オルバーVS
オルバー達が武器を構えるのを待っていたかのように、フレア・サーペントはゆっくりと鎌首をもたげた。
「シャァ!」
「はあ!」
大蛇の頭突きを、ガラードは盾で受け止める。
優秀な騎士は勢いさえも抑え込み、大蛇が怯んだ。
「氷結矢」
「クラッチネイル!」
そこへ、オルバーとククルが一撃を叩き込む。
左右から攻撃を受け、大蛇は体を起こした。その隙を見逃さず、オルバーは矢を射掛ける。
ククルは懐へ潜り込んで爪を立て、ガラードは追撃に備えて身構えた。
「シャァ!」
大蛇が再び頭突きを放つが、ガラードには効くわけもなく、盾に阻まれて怯んだ。
その動きを横目に見ながら、オルバーは3本目の矢を番えた。
「高速乱射」
1度に3本の矢を番えることで、無数の矢を射ち込むスキル技だ。
顔面を蜂の巣にされ、大蛇が跳ね起きる。
「デカい割には、弱いな」
隙だらけの様を皮肉りつつ、オルバーは矢を放つ。
「シャァ!」
大蛇は極太の尾を薙ぎ払った。
横からの、それもしなる武器での攻撃は、盾で防ぐのが困難な攻撃のひとつだ。
ガラードだけでは防ぎ切ることは出来ず、油断していたオルバーのHPは1割ほど削られた。
だが、ガラードの背中に隠れていたセプトは無傷。
懐に潜り込んでいたククルも、尾の一撃は喰らっていない。
状況を総合的に判断し、オルバーは矢を番えながら、距離を詰めた。
黄金の矢、紫色の矢、黄色の矢。
3本の矢が混ざり合い、紫と黄色のマーブル模様の矢へと変化する。それを、大蛇の真下に駆け込んで、顎に向かって、放った。
「異常状態乱射」
弓から放たれた矢は空中で無数に分離し、蛇のHPを削る。
異常状態にならないのは、耐性があるからか。
火傷も、氷結も、毒も、麻痺も、無効。
この時点で、オルバーの存在価値は半減した。
「……耐性弱体化の魔法スキルとかないかな」
ないものねだりをしながら、オルバーは黄金の矢を番える。
その目の前で、大蛇の体が赤みを帯びた。
頬を引き攣らせながら視線を上げた先には、オルバーを睨みつける蛇の顔。そして、全回復したHPと各種ステータスの向上を知らせるオルバー達と同じ表示が。
「怒ってらっしゃる?」
「シャァ!」
大蛇が炎を吹いた。
真っ赤に燃える紅蓮の炎が迫る。
武器を捨てて逃げ出したオルバーは、辛くも直撃を免れた。
「ねぇ」
「ぐえっ」
その顔面を、ククルが鷲掴む。
「……なに、逆鱗に触れてくれてるんですか」
「いや、そんなの、あるとは、思ってなくて」
「言い訳はいいんですよ。どう、ケジメつけてくれるんですか。と、私は言いたいのです」
「け、ケジメって、そんな無茶、いてて、いたい」
アイアンクローでジリジリとHPを削られながら、オルバーは必死に抵抗する。
だが、叩いても叩いても締めつけが緩くなることはなく、フレンドリーファイアで僅かに減少する彼女のHPは、セプトが逐一回復していた。
「シャァ」
炎を吐き終えた大蛇が、2人を睨みつける。
流石に仲間割れしている場合ではないと思ったのか、ククルは手を離した。
減少したオルバーのHPも、セプトが回復してくれる。
だが、オルバーは丸腰だった。
「置いてきた弓を取りに行きたいんだけど、蛇同士で対話出来ないのか」
「出来るわけないでしょ」
「だよな」
とはいえ、彼は魔法使いである。
ククルもそのことはわかっているから、焦りはない。
「まぁ、気を引く手伝いくらいはしてあげます」
「いや、手伝いっていうか」
表情には出さないながらも焦っているのは、オルバーだ。
「俺、攻撃魔法のスキルは上げてないから、魔法攻撃は出来ないぞ」
「はぁ!?」
「あくまで弓メインでやってるから」
「なんで弓を捨てて来たのよ!?」
「それは逃げるのに必死で」
「馬鹿なの!?」
「馬鹿で間が悪いのは昔からだ。そのせいでゲームで死にかけたこともある」
学生の頃の思い出だ。
「ゲームで死にかけるってどんなゲー……って、そんなことはどうでもいいのよ!」
「人の死にかけ体験をどうでもいいとか酷いな」
「言葉の綾よ! それより、今、どうすんの!」
「とりあえず、口論は後にしてくれると助かる」
ククルの問いに答えたのは、大盾の騎士。
いつの間にか襲ってきた大蛇を、ガラードが抑えていた。
その隙に攻撃といきたいところだが、オルバーの武器は大蛇の腹の下だ。
取りに行かなければ攻撃は出来ないが、攻撃して退かさなければ回収すら出来ない。
有り体に言って、今のオルバーは役立たずだった。
「ったく。仕方ないわね」
呆れたようにククルがため息をつく。事実、呆れているのだろう。
それでも不甲斐ない仲間を見捨てないのは、彼女の優しさだ。
「どの辺に置いてきたの?」
「サーペントが前進してきたから、ちょうど潰されてる辺り」
