ベッドルームにご用心!
仄暗い静けさのなかでつみれは目を覚ました。今何時だろう。夜なのはわかる。深夜にうっかり目が覚めてしまったのだろう。スマホで時間を確認しようと枕元をまさぐったが何も見つからない。寝る前にきっとテーブルに置き忘れたのだろう。充電が切れてないといいが、きっと仕事のことでメッセージが入ってるだろう。仕事?いや、そういえば、休日だったかな。働いた記憶がない。昨日の売上だって思い出せないし。だれかとシフト変わったんだっけ?
つみれは横になったまま、ベッドに下ろされたヴェール越しに、部屋に灯されているらしい燭台の明かりがぼんやりと壁を照らしているのをぼんやりと眺めた。暖かなオレンジ色だ。
手元に目を落とすと、つみれは自分が豪華な刺繍がふんだんに施された布団にくるまっていることがわかった。まるでヴェルサイユ宮殿の女王の寝台だ。よく見ると、枕も、シーツも、何もかも、絹なのだろうか、触るのがもったいないほど高級なものでできているのに気づいた。その上、自分の体も繊細なレースやリボンだらけのネグリジェに包まれている。あきらかにいつもの毛玉だらけのジャージではない。つみれははっとした。慌てて寝台を覆う天蓋を開ける。
「あ、起こしてしまいましたか」
物音に気がついたのか誰かが声をかけた。広い室内で、燭台の近くに座っていたらしいスリアミドラだった。晩餐にも出席せず0時を過ぎても眠り続けていたつみれを心配して、少し前に訪ねてきたのだったが、起こすわけにもいかず、本を読みながら時間を潰していたのだった。
「ページをめくる音がお耳にさわったのではないかと」そうではないことは明らかだったが、スリアミドラはそう尋ねつつ、「喉が渇いておいでではないですか?水差しをお持ちいたします」と言いつみれのもとに近づいた。そしてそのまま「失礼します」といって、寝台のすぐ横の椅子に座った。
渡された水をごくごくと飲み干しながら、次第にはっきりとしてくる頭でつみれは今日起きたことをいろいろと考えた。すべてが非現実のこと、幻だったかのように思えたが、すぐそこにいるスリアミドラのウサ耳をみればそうでないことは明白だった。
「ご、ごめん、本読んでたの邪魔しちゃったよね……?」
もちろんスリアミドラが読書するためにここにいたのでないことはわかりきっている。自分でも間抜けな発言だとは思ったが、ほかに会話の切り出しかたが思いつかなかった。出した言葉を引っ込めるわけにはいかない。不器用な沈黙がしばらく漂い、それからスリアミドラは目を伏せがちにして、「いいえ、とんでもないです」と答えた。
「いろいろと考え事をしておりましたから」そう言ってつみれからグラスを受け取ると微笑んだ。 燭台の心もとない明るさのせいだろうか、その顔は少し暗くみえる。
「心配事?」
「いえ、たいしたことでは……その、つみれ様のことを考えていました」
スリアミドラはそういうと寝台の上のつみれを見つめて問いかけた。ルナフィオラと同じルビーのような美しい紅い瞳は大きくつみれだけを映している。つみれは緊張した。こういうのってアニメやまんがなんかでよくあるシーンだ。ピンク色のキラキラエフェクトに包まれてあっというまに恋愛シーン突入。けど、実際やられてみるとこんなに心の底まで覗き込まれるようなおそろしいものだとは知らなかった。はんぱな男なら誰でも、いや女でも即恋に落ちてしまうことまちがいないだろう。この子は今目の前にいる相手が非モテを自覚しまくっている自分でほんとによかったと感謝されていいレベル、じゃないととんでもないことになってたかもよ、とつみれは必死でその目に吸い込まれないように気をつけた。その真剣な目つきに、まじめさを感じたスリアミドラは打ち明けた。
「いまさらなのですが… …つみれ様と出逢い、わたしの旅に付き合っていただくことをご承諾していただきまして、嬉しい気持ちでいっぱいだったのですが、いざこうして出立が決まったと思うと、急に不安になってしまって……。
もちろん、つみれ様に不安があるというわけではなくて、その、午後にお姉さまとつみれ様がお話しているのを見て、つみれ様の人柄にますます惹き込まれて、嬉しいのと同時に心配なんです。
つみれ様は、優しい方です。だから、本当は嫌な気持ちを押し隠してお付き合いくださっているだけなのでは、とか、もとの世界で立派にやり遂げられるべき任務のお邪魔をしてしまったのでは、と考え出すと止まらなくて……」 そういうとスリアミドラはまた目を伏せた。
やり遂げるべき任務って、そんなただなんとなく生きてきたつみれにそんな重い予定はない。つみれは真剣に悩んでいるらしいスリアミドラの顔を見つめた。逆に、彼女には一国の王女として、自分のようにひとに流されて生きていくだけという軽い人生の選択肢はないのだろう。つみれの中で、ふわふわかわいいウサ耳女子、としか認識していなかったのが少し変わった。
つみれは、少しおし黙った。それから、スリアミドラに、「そんなことないよ。」と返した。
「正直、最初はびっくりしたし、ビール一本とはいえ酔ってててきとーにノリでいいよって言ったんだと思うけど、いま考えても、別に、嫌な話とかじゃないし。そりゃ、もちろんこれがなんかすっごい荒廃した世界で大工になれとか全然自分の知らない頼みだったら引き受けてたかわかんないけど、旅行に付き合って料理教えてあげればいいだけでしょ?それならなんとかできると思うし。
正直に言うと、こんなに自分に頼ってもらえたことって、あんまないから、嬉しくて、つい、引き受けちゃったっていうか。だから、自信があってオッケーしたとかじゃないんだよね。こんななのにすごくよくしてくれて、申し訳ないです」
だんだんと、尻つぼみな語尾になりつつ、つみれは自分に言い聞かせるようにスリアミドラに率直に話した。心配させないように軽い調子で言ったつもりだったが、ぎこちなく話している、と自分でも思った。仕事先での型にはまった会話を除けば、つみれがプライベートでだれかと話すのなんて、コンビニでネット注文したものを引き取るときくらいだ。
それでも、スリアミドラは笑わなかった。真面目な顔でつみれを見つめ、なにか考えているようだった。
それからしばらくして、息を吐き出すと、
「すみません、嬉しくて、なんと言ったらいいかわからなくて。」といい、急に椅子から立ちあがった。よくわからないが、胸のあたりをぎゅっと抑えているのを見る限り、きっと感動したのだろう。
「今日は、わたし、下がります。つみれ様とここでお話しできて、よかったです。長々とおじゃましてしまいすみませんでした。
明日、また参ります!よろしくお願いします。」
そう言ってドアのあたりまで駆けていく。つみれは呆気にとられたように見つめているだけだったが、なにか気の利いたことを言おうと考えているうちに、スリアミドラが先手をうった。「あ、今夜わたしがここに来たことは、秘密にしてくださいね!アルトにしかられてしまいますから」
唇に人差し指を立てて笑うと、スリアミドラは静かに、ドアを開けて、「では、朝食のときに迎えをよこさせます」と行ってするりと逃げ出していった。




