チートバトル
シンの巣穴の最下層。主が潜むといわれる洞窟の奥で、7人のプレイヤーが向かい合っていた。
戦車や塔の裏切りによって、対立構造こそ変わってしまったが、レヴィの受けた依頼は揺るぎない。
教皇に従って、レフトを倒す。
「吊るし人。これを」
「はい」
レヴィは松明を吊るし人に手渡し、2本目の曲刀を取り出した。そして、逆手に構える。
両手で松明を持って武器をふるえなくなったベールは、後方に下がった。
「行きますよ」
掛け声とともに姿勢を低くし、一気に距離を詰める。
逆手に持った2本の曲刀をクロスさせるように大きく振り上げた。
レフトは後方に跳び、切っ先を紙一重で回避。
「無駄です」
レヴィは勢いを緩めずに飛び上がると、曲刀を振り下ろす。
レフトは杖で受け止め、不敵に笑った。
「そう言えば、前回は勧誘された気がするんだが?」
「我は自信過剰な笑みを浮かべるレフトに答えます。前回とは状況が異なるのだと」
片手を残して刺突するが、器用に防がれてしまう。
「かつては、アンドロマリウスが本命。そのサポートにバニティがつき、最悪の場合は我も参戦の予定でした」
レヴィは曲刀を操りながら、淡々と語る。
「……今は違うと?」
「今回は、我が依頼を受け、サポートをベールに頼んだ立場。私情を挟むことは許されません」
「意外としっかりしてんだな」
上から目線な態度に、レヴィは不満げに口を曲げた。
「我は無知なレフトに、無法の法という言葉を教えます。無法者と呼ばれようとも、矜恃はあるのですよ」
勢いよく曲刀を振り下ろすが、レフトには届かない。
「無法の法の意味、間違ってるな」
「ガーン」
大袈裟に驚いてみせると、レフトは苦笑い。
その隙をつくように、鋭い光線が闇を裂く。
レフトは右手をかざし、手首の腕輪でそれを受け止めた。光線を吸収した宝石が赤く輝く。
「貫けなかったな」
スキルで確認するが、ダメージは入ってない。
「何を、いや、どうやって……?」
「どうって、光線を吸収しただけだが」
吸収した。その言葉にレヴィは首を傾げる。
魔法を反射する武器を持っているという情報はあったが、吸収するなんて話は聞いていない。そもそも、ベータテスト時代を含めて、そんな効果を持つ道具が話題になったことはなかった。
「だから、どうやってーー」
「フォトンレーザー」
レフトの右手から光線が放たれる。
詠唱すらなく放たれた一撃をレヴィは躱せなかった。
「な、んで……?」
レフトのチートは魔術師《AGICIAN》であり、詠唱破棄ではない。
そもそも、フォトンレーザーを使えるという情報はなかった。
「お前らの敗因は、チートの名前を2つ名にしたことだよ」
レフトは杖を掲げて、ニヤリと笑う。
「だから、恋人はチートで予想外の行動をしてくることはないとわかったし、吊るし人、いや正しくは、吊るされた男か。
そっちが何を狙っているのかも予想がつく」
不意の遭遇であったはずなのに、チートの効果までバレていた。何もかもがイレギュラー。
「予想がつけば、無傷で受けるのは簡単だろ?」
簡単に言ってのけるレフトに、レヴィは小さくため息を吐いた。
「……アンドロマリウスの言っていた意味がわかりました。本当に規格外な人ですね」
「ま、お互いの狙いがわかったところでリセット、仕切り直しといきますか」
「もう油断はしません」
武器を構え直し、2人は同時に地面を蹴った。
◇
「ハハッ……余計な真似をしてくれましたね」
本来なら、一方的な蹂躙で終わるはずだった。
身隠しの外套と2つ名制度で身バレの心配はなく、U18トーナメントでの憂さ晴らしをしつつ、楽にVRYを稼げる。
そんな簡単な依頼のはずだった。
「【戦車】、いえ、アーケインでしたか」
きっかけは、彼の裏切りだ。
「ーーあなたに裁きを与えましょう!」
教皇の目には、本来のターゲットであるレフトも、恋人も、その向こうで戦うメンバーも、映ってはいなかった。
錫杖を投げ捨て、メニューを開く。
「させぬ!」
不穏な気配を感じたのか、アーケインがハンマーを振りかぶりながら、距離を詰める。が、遅い。
教皇に触れる寸前でハンマーが消え、アーケインの手が空を切った。
「ぬ?」
「対戦を始めよう。アーケイン!」
教皇は高らかに宣言する。
2人の間には【グランツVSアーケイン】の表示と、カウントダウンの数字が浮かんでいた。
本来なら互いの同意があって成り立つ対戦を一方的に行えるのが、教皇というチートである。
本名がバレてしまうリスクがあるから使いたくはなかったが、背に腹はかえられない。
「初めに言っておきますが、あなたに勝ち目はない」
得意げに笑い、教皇は指を立てた。
「この対戦中は【あらゆる武器】を装備不可能、かつ、スキル技や物理接触ではダメージを与えられない。
要するに、魔法でしかダメージを与えられないということですよ」
アーケインは表情を変えずに見下ろしてきた。
その仏頂面に指を突きつけて、最後の条件を突きつける。
「そして、どちらが勝ったとしても、私は、対戦相手に命令する権利を獲得する」
「ふむ」
アーケインの表情は変わらない。
「おやおや。機械人間にもわかりやすいように説明したつもりでしたが、難しかったですかね?」
「いや、理解した。勝ち目はない。降参だ」
「は……?」
アーケインが両手を上げる。
あっさり告げられた降参宣言を受け、システムが対戦の終了を告げ、2人の状態が開始前へと戻った。
教皇の手には松明しかなく、アーケインの手には赤いハンマーが握られている。
「我は貴様が嫌いだ」
「待て、アーケーー」
教皇が命令権を行使するよりも早く、ハンマーが振り下ろされた。
不意打ちで半分を切っていたHPでは、その攻撃は受けきれない。




