お城の厨房にご用心!1
そこにいたのは例の昼間のメイドだったいつのまに現れたのか、いつから観察されていたのかと思うと、つみれの額に冷や汗が走る。
「御用でしたらお申し付けくださいませ」
彼女はそう言って頭を下げたまま動かないが、その隙のなさ、全てを掌握していることは明瞭だ。つみれは驚きで凍りついた喉からなんとか声を絞り出した。
「えっ、あの、いつから、ここにいたんですか?!」
「ご安心ください、スリアミドラさまがここをお訪ねになられたことは申し上げません。監視は私の仕事ではないのです」
そう答えたまま彼女はあいかわらず顔を上げない。おそらくこの返答から察するに、これがさっきスリアミドラが言っていたエルトにしかられる、という言葉の意味だったのだろう。つみれは何もしてないのに何故か気まずさを感じた。
つみれの焦りを無視するかのように、メイドは淡々と、
「なにかお探しのようでしたのでご指示を戴くべく参りました。何なりとお申し付けください。これは姫君方からの命令ですゆえ、どんな些細なことでもけっこうです 」
とだけ述べた。あいかわらず頭を下げたまま微動だにもしない。つみれは、この人はメイドなんかより暗殺者のほうが向いているのでは、とふいに無関係のことを思い浮かべながら、とりあえずなんとか頼みたいことを頼んだ。
「あ、その、キッチンとかあれば見てみたいかなーって、そ、その眠れなくって、それに朝ごはんは自分で支度したい派というか」
「恐れながらそれは当城の食事にご心配があるということでしょうか?」
表情一つ見せずに切り返される。つみれは、喉にパンでもつまらせたような変な音を出した。が、メイドはそれ以上追求せずあっけらかんと、
「今日はいろいろなことがありましたゆえに、つみれ様の気も昂ぶってお眠りになられないのも当然のことです。」
と言った。
無表情だけど、結構話しやすいのかもしれない。つみれは頼みついでに「あの、あとよければ、なにかもっと地味な服あれば貸していただきたいんですけど……」と申し出た。できればこの至極ロマンティックなネグリジェのままで部屋から出るのは御免こうむりたい。そうでなくても、つみれにとってはこんな格好はむしろ罰ゲームだった。
メイドは、
「あちらの衣装棚にご用意しております、好きなのをお選びください」
と言いながら壁一面のクローゼットを素早く開けてみせたが、華美なドレスばかりがざっと百着以上はあるものの、フリルやリボンだらけでつみれには縁遠いものばかりだった。それにどれもまったいらNOくびれのつみれが着れば胸部に虚しい空間が生まれることまちがいなしのデザインばかりでどうしようもない。
「あの、ほんとに、ジャージとかパーカーにジーンズとかそういうのでいいんです、一番地味なやつで」
「……地味なものと言われましても、これ以外となりますと、私達使用人のものしか、今すぐには」
ジャージもパーカーもどれも意味が全くわかりません、といった取り付く島もない顔でメイドは淡々と答えた。つみれはとびつくように、
「そそそそそういう使用人とかそういうレベルで十っ分です!!!」と答えた。メイドは少し考え込んだような顔をして、「かしこまりました、そういったものでもよろしければ……私の制服の替えがございますので厨房でお渡しいたします」
ほんとうによろしいのですね、と念を押しながらメイドは、
「ではご要望どおり、厨房までご案内いたします。鍵は私が管理しておりますので」と言いドアを開けた。ドアの先に広い廊下と階段が続いているのが見える。昼間礼拝堂から案内してもらったときと同様、足早なのをつみれは追いかけながら、苦手意識を追い払うべく少しでも打ち解けようと小声で話しかけた。
「あ、あの……エ、エルトさん、ですよね、いつ寝てるんですか?」
王女といえ、見るからに年下で自分を慕ってくれるルナフィオラやスリアミドラ相手には気軽に話せるのに、このメイド相手にはついつい敬語になってしまう。それはそれで不自然なはずなのに、と思いながらも打開できるわけもなくつみれは相手の返事をうかがった。
「恐縮ですが、どういう意味でしょうか……。」
「え、いや、その、自分がここに来てからもしかしてずっと私と一緒にいてくれてるっていうかっ」
眉一つ動かさずに答えるメイドの冷静さにしどろもどろにさせられながらつみれはなんとか話のきっかけを掴んでどうにかしようと頑張った。
「礼拝堂のときから、お昼のお茶のときも、それに今だって付かず離れずって感じで働いてて、もしかして私のこと疑ってるとか、信用できないとか、そういう理由で私のこと調べてたとかだったら、ほんとごめんなさいっていうか、怪しむ気持ちはわかるんですけどっ 自分にもどうしようもないっていうか」
少しも歩む速度を落とさずにメイドは答えた。
「……つみれ様、おそらく勘違いされておいでかと存じます。おそらく、つみれ様がおっしゃりたいのは、私の姉のことかと。姉はエルトと申し、次期国王ルナフィオラ様の第一侍女として本日のお茶の席の準備を致しておりました。
私はアルト、スリアミドラ様にお仕えしております。」
「えっ、えっ!?!あっそ、それで、そっそうですよね、でも、顔とか話し方とかすごく似てるっていうか一卵性双生児ってレベル」
「よくおっしゃられます。ですが、姉に比べましたら私はまだまだ至らないところが多いのです。ルナフィオラ様は姉には満足しているとおっしゃってますが、スリアミドラ様は私にもっと楽しいものをお求めのようで、気が利いた会話などができずよく退屈させてしまっております」
確かに次期国王としての責任に応えるべく準備しているルナフィオラに比べると、スリアミドラは年齢相応の好奇心に満ちていて、このメイド姉妹のような生真面目な話し相手では物足りないのだろう。
そんなことを考えながら、つみれは延々と階段を降りていくアルトの背中を眺めていた。
一体どこまでおりるのだろう、というほどの石造りの螺旋階段を降り続けた先で、手動のリフトのゴンドラに乗るように促されるとと、アルトが手回しでハンドルを操作し二人は地下の一室に降りていった。それまでの冷え切った空気とは違い、急に暖かな部屋に着く。ゴンドラから降りたつみれにはここが厨房なのだとすぐにわかった。いかにも古そうな、大きな作業台やコンロがしつらえてあり、かつ奥にはかまどのようなものが構えており、そこから暖かな空気が流れ出ていた。
「ここが厨房です。当城では突然のお食事のご希望に備えるべくかまどの火は決して落としませんゆえ、すぐ使える状態です」
いつの間に持ってきたのか、手に簡素な服を手にしたアルトが、あたりを興味深そうに見回すつみれに話しかけた。
「お召し物のご用意ができました。私が以前着ていたものなのですが、それでほんとうによろしければ」そういって今彼女が着ているのと同じ型の、ダークグリーンの襟付きワンピースにエプロンを手渡す。つみれは安堵の表情で受け取ると、
「あ、ありがとうございます、そう、こういうので良かったんです!さすがにドレスなんて顔じゃないし……、それにドレスでキッチンっていうのもね」と乾いた笑顔を浮かべ、部屋の隅で素早く着替えた。エプロンのリボンを腰でぐっと絞ると気合が入る。そうそう、こういう、仕事モードのほうが落ち着く、とほっとしながらつみれは景気づけに腰を叩いた。ちょっとフリルが効いてていかにもメイドといった感じだが、もうそれは軽いコスプレとして割り切るしかない。
あけましておめでとうございまーす!