ライトVSアーケイン
「対戦形式は2回戦に参加しなかったプレイヤーによる1VS1のシングルバトルになります」
ヒュギエイアのその一言によって、次のバトルの参加者は俺に決まった。
トーナメント表は更新されていないので対戦相手はわからないが、【逸鬼火星】か【SeLF3】のどちらかではある。
逸鬼火星はレフトから名前を聞いただけなので、誰が出てこようがチートは発動するだろう。
対するSeLFにはガイウス、ユリウス、フィックスという3人の知り合いがいる。ガイウスは前に出会った時点でLv19だったのでないとして、残りの2人ーー特に無限に魔法を使えるユリウスが出てくると厄介だな。
「どうした。不安なのか?」
他人事だからか、ニヤニヤとした笑みを隠しもしないレフト。いや、普段からニヤついてるか。
「まあ、知り合いだったらチートは使えないからな」
「チート、ねぇ」
「なんだよ」
その含みのある笑みは。
「お前はチートがないと勝てないほど弱いのか?」
「ロキみたいに」
「ちょっ、巻き添え!」
「事実だろ」
「うぅ……」
抗議するロキは速攻で論破されていた。
だが、そうだ。チートが解放されてから、少し頼り過ぎていたかもしれない。
「チートが使えなくたって勝ってやるよ」
俺の宣言と同時に足元に転送の魔法陣が現れる。
横目で確認すると、トーナメント表も更新されていた。相手は、逸鬼火星。決意表明とは裏腹にチートで圧倒するだけの戦いになりそうだ。
そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
「……アーケイン」
転送された闘技場。向かいに立つのは、赤いハンマーを背に担いだ大柄な機械人間だった。
武器も同じだし、金色の胸当てや黒いズボンといった装備品の見た目も変わっていないので間違いない。更新されていないということはD装備なのか、どこかの誰かによって持ち込まれたベータ時代の高性能アイテムなのか。
「ぬ。貴様は確か……」
アーケインが眉をひそめる。
その表情は自然だが、ボルトで固定されてそうな金属製の眉毛まで一緒に動くのは、物理的に不自然だった。
「……思い出せぬな」
「わからないのかよ!」
と、つっこんでから思ったが、アーケインが俺に気がつかないのも当然である。
あの時のアーケインはレフトしか見ていなかっただろうし、俺は数いるプレイヤーのひとりでしかなかった。ハンマー技の振動を食らったから、初見の相手ではなくなっているが、ほぼ初対面である。
「こっちが一方的に知ってるだけだから気にしないでくれ。カーバレー?」
「その名は捨てた。が、貴様、ベータ上がりか」
「さあ、どうだろうな」
「ま、どうでもよいわ」
アーケインは赤いハンマーを引き抜いて、掲げた。まるで工事現場の鉄骨を組み合わせたような巨大なハンマーが、その赤みをさらに増した。
「我のことを知っていようがいまいが、眼前の敵をただ潰すのみ!」
ハンマーが勢いよく叩きつけられ、地面が揺れる。
そこから放たれた衝撃波で、体が固まった。
「しまっ……!」
「うぉらァ!」
回避は間に合わない。
だが、大振りなお陰でスタン状態からは回復し、斧を盾にして直撃を防ぐ。
ピキッ、と。
常夜の斧から嫌な音が鳴った。
「くっ……」
続けて放たれるハンマーの振り上げは、しっかりと刃で受け止める。
ピキッ、と。
「鍔迫り合いでもダメなのかよ……!」
ハンマー、というか打撃武器には【武器破壊】が発生しやすいという特徴がある。
あるのだが、武器で受けられないのは強過ぎるだろ。
「ふんっ!」
アーケインの猛攻は止まらないーー止められない。
後ろに飛んでかわしても、大きな体と長いリーチから逃れるのは不可能だ。
だから、あえて距離を詰める。
振り切る前の打撃を体で受けて、斧を叩き込む。
衝撃は大きいが、被ダメージはそれほどでもない。
「ぬはっ。やりおる」
とはいえ、余裕そうな表情から、こちらの攻撃も大したダメージにはなっていないだろう。スキル技でもないし、相手は耐久面のステータスが高い機械人間だ。
「それにしても、お前のレベルが18以下だったなんて意外だな」
ここはレフトを見習って口撃でもしてみるか。
「ぬはっ。察しが良いな」
気にしたふうもなく、アーケインは豪快に笑い飛ばした。
「貴様の予想通りだ!」
勢いよく振り下ろされたハンマーは肩で受け止め、斧で胴を斬りつける。
「我のレベルは、21だった!」
「なら、参加出来ないだろ!」
「そこは察しが悪いのだな!」
「どういうことだ!」
「己で考えてみたらどうだ!」
攻撃の手も、口撃の口も止まらない。
「考える、たって……」
基本的にレベルは経験値を得て上がっていくだけだ。デスペナルティで減ることもあるが、レベルダウンは起こらない仕組みになっている。
「いや、そうか」
ーー無気力な祓魔師の顔が頭に浮かぶ。
「レベルブレイカー」
