎどころではない、揺れに揺れる車内でスリアミドラが慌てて駆け寄ろうとしつみれの上に倒れ込む。が心配している場合ではない。異常事態が起きているのは明らかだった、が、何が起きているのかわからない。ただ激しい馬の鳴き声に慌て、それが静まるのを待つしかできない。
スリアミドラが呼ぶより早く、アルトが旋風の中から現れた。そして必死に抱き締め合うつみれとスリアミドラに、「落ち着いてください、どうも道が違っていたようです、今すぐ考えましょう」と早口で告げると、落ちていた地図を拾い上げて手早く説明した。
「今、我々はこの地点にいるはずです」指で大きな街道のある地点を指差す。大きな道とはいえ山間を抜けるコースだ。
「しかし、この先、道が落石だらけで廃道になっているのです、それで馬が驚いて止まってしまったのです。キャロトリアの地図が古かったのでしょう……こうなっては、ここからこの地点まで少し戻って、最初にスリアミドラ様が提案なさった細道を通るほかありません、いかがでしょうか」
そう言って二人の顔を見る。当然答えはそれしか見つからなかった。幸い細道への分岐点は一時間前ほどに通過したのためそう遠くもなかったが、Uターンする分時間的ロスが発生するのはしかたがない。夜は迫っている。できれば周りが完全に闇に包まれる前にその道に入りたい。全員がうなずき、馬車は来た道を戻るべくまた疾走しはじめた。
「ということは、私達、9時に着く予定が11時になるってことですよね」つみれが尋ねる。一時間分道を戻るのと、1時間分走り直すのだから当然そうなるだろう。アルトも、「このまま問題がなければ、そうなります。ただこの細道はどうもこのような大型馬車が走るのには適していないようですから、これまでの街道と比べ計算通り着くかについては、どうでしょう。途中の村で宿泊したほうがよろしいかもしれませんね。」
馬車の中で三人は手短かに話した。予想外のできごとで不安そうにするスリアミドラと、いまいち地理や距離感がわからないつみれには、それ以上に話せることが見つからない。アルトだけは職務上か性格上か冷静を保っているが、車内は砂粒のようなざらざらした不安が、夜の訪れと共に濃度を増していった。
馬車は巨大な木が目印になっている角を曲がった。目的の分岐点である。つかのまの安堵をしたが、その木の裏手にある建物が崩落した民家であることは先行きに不安を感じさせた。どうやらこの細道の先に村があるかどうかは期待できそうにない。ただ、やたら道だけはきれいに整っているからには、往来があるのだろう。それだけに希望を託しながら馬車は走り続けた。
「時間経過から考えて、そろそろ村が見えてくるはずですが」
そういうアルトの声がいつもより鋭いな、やっぱりこのひとも緊張してるのかな、などとつみれが考えた途端、スリアミドラがほっとしたような歓声をあげた。
「あ、あそこ、ほら、明かりがついてます、人が住んでるみたいですっ!!」急にほっとしたのか、とびあがらんばかりの勢いで窓の外を指し示すが、スリアミドラ同様ほっとした顔をするつみれとは対照的に、アルトは急に険しい顔つきになった。
「いけません、あれはおそらく、山賊たちがやる篝火のやり方です、民家の明かりではありません!!彼らの目に止まる前に、全力で駆け抜けましょう、お二人は頭を隠して!!」
そう言うと、つみれとスリアミドラは座席に頭を伏せさせられた。つみれは、どうしてあれが山賊だってわかるの、と聞きたかったが、アルトの剣幕になにも口を挟めない。アルトは馬車の明かりを全て消し、自身も窓の外を警戒し続ける。
馬車はついに件の篝火の前を通り過ぎた。魔術のおかげで馬の速度がさらに増し、馬車は細い街道をさらに速く駆け出した。崖に切り立った細道を行くには危険な速度だ。騒音とにもかかわらず、追いつかれる前に闇の中に消えてしまおうという作戦だろう。ただ、二台にも渡る馬車の音と豪華な紋章入りの馬車は篝火による美しい反射を山賊たちの目に投げかけ、あっという間にいくつかの馬が追ってくるのがわかった。
「王室の紋章が入っているというのに追ってくるなんて、なんという危険知らずな」とスリアミドラがつぶやく。その顔面は真っ青だ。
「おそらく、国外でのキャロトリアの紋章の知名度自体薄くなっているのか、それか彼らが酔っているのかどちらかですが……どちらもでしょう、あの者らは篝火に麻薬の一種を焚いているのです」
アルトは淡々と答える。馬車が出すスピードにも関わらず、彼女は素早く窓を開けると後部に向かってナイフをいくつか投げまた窓を閉めた。当たるとは思えなかったが、恐れをなしたのか山賊たちの馬は一頭また一頭と消えていく。やっと追ってくる馬の音がなくなったところでつみれとスリアミドラは手を取りあい握り締めた。どちらの手も冷たく、汗をかいている。それに気づいて微笑みあうには遅かった。
速度を出しすぎた馬たちは、そのままの勢いで、大きなカーブををショートカットするべく威勢よく跳ね、そのまま遠心力によって大きく揺さぶられた馬車は馬たちから振り放されるように崖の外に気持ち良いほどにふり飛ばされると、それから……呆気なく転落してしまった。




