予期せぬ再会
U18トーナメント終了後は、特にトラブルに巻き込まれることもなく、レベルが上がったところでキリをつけ、レフトと解散した。
平日は学校が終わってから短い時間でゲームをプレイ。
おとめ座は攻略したのでヴァルキュリア達に挑む日課はなくなり、おうし座は向かったが条件がわからずに挑むことは出来なかった。
おとめ座への挑戦情報はネットに上がっていたので、誰かがクリアしたから挑めないというわけではないはずだ。
魔法使いの試練はーーなぜか少し機嫌が悪かったがーー無事にクリアしたらしく、その手伝いもない。
そうして訪れた週末。
1週間でレベルは20まで上がっており、領域解放戦は明日だが、丸1日をレベリングに使えるため、成長限界には届くだろう。
と、言うわけで俺達は王国領域の西部にある切り立った崖にぽっかりと空いた洞窟【シンの巣穴】へとやってきた。
「さあ、行くか」
星具の杖を肩に担ぎ、魔法使いらしくない構えでレフトが笑う。
「……【松明】は?」
俺が尋ねると、レフトは軽く片手を振った。
「必要ねぇよ。大体の道は覚えたからな」
「いや、そういう問題じゃないと思うんだが」
このダンジョンは巣穴の名に違わず、蟻の巣のように入り組んだ構造をしており、内部に照明などは一切存在しない。
「なくても見えるだろ」
「そりゃまあ……な」
ゲームという仕様上、完全な暗闇ではなく、うっすらと見える程度の視界は確保されている。夜目に優れた亜人種ならば問題なく見えるというが、レフトは魔法使いだ。
「なら、問題ない」
自信満々に言い残し、レフトは灯りを持たずに洞窟の中へと入る。漆黒のローブ姿は、すぐに闇に飲まれて消えた。
「って、おい。置いてくなよ」
急いで松明を取り出して、後を追う。
灯された明かりが、先行するレフトの背を照らし出した。
レフトが振り返り、ニヤリと笑う。
「頼りにしてるぞ、照明」
「……なんか含みを感じるんだが?」
「気のせいだろ」
言っておくが、俺の名前はLIGHTじゃないからな。
巣穴の形については蟻の巣と表現したが、生息しているモンスターは蟻ではない。蛇や蜥蜴といった爬虫類だ。
その全てが毒を使ってくる。
とはいえ、このレベルになれば苦戦することはない。
大半の敵は先手で仕留めることができるし、解毒ポーションもドロップするため、仮に毒を受けても回復には困らない。
むしろ、ポーションのストックは増えており、【猛毒龍ヒュドラ】との戦いに備えて、嬉しい副産物となっていた。
だからこそ、レフトが道を覚えたというくらいには毎日のように通っているわけだが。
「……はぐれた」
考え事をしながら狩りをしていたせいか、レフトの姿を見失ってしまった。
いや、暗闇に溶け込みやすい黒い服装で松明を持たない方にも責任はある。むしろ、そっちの方が大きいのではないだろうか。
などと責任の追求をしたところで状況は好転しない。
フレンドリストを開いて、メッセージを送る。ログイン状態は変わってないので、落ちたわけではなさそうだ。
位置情報も分かれば早いのだが、残念ながらそんな機能は実装されていない。
とりあえず、戻ってはいないだろうから奥へ、奥へ。
分岐点は、松明で隅々まで照らしながら右へ、左へ。
6つほど分岐点を越えたとことで、視界の端に黒いローブが映った。
「やっと見つけた。あんまり先に行ーー」
声をかけながら近づいたが、違和感に足を止める。
松明の灯りが照ら出した後ろ姿は、色こそ似たような黒だが、頭までフードですっぽりと隠れていた。
手に持っているのも星具の杖ではないし、体格も小柄過ぎる。
「お前は誰だ?」
改めて誰何しながら、ゆっくりと斧を構え直した。
「誰だ、なんて随分なご挨拶だね」
あどけなさの残る声で答えながら、黒フードの人物が振り返る。
「僕はシャドウ。姉さんを守る騎士さ」
フードを外した顔には、こちらを見下すような笑みが浮かんでいた。
「トーナメントの時は、よくもやってくれたね」
「人違いだ、って言っても伝わらないんだろうな」
「言い訳にしても雑過ぎるね。レフトの騎士さん?」
「……で、何の用だ?」
極力平坦な声で問いかける。
「君の探し人について教えてあげようかと思ってね」
シャドウは、ふっと視線を逸らし、洞窟の奥をちらりと見やった。
「探し人?」
「レフト。と、はぐれたでしょ?」
「なにか知ってるのか」
腕を組み、口角を吊り上げるシャドウ。