「左様! 1度16まで下げ、18に戻したのだ!」
レベル16から17で必要な経験値は1750。そこから18にするには、2150。合わせて、3900。
失った分の経験値を考えても、安くない代償だ。
「なんで、そこまでして参加するんだ?」
「……我自身は興味ないが、恩人が望む故」
「恩人?」
予想外のに攻撃の手が緩む。
「貴様には関係ないことよ」
少し遅れて、アーケインも手を止めた。
「ーー思い出した」
ガンっと、アーケインがハンマーの柄を地面に突き立てる。
「貴様、【レフトの騎士】か」
「そんな名乗りをした覚えはないが、まあ、一緒にはいるな」
「ならば、レフトも聞いているのだろう?」
そう言いながら、アーケインは斜め上を見た。
つられて視線を向けるが、何かがあるわけではない。
ただ、2回戦を観戦していた立場からすると、あの辺からの映像が写っているのだとは思う。
「では、ひとつ。良いことを教えてやろう」
アーケインは笑みを浮かべ、腕を大きく広げた。
「ユニークチート、という言葉は知っているか?」
「知らないな」
ちょこっと豆知識にそんな単語は載っていなかったし、レフトから聞いた覚えもない。
「ならば、そこから教えてやろう」
得意げに話そうとしている相手から聞くのは癪だが、興味はある。
俺は無言で続きを促した。
「ユニークチートとは、A~Zの26種類が存在しているオンリーワンで強力無比なチートの総称だ」
「……へえ」
オンリーワンということは、同じチートも持つプレイヤーは存在しないのだろう。
バランスブレイカーもいいところだが、チートがある時点で今更か。扱いとしては、星具に対する十二宮星具、のチート版なのだろう。
「その中には、後天的に得られるものもある」
俺の納得とは別にアーケインの説明は続く。
「そのひとつ、最も獲得が難しく、最も強いとされるのが【A】ーー【厄災占王】だ」
アルカナを統べるもの。
アーケインと初めて会った時の言葉が蘇る。
「これを手に入れ、選ばれしプレイヤーとなるのが、我の目的だ」
「選ばれしプレイヤー、だと?」
その単語は無視出来なかった。
「ぬ。知っているのか?」
「まあな」
ギシンの森で公式の人間から言われた言葉だ。あの時は、意味までは教えてくれなかったが。
「貴様の知識の範囲はよくわからんな」
「悪かったな」
「いや、レフトの連れならば、それくらいの方が面白い」
「さいですか」
俺からすれば、アーケインの思考回路もよくわからないが、今は人となりについて考える時間ではない。
「それで? そのチートと、レフトに執着するのは何か関係あるのか?」
「厄災占王の入手条件が、全てのアルカナ系チートの持ち主を倒すことだからだ」
アーケインがニヤリと笑う。
アルカナ系という名前からして、タロットの大アルカナがモチーフのチートなのだろう。
そして、レフトのチートは、
「……魔術師」
「そういうことだ」
それはいい。
問題は、アーケインが絡んできたのが初日ーーチート解放前ということだ。
ベータテストから引き継いでいるとすれば、目の前の機械人間が知っているのはわかる。だが、出たとこ勝負で行くと言っていたレフトは、本人すら知らなかった。
それをあの時点で知っていた?
「では、決着をつけようか」
アーケインが再びハンマーを構えた。
考えがまとまるのを待ってくれはしないようだ。
「恩人については、結局教えてもらってない気がするんだが?」
「我に勝てれば教えてやろう」
その顔には笑みが浮かんでいる。
「我のチートは戦車。貴様のチートは!」
「……初見殺し。お前の言う、ユニークチート持ちだよ!」
「ぬはっ! 面白い!」
赤く輝く斧とハンマーが、互いの体に叩き込まれてダメージを刻む。
「今は発動しないけどな!」
メニューを操作して、フェザーソードを召喚。
「それは残念だ!」
アーケインはハンマーを地面に打ち付けて、スタンの波動を放つ。喰らえば怯まされるが、地面から足を離してしまえば関係ない。
ガラードが使うフットスタンプに比べ、初期動作が大きい分かわすのは簡単だ。
「お前くらいなら、チートがなくても余裕なんだよ」
体勢を立て直す前に距離を詰め、斧と剣で斬りつける。
「ぬ。見た目の割に身軽だな」
「そりゃどうも!」
フェザーソードによる素早さ上昇のおかげだ。
「正子の夜」
闘技場の上に広がる蒼天が、闇夜に塗り変わる。これで、物理攻撃力と物理防御力も上がった。
「それからーー」
両手の武器を強く握りしめる。
「俺は【夜の戦士】ライトだ」
……こんにちは、銀です。
ユニークチートについては、公平性を欠く要素なので表沙汰にはならないようにしているのですが、アーケインはどこで知ったんですかね。
心当たりはありますが、彼も余計なことをしてくれますね。
まあ、私も人のことは言えませんが。
今は2人の戦いがどのような決着を迎えるのかを見守ることにいたしましょう。




