領域解放戦・星狩りの剣
無駄に凝った演出を伴って、貪欲領域の荒野にヒュドラが姿を現した。開幕の一撃は、猛毒龍の二つ名に恥じない回避不可能の毒ブレス。
だが、放っておけばHPが削られる状態異常は、その猛威を振るう前にヒーラーによって解除された。
「さぁ! ヒュドラ討伐を始めよう!」
セフィラ解放軍のエターナルの掛け声に合わせて、プレイヤー達が動き出す。
だが、転送時に最前線という好位置につけていながら、オルバーを含め、星狩りの剣のメンバー達は動かない。
「同胞たちよ!」
黒鉄で出来た爪を掲げ、ククルが声を張り上げた。
「我らが狙うのは、MVPに与えられる星具である。そのために、我らは一致団結し、かの邪龍に立ち向かう! 全ては勝利のために!」
彼女自身の言葉ではなく、ボスからの借り物の言葉だが、それにケチをつけるプレイヤーはいない。
「進軍、開始!」
「「おう!」」
声を揃えて、武器を掲げる。
自分本位なプレイヤーが多いとはいえ、協調性が皆無というわけではない。そもそも、ギルドの成り立ちからして、強大な【星の守り神】に協力して勝つために生まれたギルドだ。
事前に決めたチーム分けに従って、星を狩る戦士達が進軍を開始する。
「素早く動け、クイック」
それに合わせて、素早さを上げる魔法が唱えられた。全員の進軍が加速する。
「守りを固め、バリアー。心を固め、レジスト」
続けて使用されたのは、物理防御力と魔法防御力を上げる魔法だ。
「力を誇れ、アームズ。知識を誇れ、インテリ。よし、おっけい!」
最後に両攻撃力を上げる魔法を放って、自称・魔法少女が満足げに笑う。
彼女はセプト。サポートに優れた付与術師だ。
「目にもの見せてやりますよ! アザトックス!」
元は解放軍で僧侶をしていながら、支援魔法を習得し、職業を変えて、星狩りの剣に流れてきた異色のプレイヤーでもある。
「ご苦労様です。あとは、回復に専念してください」
「君は私が守るから安心するといい」
「はぁーい」
彼女とククル、そしてガラードがオルバーのチームメンバーだ。
数少ないーーというか1人しかいないーーサポーター兼ヒーラーのセプト。
彼女の護衛に、実力ナンバーワンーーボスを除くーーのククルと騎士のガラード。
それから、遠距離攻撃を得意とするオルバー。
彼らの役目は、前線の少し後ろから全体を補佐することだ。
そしてもう1つ。ククル、ガラード、オルバーの3人はU18トーナメントの予選を勝ち抜けたことで、領域解放戦に関する重要な情報を手に入れていた。
ギルドの意義にまつわるある情報を。
「余裕があるなら、他のギルドのプレイヤーを強化しててもいいですよ?」
冗談めかした風に、ククルが言う。
「おいおい、敵の手助けしてどうすんだ」
思わず、オルバーは反論した。
「私達が狙ってるのは、MVPです。むしろ、解放軍の連中も助けて、恩を売り付けておけばいいんですよ」
「そんなことで贔屓する連中とは思えないけどな」
「やってみなければわからないでしょう」
「やってみて駄目だったら、俺らの勝率が下がるだけだろ」
「そんなのは目に見えない結果です」
「それはお互い様だろ」
バチバチと火花を散らしながら、2人はセプトを見た。
可憐な魔法少女は曖昧な笑みを浮かべ、どう判断するべきか決めかねている様子だ。
「とりあえず、今は味方の支援に集中だ」
「りょーかいです」
オルバーが優しく声をかけると、セプトは素直に頷いた。その姿に、オルバーの涙腺が緩む。
「あぁ、素直な少女っていいな。セプトが俺の娘だったらなぁ」
「……変態ロリコン」
ポロリと漏れた本音に、ククルが毒を吐いた。
「いや、今のはそういう意味じゃなくてな」
「何をどう言おうと、その顔でその発言はアウトです」
「いや、顔は関係ないだろ!」
蛇人が放つ言葉の毒に精神的ダメージを受けながらも、オルバーは必死に抵抗する。その心にトドメを刺したのは、
「……キモいです」
詠唱すらない魔法少女のひと言だった。
「キモ……」
「おっと、危ない」
フラリと倒れ込むオルバーを、騎士が支える。
「……ガラード。俺の味方はーー」
「ボーッとしてないで働けよ。オルバー。汚名返上のためにもな」
「ーーどこにもいないらしい」
ガックリと肩を落とし、オルバーは真っ赤に輝く矢を番えた。火傷の追加効果付きのその矢はゲームにおける火矢だ。
「火傷矢!」
限界まで弦を引き絞り、ヒュドラ目掛けて矢を放つ。届くかどうかは二の次で、戦う意思を見せる為だけの一撃。
「シャァ!」
その矢は、窪みから這いずり出てきた何かに突き刺さった。漆黒の鱗に覆われ、丸みを帯びた太くて長い何か。
まるでヒュドラの首のようなそれは、巨大な大蛇だった。
固有名は【フレア・サーペント】ーー炎の蛇だ。
「安直な名前だな……」