「僕は天才召喚士だからね。プレイヤーさえも好きな場所に召喚することが出来るのさ」
悪びれる様子もなく、シャドウは言った。
「なら、お前はなんでここにいるんだ?」
レフトを召喚したというのなら、彼はレフトの近くにいたはずだ。
「もちろん、君を倒す為だよ」
「随分、自信があるんだな」
「自信はないよ。僕は非力な召喚士だからね」
シャドウはわざとらしく肩を竦める。
「だからこそ、助っ人を喚んである。出番だよ、【力】さん」
その瞬間、分かれ道の先で松明の火が灯った。
続けて松明を持つ腕が見え、持ち主が姿を現す。
「ようやくネ」
現れたのは、見上げるほどの巨体を誇る大男。
全身覆うのはシャドウと同じフード付きのコートだが、身の丈はゆうに2メートルを越え、肩はパットでも入ってるかのように角張っている。
唯一、フードの下から見える口元には、柔らかな笑みが浮かんでいた。
「ワタクシがお相手しましょう」
野太い声には不釣り合いな乙女な口調。
そのアンバランスさには聞き覚えがあった。
「ラヌートの時の……」
「アラ? ワタクシのことを知ってるの?」
「えぇ、まあ」
向こうは覚えてないらしい。
まあ、少し話しただけだし、俺はインパクトのある見た目をしてるわけじゃないからな。
「ごめんなさい。イイ男は忘れないのだけど、貴方のことは思い出せないワ」
人違いという可能性もあるが、偶然で片付けるには珍しい体格と言動だ。ラヌートという言葉もわかっていそうだし、本人だろう。
「……忘れたままでいいですよ。どうせ、すぐに終わるんだから」
「フフ、とっても刺激的ですワね」
巨漢ーー力は両側に刃のついた剣を構える。持ち手の体格のせいで普通サイズに見えるが、かなり大きな剣だ。
「残念だけど、君は絶対、彼には勝てないよ」
便乗するようにシャドウが笑う。
「だって、彼は君が負けたアーケインを決勝で倒してるんだから」
ニヤニヤとした笑みを浮かべる姿は、少しだけレフトに似ていた。
「番狂わせなんて起きるわけもない」
こちらが反応せずとも楽しそうに語り続ける。
「だって、君はチートが使えないんだから」
その発言は無視出来なかった。
「……俺のチートを知ってるのか?」
「準決勝も観てたからね」
アーケインとのやり取りを見られていたのか。
あの場ではそれぞれのチームメンバーしか見ていないと思って話したが、迂闊だった。
本戦で敗退したチームが見ていたとしたら、6チーム。予選敗退したチームでも観れるとしたら、その数は未知数だ。
「ファーストコンタクト、だっけ。流石にネットに情報は流れてなかったけど、ある人が教えてくれたんだ。その詳細をね」
ーーまたか。
オルバーの時と同じようにムウシだろう。
というよりは、別の情報源がいる可能性は考えたくない。
「1度目は強力だけど、2度目はない。それは複数の相手と戦う場合も共通で、誰かひとりでも初見じゃない場合は、全員に対して発動しない」
嬉々として解説するシャドウ。
「でしょ?」
「……正解」
的確すぎる分析に、言い返す言葉は出てこなかった。
「そして、君はチートなしで格上に勝てるほど、優れたプレイヤーじゃない」
レフトやオルバー、アーケインの戦いを思い返すと否定出来ないが、他人に言われるとムカつくな。
しかも、
「他人任せな時点で、お前も人の事言えないだろ」
「僕は召喚士だって言ってるよね? 戦うしか脳がない戦士とは違うわけ」
「接近戦をする魔法使いがいるんだから、召喚士が戦ったっておかしくないだろ」
「ごちゃごちゃうるさいなぁ!」
シャドウが勢いよく杖を壁に突き立てた。
「さっさとやっちゃって、【力】さん」
「ふふ、お覚悟はよろしくテ?」
指示を受け、力がやわらかく笑った。こちらの会話が終わるまで律儀に待ってくれるあたり、悪い人ではなさそうだ。
「出来れば、もっと違うところで会いたかったよ」
「ワタクシもチートが使えない状態で、アナタと戦わざるを得ないのは残念ですワ」
穏やかな笑みを浮かべながら、殺意マシマシの両刃剣を構える。
「ん? 今、チートが使えない状態で、って言ったか?」
「言いましたワ」
「シャドウが言ったのは、俺の初見殺しが使えない状況って意味だ思うんだが」
力は松明を前に突き出した。
「ワタクシのチートは、コレが必要な状況では使えませんノ」
道具の所持によって使えなくチート、か。
「お前のチートも使えるようにしてやるから、1分だけ時間をくれないか?」




