死霊術師
レヴィがレフトに、戦車が教皇に向かっていくのを横目に確認し、塔は眼前の青年ーー月へと鉈を向けた。
「じゃあ、ボクらも始めようか。正直、数合わせみたいなものだから、フリでもいいんだけど」
「いやぁ、そういってくれると助かりますわ」
月が軽薄そうな笑みを浮かべる。
「自分もやるメリットないと思っとったんすわ」
「気が合うね」
同意が得られ、塔は鉈を下ろした。
けれど、月は短剣を構えたまま。
「なんもせんのは、さすがにマズイやろ?」
「……そうかな。向こうは自分達の世界に入ってそうだけど」
「やとしても、棒立ちはアカンて」
月としては何もしないという選択肢はないらしい。
塔は初耳だったが、教皇の話が本当だとすれば、アルカナ系チート持ち同士は不用意に戦うべきではなさそうだが。
「……じゃあ、一撃だけ入れようか」
「よっしゃ、交渉成立や!」
にっこり笑って月は手を差し出す。
「そういうのはいいから。早く済ませちゃおう」
塔は手ではなく、鉈を突き出してゆっくりと近づいた。
月も短剣を構えて、ゆっくりと距離を詰める。
あと1歩でぶつかるところで止まると、2人は同時に武器を振り上げた。ローブの袖がめくれて、月の華奢な腕が露になる。
「……腕1本くらいもらってもいい?」
「アカンに決まっとるやろ」
ポロリとこぼれた本音に、月が頬を引き攣らせた。
「冗談だよ」
男の腕は筋肉質で逞しいことこそが重要だと思っていたが、つい、女のように華奢な腕も悪くないと思ってしまっただけなのだ。
他意はない。
「それじゃあ、痛くないように一撃で行きますよ!」
「いや、それ腕取る時のノリやないかい!」
言葉とは裏腹に、鉈は胴体をなぞるように薄く切り付けるだけに終わった。
「反応が面白くて、ついね」
小さく舌を出して、塔は腕を広げる。
「さあ、次はキミの番だよ」
「悪ノリこわいわ。ーーポイズンダガー」
意趣返しとばかりに、スキル技を発動させた月。
かすり傷のような斬撃のダメージは微々たるものだが、HPバーの上に表示された紫色の髑髏マークは、毒状態になったことを端的に表していた。
「最悪だぁ」
「すまんすまん。ほれ、解毒ポーション」
「……ありがと」
差し出されたポーションを受け取り、ストレージへ入れる。
「ん? 何しとるん?」
「その態度はちょっと、ボクのこと舐めすぎじゃないかな? 君のチートの効果くらい知ってるよ」
鉈を構え直した塔に対し、月も短刀を構えながら距離を取った。
「異常状態の固定化、だよね? ボクはホントに戦うつもりなかったんだけどな」
「オレかて戦う気はあらへんよ」
治癒不可能の毒にHPがじわじわと削られていく。
「そこで、提案や」
月は短刀をぺちぺちと弄びながら、不敵に笑う。
「あんさんの鉈、夜の武器やろ。なら、夜の欠片持っとるやろうし、それくれたら引いたるわ」
「最初からそれが狙いってわけ」
「本来はシャドウから貰う手筈やったけど、どーなるかわからんやん? だから作戦変更して、貰えそうなとこからもらっとこっちゅうわけっすわ」
いかにも今考えたような言い分だが、暗い洞窟の中で武器の判別が出来るのだろうか。カマをかけられた可能性もあるが、どちらにせよ性格の悪さが伺える。
「渡す気はないって言ったら」
「あんさんが、毒で死ぬだけやな。そうしたいんなら、好きにしたらええ」
渡したからって助かる保証はないだろうに。
「じゃあ、そうするよ」
小さく笑って、塔はチートを発動させた。
毒によるHPの減少が止まる。
「何をしたんや?」
月には、塔のHPが見えてるらしい。
毒で罠に嵌めるなら必須のスキルだろう。けれど、
「キミはホントに他人のチートを知らないんだね」
「ボクのチート塔は、世界の性質の反転。危険なダンジョンの中だろうと、安全空間に早変わりってわけさ」
チートを2つ名に使っているのだから、それくらいは調べておくべきだろう。と、塔は笑う。
「なるほど。それで毒が効かへんのか」
「そういうこと」
毒状態で持続ダメージが入るのは混沌の世界と危険地帯にいる時だけ。
治せなくても、ダメージが入らなければ、倒れることはない。
「けど、そんなことしたら、あんさんの方もオレを倒せんやろ?」
「うん。ボクは、ね」
塔は笑顔で向ける。月、ではなく、その近くに立ったままの相棒に。
ーー死体人形【リカ】起動。操作方法はマニュアル。
その瞬間、塔の視界がブレて、切り替わる。
斜め前には短刀を構える月の後ろ姿。塔の言葉にレフトやアーケインの参戦を警戒しているらしく、後ろはがら空きだ。
「こっちだよ!」
身体を切り替えた塔は静かに鉈を構えて、斬りかかった。
「なっ……! ポイズンダガー」
動揺は一瞬。すぐに反撃が飛んでくる。
だが、避ける必要はない。
スキル技は胴で受けつつ、鉈を振り下ろす。
短刀では鉈を受けきれないらしく、月もまた、防御を捨てて攻撃に専念していた。
が、その手が不意に止まる。
「……やってられんわ」
塔にHPバーがないことに気がついたのだろう。
当然、毒状態になったところで何の意味もない。
「死霊術師なんて聞いてへんで」
「言ってないからね」
塔は笑みを浮かべる。
「勝ち目がないってわかったら、消えてくれるかな」
「見逃してくれるんかいな」
「ボクは寛容だからね。不意打ちの件は水に流してあげるよ。どうしてもって言うなら、その華奢な腕をーー」
「わかったわかった。ここは引かせてもらうわ」
月がゆっくりと後退る。
塔としては早く離れて欲しいのだが、態度には出さない。
視界から月が消える。
だが、遅かった。
「もっと見たかったな」
塔のHPが毒によって全損、人魂へ変わる。
塔は強力だが、発動するためのエネルギーをストックしておく必要があるチートだ。
そして、そのストックは前日のレフト達との戦闘とU18トーナメントでほとんど使い尽くしていた。
月の毒を防げたのは一瞬だけ。
リカに意識を向けさせることで気づかせなかったが、勝利には1歩届かなかった。
(もっと見たかったな)
心の中で呟き、塔の人魂は消滅した。