全身が燃えていたりはしないが、額に生えた結晶の中では炎が静かに揺らめいている。
「名前の安直さには同感だが、気は抜くなよ」
「わかってる」
ガラードに窘められ、オルバーは弓を構え直した。
「来ますよ。しっかりとセプトだけは守ってください。ガラード」
「回復はしますから、守ってくださいね。ガラード」
「承った」
「俺は無視かよ!?」
「黙って敵を倒してください。あなたは」
女性陣の扱いに思わずオルバーが声を張り上げるが、扱いはなお冷たくなるばかりだ。
本気で汚名返上の必要性を感じ、オルバーは居住まいを正した。
◇
ーー時は少し遡る。
協調性が皆無というわけではない。というのが、全員が一丸となって結束しているということかと言えば、そうではないのだ。
「ぶっ殺してやるよ……」
ククルの宣言どころかエターナルの号令すら待たずに、周りのプレイヤーを押し退けて、悪魔が飛び出した。
名前に違わない強欲さを隠しもせず、独断専行常習犯の彼の行為を咎める人は誰もいない。
「…………」
その後ろに続くのは剣奴の少年。
勇敢さを意味する名前を持ちながら、悪魔に敗れ奴隷となった剣闘士だ。
悪魔の身勝手に口出しする人がいないのは、彼の二の舞になることを恐れているというのもあるだろう。
「はぁ……」
そんな悪魔とチームを組まされた大男は、ひっそりとため息を零した。
名前はブリガンテ。大盾持ちの重装甲戦士だ。
彼のチームメイトは走り去った悪魔と剣奴、それから集合時間になっても姿を現さなかった小妖精と魔法使い。
そしてーー
「お前はいなくなるなよ。ラグナ」
ブリガンテは唯一残ったメンバーに視線を移した。
彼の持つ大盾を構えれば、姿がすっぽりと隠れてしまいそうな小柄な少女だ。
悪魔の元手駒にして、チートを持たない銃使い。
現奴隷が処遇を巡って悪魔と対立した原因でもある。
結果的に彼のおかげで開放された訳だが、感謝や負い目を感じている様子は見られない。
ついでにブリガンテの言葉に対する反応もない。
「聞こえーー」
「うるさい」
「……く」
上目遣いで睨まれ、ブリガンテが怯んだ。
「4人もいなくなったんだし、私は私のペースでやるからほっといてよ」
「そうはいかないだろ。チームなんだから」
「だから何? 半数以上消えたのに、私にだけ強要するの?」
「そ、それは」
「自分の身くらいは守れるから、ほっといて」
話す気はないと、少女はそっぽを向いた。
ククルの合図を待たずに飛び出さないだけ、悪魔よりはマシかもしれない。
だが彼女まで勝手に動くとなれば、残されたブリガンテは誰も守らない盾役となってしまうわけで。
「はぁ……」
これから始まる戦いを前に、大男は深いため息を零した。
◇
集合場所に姿を現さなかったブリガンテのチームメイト2人だが、彼らは決して領域解放戦を放棄したわけではない。
ククルの宣誓を煩わしく思い、チームで行動する必然性を感じなかっただけだ。
結果として2人はククル達より少し遠くに配置されながらも、前線に加わることが出来た。
それでいながらセプトによる支援はしっかりと受け取り、魔法使いの少年が笑う。
「やっぱり多数派ってのはいいね。力が漲ってくるよ」
「バフは関係ないけどね?」
「気分の問題だよ、姉さん。人数でもステータスでも増えると気分が高揚するんだ」
「足手纏いが増えても疲れるだけでしょ?」
楽しそうな少年の呟きに、姉と呼ばれた小妖精は甘いため息を漏らした。露出度の高い衣装と相まって艶めかしい仕草だが、少年は僅かも照れることなく見つめ返す。
「数は力、だよ」
「量より質、とも言うでしょ?」
2人の意見は対極に位置し、決して交わることはない。けれど、2人にとってこれはじゃれ合いだ。
しばらく視線を交わした後に、どちらともなく破顔し、笑い合う。
「さ。真面目にやるわよ? シャドウ」
「わかってるよ。ネラ姉さん」
「「狙うは星具!!」」
ククルを蔑ろにしたり、ギルド名よりもコンビ名を名乗ったり、所属ギルドを軽視する2人だが、意味もなく所属しているわけではない。
決意を新たに黒影が武器を構える。
その近くを、猛スピードで駆け抜けていくプレイヤーが1人。
男はいかにも戦士な防具を身につけ、素早さの下がる斧を持ちながらも、他の追随を許さない。
「……あれって?」
「レフトの騎士、ライトだね」
「あぁ、あの時の彼ね……?」
最前線から更に突出した男の前に、巨大な蛇が立ち塞がった。ヒュドラの取り巻きだ。
それを、ライトはすれ違いざまに一撃で粉砕する。
「嫌になるね、あれ」
チートを知っているので驚きはないが、乾いた笑いしか出てこない。
つられてネラも苦笑いを浮かべる。
「数も質も関係ないわね?」
一騎当千の快進撃を続けるライトの背中を見ながら、2人は改めて武器を構えた。




