シンの巣穴の主
ゲーム開始3日目。ナイトメイジ討伐の依頼を受けて向かったコフの庭園で出会ったのが、ニコラだ。いや、名前は借り物と言っていたから、厳密にはニコラではないのだろうが。
「……久しぶりやな。ライトはん」
ニコラはゆっくりとフードを外した。
1番最初に目につくのは、見えているかも怪しい糸目。ニヤニヤと緩んだ口元と合わせて、胡散臭さの擬人化のような人物である。
「あんさんには感謝しとるで」
「感謝だと?」
作戦を潰した覚えしかないが。
「イキっとったんを、あんさんがポキッと折ってくれたおかげで、今はええ感じに稼がしてもろてますから」
ニコラが黒光りする短刀を振り上げる。
「もうやらないように灸を据えたつもりだったんだが、足りなかったらしいな?」
俺は常夜の斧を構えた。
前回はチートおかげで勝てたが、今回は発動しないので勝てる保証はない。毒を食らった時点で終わりだと考えておく必要がある。
まずは兜割りでーー
「いやいや、マジにならんでや」
ニコラが短刀をしまった。
「もう懲りたに決まっとるやろ。あんなチート持っとるあんさんには勝てへんて」
降参するようにニコラは両手を上げる。
だが、ニヤニヤとした笑みは崩れないので、本気で言っているのかはわからない。シャドウの仲間なら俺のチートについては共有されていてもおかしくないが。
考えていても仕方ないな。
「お前もシャドウの仲間なのか?」
戦闘態勢は解かずに、もう1度問いかける。
「シャドウ? そないなもんは知らんなぁ。自分はただ、狩りをしとっただけやで」
大仰な身振りで否定する様は、かえって怪しい。
身に纏っているローブはシャドウ達と全く同じ作りをしているし、夜の欠片を欲する彼がシンの巣穴で狩りをしているというのは不自然だ。
ローブについてはたまたま被った可能性も否定は出来ないが、店で見た覚えはないので、レアアイテムではあるだろう。
いや、初対面の悪印象に引きずり過ぎてるのか。
「……質問を変えようか」
だから、聞き方を変える。
「レフトは知ってるか?」
ニコラの眉がピクリと動いた。
演技とは思えない瞬間的な反応。
「知ってるんだな」
「こないなところで繋がるなんて、ついとらんわ」
ニコラが短刀を振り上げた。
「正子の闇!」
世界が夜に染まる。まあ、洞窟の中なので変化はないが。
「あいつに何をした」
「オレは、何もしてへんで」
「詳しく聞く必要がありそうだな」
壁に松明を突き立て、フェザーソードを構える。
1度でも毒を喰らえば、終わりかねないこの状況。
力ほど上手く出来る気はしないが、手数を増やして被弾を抑えることが重要だ。
ーーそういえば、前は毒矢を放ってきた狙撃手がいたな。
そう思って後ろへ目を向けると、こちらに向かってくる髑髏と目が合った。
「なっ……!」
本能に従い、壁際で蹲る。
「ん? なんや、怖気付いたんか?」
「見えてないのか!?」
「はっ、なんやビビらせようたっーー」
「シャァァアア!」
「え?」
巨大な髑髏がニコラを噛み砕いた。
いや、ただの髑髏じゃない。顔の後ろには背骨のように円柱型の骨がいくつも連なっている。その様はまるで、
「髑髏の大蛇?」
「シャァァアア!」
存在を主張するかのように髑髏が叫ぶ。
続けて、カタカタと顎を鳴らしながら、こちらを向いた。その頭上には真っ赤なカーソル。
登場が急過ぎて驚いたが、ただの主だ。
ニコラが倒されたおかげでチートも発動している。
「……ビビらせやがって」
ゆっくりと立ち上がり、斧を構えて向かい合う。
スカルサーペントの体は幽霊のように青白く発光していた。手で触れられるので、実態はあるらしい。
「くたばれ」
「シャァァアア!」
そのまま手に力を込めると、骨が砕け、巨大な髑髏はポリゴンの欠片となって、散った。
「ひとりで何やってんだよ。ライト」
よく聞き慣れた懐かしい声。
「ひとりじゃねぇよ。って、そっちこそ、何やってんだよ」
声のした方へ目をやると、松明を持ったレフト。
その横に、同じく松明を持った大柄な機械人間ーーアーケインがいた。
と、まあ。
レフトといると、イベントに事欠かないことこの上ない。レベリングは一旦中断となり、俺達はアーケインの案内に従って安全空間に移動した。
一見すると、ただの行き止まり。だが、壁からは湧水が出ており、それが小さな池を作っていた。
本当に安全空間なのかは疑問だったが、アーケインがレフトに殴らせてHPが減らないことを証明。
地面に立てた松明で最低限の光源を確保しつつ、円形に向かいあった。
「さて、どれから話そうか?」
レフトは悪い笑みを浮かべる。
【レフトに起きた事について】
【同行人アーケインについて】
【ライトに起きた事について】
【首謀者のシャドウについて】
【スカルサーペントについて】
ふと、そんな選択肢を幻視した。
質問に合わせて選択肢が出てくるとかゲームかよ。いや、ゲームだけど。ノベルゲームじゃないし、そもそもプレイヤー同士の会話で選択肢が出るゲームなんて見たことがない。