「それ、壊れてるんじゃない?」
「そう簡単には壊れない……はずだ」
「だといいけど、ね!」
ククルが爪を赤く光らせて、走る。
その足の先で地面が小さく隆起した。
「止まれ、ククル!」
「え?」
オルバーが叫ぶがもう遅い。
地面を突き破って飛び出した尾が、ククルの体を跳ね飛ばした。
頭突きを抑えていたガラードも、不意をつかれて咥えられ、投げ飛ばされる。
「シャァ!」
丸腰のオルバーは視界から外し、大蛇はセプトに狙いを定めた。
「……まあ、当然こっちにくるよね」
攻撃手段を持たないセプトだが、不敵に笑い、杖を構える。だが、彼女は至って普通のプレイヤーだ。
打撃戦を得意とする魔法使いもいる世界だが、彼女はその部類ではない。
「かかって来なさい!」
それでも、魔法少女は逃げも隠れも、諦めもしなかった。
「……どいつもこいつも、見せつけてくれる」
静かに呟き、オルバーはメニューを操作する。
狩人の手に新たな武器が現れた。
黄金に輝く弓だ。矢を番える中央の部分が膨らんでおり、ある動物の顔を思わせる装飾が施されている。
その武器は、金牛長弓。
オルバーが持つ十二宮星具だ。
「喰らえ、サーペント」
夜色の弦に、星空模様の矢を番え、限界まで弓を引き絞る。
矢に描かれた星が輝きを増した。
「アルデバラン!」
放つは、金牛宮の力が込められた特殊技。
その効果は、自動追尾。
オルバーが定めた狙いに向かって、風を切り裂き、矢が飛んでいく。
大蛇が動けば、それに合わせて矢も軌道を変える。
そして、額から生える結晶を貫き砕いた。
「シャァ!」
大きく体を仰け反らせ、痛みに悶え苦しむように体をくねらせながら、大蛇はのたうち回る。
そのHPは約半分にまで減少し、全身に纏っていた赤みも消えていた。
「その星具は、いつ、手に入れたのですか?」
攻撃を忘れた大蛇の代わりに、帰還した蛇人がオルバーに詰め寄る。
別に星具を手に入れたことを報告する義務はギルドに存在しない。
だが、星具に関する情報提供は義務だ。
その情報をもとに攻略が行われるのだから、獲得者が知れ渡るのは必定。
「ねぇ、オルバー?」
ゆえに、未知の星具を持つオルバーに、ククルは静かに問いかける。
使った時点で、こうなることはわかりきっていた。
だからこそ、使わなかったのだ。
「わかった話すよ」
オルバーは弁解を諦め、両手を上げた。
「こいつは牡牛座の星具だ」
「なっ……」
「魔法使いの試練の時に見つけた病院で、たまたま手に入れた。初見で攻略したから、それで終わりだ」
嘘である。
場所については真実だが、魔法使いの試練の最中に行っただけで、全く関係ない。
「攻略済みの情報提供ってのも気が引けるから黙ってたんだ。十二宮だから、余計にな」
「それは……それが事実なら、気持ちはわからなくもないですが。事前に情報を得ながら黙って挑んだという可能性だって」
「証明は出来ないな」
嘘である。
星具の情報を買った男とのチャット記録は消していないから、それを見せれば証明は簡単だ。
事前に情報を得ながら黙って挑んだ、ということの証明は。
「……たまたまで星具に巡り会うのもそうですが、魔法使いの試練というのも胡散臭いですね」
「彼が魔法使いの試練に挑んでいるのは事実だ」
疑惑を晴らすように、ガラードが助け舟を出してくる。
彼の娘のためにと情報提供をしていることが吉と出た。
気を逃すまいとオルバーは言葉を重ねる。
「ガキの頃から馬鹿で間が悪かったが、悪運は強かったんだ。まあ、今回については非があることは認めるし、経緯は後で纏めて提出する。ただ、手を抜いて星具を取り逃がすような真似は俺には出来なかったんだ」
「……わかりました」
矢継ぎ早にオルバーが出した提案に、ククルは頷いた。
ここが戦場で、戦いの最中でなければ、ククルの追求は続いただろう。
あるいは、ガラードの助け舟がなければ、疑惑として持ち越しとなったかもしれない。
こっそりとため息をついて、オルバーは再び矢を番えた。
「さぁ、まずはこの蛇との対決を終わらせよう」
苦しむ大蛇に、反撃の予兆は見られない。
こうなってしまえば、ただのタフな動き回る的だ。
本命が控えている以上、悠長に話している時間はない。
「えぇ、そうしましょう。セプトは引き続き他のメンバーの援護を」
「はーい」
「まずは、この1体を倒さなくてはな」
爪を構えたククルに続いて、ガラードも剣を構えた。
「アルデバラン!」
渾身の一矢を放つ。
その瞬間、オルバーは自分の腕が消えた。
「なに?」
感覚はある。けれど、視界に映らない。
見えない体を探していると、胸部に衝撃。
ーーHPが0になる。
「は? おいーー
何かに暗殺され、オルバーは戦場から姿を消した。