って、そんなことを考える場合じゃないな。
「まずはどこに行ってたのか教えてくれよ」
「それはだなーー
レフトにしては真面目なノリで、その身に起こったことを語った。
要約すると、シャドウ達に襲われたが、敵の仲間割れがあって、最終的にはレフトとアーケインだけが生き残った、と。
そして、飛ばされたせいで現在地がわからないレフトを、アーケインが案内してきたところ、俺を見つけたらしい。
「お前がひとりで寸劇してるところをな?」
レフトはニヤニヤと笑みを浮かべる。
シャドウやニコラも似たような笑みを浮かべていたが、彼らと違って不快感は少ない。慣れだろうか。
「ひとりじゃねぇって、言っただろ」
ここからは俺のターンだ。
【レフトに起きた事について】済
【同行人アーケインについて】済
【ライトに起きた事について】←
【首謀者のシャドウについて】
【スカルサーペントについて】
シャドウが現れ、力と戦い、ニコラがやってきて、スカルサーペントを倒した。
策を弄したシャドウだったが、素直にアーケインが来ていた場合やベールや塔、ニコラといった知り合いだった方が危なかったな。
「てか、どうして居場所がバレたんだ?」
毎日のように来ていたとはいえ、洞窟内というのは待ち伏せには不向きだろう。
「それは我が答えよう」
アーケインがドンッと胸を叩いた。
「シャドウが貴様との戦いを避けて、ライトの方に行ったことにも関係あるからな」
含みを持たせた言い方に、レフトが頷く。
「……あいつもアルカナ系チートってことか」
「ぬはは。流石だな!」
アーケインは肩を揺らして豪快に笑った。
「彼奴のチートは【運命の輪】。自分の地図上に運命の相手の現在地を表示出来るようになるチートだそうだ」
「……運命の相手」
「ぬは。そう嫌そうな顔をするな」
要するに、任意のプレイヤーの位置情報を常に把握出来るようになるということだろう。レフトと会った後で俺の元までスムーズに来たことを考えると、俺も把握されていたのか。
「ともかく。そのチートで彼奴が貴様らの所在を把握し、この洞窟に入ったタイミングで我らが呼ばれたわけだ」
「この洞窟で、ってのは決まってたのか」
「決まっていたな。今思えば、人目につきにくいからであろう」
まあ、身隠しの外套で身バレは防ぐとしても、袋叩きにする様子は人に見せたくはないだろうな。
【レフトに起きた事について】済
【同行人アーケインについて】済
【ライトに起きた事について】済
【首謀者のシャドウについて】済
【スカルサーペントについて】
「じゃあ、残った選択ーー」
「残った?」
「あ、いや。こっちの話だ」
発言まで脳内選択肢に引っ張られてしまった。
小さく咳払いをして、仕切り直す。
「俺はお前らが来る直前に、スカルサーペントと戦ってたんだ」
移動中にモンスター図鑑で確認したので間違いない。
あれが、シンの巣穴の主 スカルサーペントだ。
「誰かさんには、見えてなかったみたいだけどな」
青白く発光していたこととニコラにも見えていなかったことを踏まえると、松明を持っているプレイヤーには見えない仕様だろうか。
同格のナイトマジシャンとオーガナイトは眷属を連れていたので、その代わりに特殊な使用があるのだとしても不思議ではない。
「……なあ、ライト」
皮肉に対する反撃が来ると思ったが、レフトは静かに呟いた。
「夜の武器を強化したってことはきっと、【コフの庭園】で【ナイトマジシャン】を倒してるよな」
「倒したな」
チートが解放されたその日のうちに。
「魔法使いのクエストに付き合ってくれた時に、【ツァディーの丘】で【オーガナイト】を一緒に倒したよな」
「倒したな」
最初に攻撃を食らったし、棍棒を破壊もした。
「ジュエリー・ジャンキーの加勢に行った【レーシュの丘】で、【ヴェノムウルフ】を倒したんだよな」
「……倒したな」
U18トーナメントの直前、ロキに騙された時だ。
「で、今はここ【シンの巣穴】で【スカルサーペント】を倒したって言ったな?」
「……言いました」
嫌な予感がする。
「【小領域の主】が全部で何体いるって言ったか。記憶力のいいお前なら覚えてるよな?」
「……5体ですね」
「で、そのうちの4体を倒したと」
待ってましたとばかりに、レフトはニヤリと笑う。
「なら、【タヴの鐘】の【ギガアントリオン】も倒しておきたいよな?」
「悪いが初日に出くわしてるから、チートは発動しないと思うぞ」
4体全て、俺目線でいえばチートがあったから勝てただけだ。
見た目は蟻地獄で他に比べれば弱そうといえ、勝てる気はしない。
「それなら、むしろ楽しめるな」
どうやら行くことは確定らしい。
レフトは立ち上がって、杖を振り上げる。
「未だ誰も達成してない【小領域の主】の完全制覇を目指して、3人で倒しに行くぞ」
「は?」「ぬ?」
俺とアーケインの疑問符が静かにハモった。




